第215話 追加報酬という名の贈り物

 採掘を始めて2時間。シャーリーは疲れからか、そのペースは極端に落ち、ミアは既に飽き気味だ。スケルトンとは違い、休憩が必要なのは当然である。


「シャーリー、飯買って来てくれ」


「いいわよ? ぶっちゃけ飽きてきたし」


 ここまでの成果は、ミアが小さなミスリルの欠片を掘り当てただけ。入口に置いてあった残念賞よりは大きい物だが、加工しても精々小さなピアスが関の山。

 掘れない採掘ほどつまらないものはない。釣れない釣りがつまらないのと同じ原理だ。しかも、釣りと違って体力の消耗は段違い。ジメジメと薄暗い坑道での作業は、まるで強制労働である。


(俺のダンジョンの方が快適だな……。108番が管理してるからか?)


 九条がそれにありがたみを感じるのも、グリムロックへと足を伸ばしたからこそ。

 洞窟に住むドワーフ達の技術力がどれほどのものかと心躍らせていた九条であったが、こと環境に関しては学ぶことはなさそうだ。


「じゃぁ、ちょっと行ってくるね」


 シャーリーは、担いでいたツルハシを壁に立て掛け、汗を拭きつつ坑道を出た。

 そこに広がる景色は、2時間前と同様だ。未だに続く鉱石狩りの行列は、大反響と言ってもいいだろう。


(まぁ、船も出てないしね。暇つぶしにくる冒険者が多いのも当たり前か……)


 その列に紛れ、客に声を掛けている予想屋は、誰1人として相手にされていなかった。


「よぉ、ねーちゃん。ミスリルはどれくらい掘れた?」


 その列の中から1人の男に声を掛けられる。見たことのない顔。正直に言うのも癪だったので、シャーリーは適当に答えた。


「まぁ、ボチボチね」


「6時間もかけてボチボチじゃ赤字だろ?」


 ニヤニヤとシャーリーを見下しているかのような態度。


(何故コイツがそれを知ってるの? 私達が入場してから2時間は経ってるのに……)


 それだけ列も進んでいるのだ。自分達が入った頃に並んでいた者達は、誰1人として見かけない。だが、それはランチを買って帰ってきた時に気が付いた。

『8番鉱脈にて6時間チャレンジ発生中!』と書いてある札が、坑道の入口に立て掛けてあったのだ。


(なるほどね……)


 並んでいる者達は、シャーリーの首に掛かっていた8番の札から判断したのだ。

 人々から注目を集めるのは商売の基本。理屈はわかるが、それが腑に落ちるかと言われれば、そうじゃない。


「はい、これ!」


 買ってきたランチを九条とミアに配るシャーリー。その様子は、どう見ても機嫌が悪い。


「何かあったのか?」


「ちょっと聞いてよ、九条!」


 ランチをガツガツと口に運びながらも、外での事を九条に話す。

 その間にもスケルトンはガツガツと鉱脈を掘り進めている。多少埃っぽいのが玉に瑕だが、気が立っているシャーリーはそんなことも気にせず喋り続けていた。


 それから3時間。そろそろ制限時間だという所で、山のように積まれたクズ石が限界を迎えていた。


「ミア。すまないがクズ石をどうすればいいか、カウンターで聞いて来てくれ」


「はーい」


 ミアは元気よく右手を上げランタンを1つ手に取ると、ぱたぱたと坑道を駆けていく。


「すいませーん」


 そこには冒険者達が溢れていた。その視線の先は、ミアの首に掛かっている8番鉱脈の札である。


「どうした嬢ちゃん。ミスリルはどれくらい掘れた? 手ぶらってことはまさか収穫ゼロなのか?」


 ドッと湧く冒険者達。彼らは暇なのだ。九条達を笑いに来ただけの者が大半で、残りは純粋に結果が知りたいだけである。

 カウンターにはシャーリーから聞いた『6時間チャレンジ中』の札。更にその上から『残り時間わずか!』の札が掛かっていた。

 さすがのミアでも自分達がバカにされていることくらい理解出来る。だが、そんなことは屁でもなかった。


(ギルドで受けたイジメに比べれば、全然大したことないもんね!)


