第208話 グリムロック

「すまないが、ここ以外に船を停泊させる場所がねぇんだ。このまま南へと向かえば大きな街道に出るはず。それを海岸沿いに西へと進めばグリムロックの街が見えて来るだろう」


「わかった。助かったよ」


「それはこっちの台詞だ。準備が出来次第依頼を出す。その時はよろしく頼む」


「ああ」


 最後に大きく頭を下げるオルクス。

 船から荷物を降ろし、従魔達にそれを括り付けるとグリムロックへと歩き出す。

 天気は快晴。スタッグより南に位置する大陸の為か、温かい陽気で少し蒸し暑くも感じるほど。

 大きな街道に出ると、擦れ違う人々が従魔達を見て驚