 それを無視し、カウンターへと顔を出す。


「すいません。8番鉱脈なんですけど、クズ石はどうすればいいのか教えてください!」


「クズ石はそのまま放置してもらって構いませんよ? 採掘が終われば回収班が片付けるので、持ち帰りたい鉱石だけお持ちくだされば大丈夫です」


「クズ石を持ち帰ってもいいんだぞ?」


 外野が口を挟み、またしても冒険者達はゲラゲラと下品な笑い声をあげる。


(おにーちゃんがポケットからプレートを出せば、何も言えなくなるクセに……)


 冒険者達が指を差し嘲笑しているのは、プラチナプレート冒険者である九条の担当ギルド職員だ。もちろん知らないからこそ笑っていられる。

 無知な事は罪である……とまでは言わないが、そう思うとミアはそこまで腹は立たなかった。


「ありがとうございます」


 ミアはカウンターのドワーフに礼を言うと、外野の冒険者達を一瞥し鼻で笑った。

 それがミアに出来る精一杯。そしてすぐに坑道へと消えていく。


「あのガキ……」


 子供に馬鹿にされたのだ。それが気に障り、拳を振り上げ打ち震える冒険者。とは言え、相手はギルド職員。


(出てきたら覚えてろよ……)


 時間になれば坑道から出て来るのだ。その時は、担当冒険者と一緒に盛大に笑ってやろうと心に決めた。ここに集まっている者の殆どが、それを目当てにやってきているのだから……。



 九条達が坑道に入ってからそろそろ6時間が経過する。……といったところで鉱石狩りカウンターに姿を現したのは、4匹の魔獣。

 急に後ろから魔獣の首がぬるりと出て来れば、驚かない者はいないだろう。それは九条達の帰還を待ち望んでいた冒険者達も例外ではなく、情けなくも身体がビクッと跳ね上がる。


「ヒィ……」


 その首にはアイアンプレートが掛けられていた。それは誰かの従魔だという証拠である。故に害はないと安堵しつつも、激しく波打つ動悸はすぐには治まらなかった。そんな者達には目もくれず、4匹の従魔達は九条の帰りをジッと待つ。


「誰だ! こんなところに従魔を連れて来たヤツは!?」


 それには誰も返事はしない。すると待ち望んでいた時間が訪れ、カウンターの札が下ろされると、九条達に制限時間を知らせるドワーフが坑道へと入って行った。

 数分後。そのドワーフが坑道から出て来ると、入って行った時の様子とは少し違っていたのだ。

 唇は青く目は泳ぎ、焦点が合っていない。誰かに助けを求めるようなそんな弱々しい挙動である。

 本来であれば、出て来ると同時に大きな声でその成果を発表するのが6時間コースの決まりだ。

 6時間コースを選択する者は、その殆どが1キロ弱ほどは掘れているのが通例だからだ。そして周りの者達からは拍手が送られるのである。

 それはバカにしているわけでも煽っているわけでもない。その努力を労い、健闘してのことなのだ。少なくとも鉱石狩りの職員達は、そういう意図で始めた習わし。

 それを今か今かと待ちわびているのに、8番鉱脈から帰ってきたドワーフは、声を出そうとしても出せなかった。


「あ……あ……」


 過呼吸にも似た症状。放っておけば倒れてしまうんじゃないかと思うほど。そのドワーフに最初に声を掛けたのは、坑道からぬるりと姿を現した九条である。


「大丈夫ですか?」


 九条が荷車を引き、それを後ろから押すシャーリー。荷車に積まれていた鉱石の天辺にふんぞり返って座っているのは、ミアである。

 貸し出し用の荷車はリアカーより小さく、どちらかと言えば手押し車に近い大きさ。少々小さいと思うかもしれないがそれで十分なのだ。それが満載になること自体あり得ないのだから。


「嘘……だろ……」


 ただ見学に来ただけの冒険者から漏れる声。ミアが座り、全てを見下ろせるほど積まれている鉱石。その全てが燦然と輝くミスリルである。

 青金鉱とも呼ばれる薄水色に輝く鉱石。軽くて丈夫。混ぜ合わせる原料で、その姿を数多にも変えると言われる魔法鉱物。それが見たこともないほどに山積みになっているのだ。

 それには鉱石狩りの職員達も仕事を忘れ、ただ茫然と見ていることしか出来なかった。

 これまでの最大記録は6時間コースで5キロだ。それも、何度もチャレンジし続けている常連の猛者達である。だが、九条達は初めてのチャレンジ。驚くのも無理もない。

 その量は70キロはあるだろう。いや、もっとかもしれない。それはドワーフ達が掘る1ヵ月分の採掘量に勝るとも劣らない量だ。

 その上で得意気な表情を浮かべるミア。驚きのあまり固まっている冒険者達をこれでもかと見下し、鼻息も荒く偉そうである。

 とは言え、九条から見ればそんな仕草も愛らしく、頬も緩むというものだが、冒険者達の目はミスリル鉱石の山に釘付けで、ミアのことなど眼中になかった。


「主、おかえりなさいませ。予定通りですね」


 それに無言で頷く九条。人前では出来るだけ話さないようにしている為だ。

 ミアはミスリル鉱石の山から下りるとカガリに抱き着き、6時間ぶりのモフモフを堪能する。


「さっそくだが、鉱石は持って来てもらった革袋に詰め替えよう」


「おっけー。私の分はワダツミに積むわね」


「じゃぁ、俺のはコクセイに頼もう」


 といっても、量りがないので正確な重さはわからない。従魔達に背負ってもらっている革袋に次々とミスリル鉱石を投げ入れる。

 ミアもちゃんとお手伝い。借り物の手袋やランタンを所定の位置に綺麗に並べ、3人分の札をカウンターへと返却した。


「よし。じゃぁ帰るか」


「うん!」


 元気に返事をするミアは、カガリに跨り先頭を行く。

 固まっていた冒険者達を横目に通り過ぎていくコクセイとワダツミ。その革袋の口は大きく開いていて、中の鉱石は零れ落ちそうなほどである。

 シャーリーはワザと革袋の口を閉じなかった。もちろん見せつける為だ。

 陰湿かと思われるかもしれないが、先に喧嘩を売って来たのはあちらである。

 それを涎を垂らしそうなほど食い入るように見つめる冒険者達を見て、勝ち誇ったかのように「ざまぁみろ!」と言いたいのをぐっと堪え、シャーリーはクールに去って行った。

 その最後尾にいたのは九条だ。シャーリーやミアのように罵倒を浴びせられたわけじゃないので、少々遠慮がちに去ろうとしていた。


(余計な追及をされる前に、さっさと帰ろう……)


 その視界に見切れていたのは予想屋のドワーフ。冒険者達と同じように驚いてはいたが、九条へと微笑みかけていた。自分の予想は間違っていなかったのだと満足そうにしていたのである。

 そんな予想屋に駆け寄った九条は、コクセイの背負った革袋の中からミスリル鉱石を鷲掴みにして、それをそっと差し出した。


「ありがとう、イスハーク。お前のおかげでそこそこ掘れたよ。その礼だ」


 それは1キロほどの塊だ。


「ソコソコ? あれでか? 結構の間違いだろ……」


 冒険者達のツッコミは無視し、九条は予想屋に笑顔を向ける。


「なんで俺の名前を……」


「細かいことは気にするな。それより早く受け取ってくれ」


 それを受け取るべきか否か……。予想屋は迷っていた。

 予想屋としての報酬は受け取っている。それはたったの金貨1枚。それを高いと見るか安いと見るかは、受け取り手次第。

 これだけのミスリルが掘れたのだ。九条から見れば、それは安すぎる対価であった。


「……いいのか?」


「もちろんだ。機会があれば、またよろしくな」


「ああ」


 ずっしりとした存在感のミスリル鉱石。それを受け取った予想屋は、少々困惑気味ではあったものの、最後には笑顔で固い握手を交わした。

 その後、予想屋が繁盛したのは言うまでもないだろう。

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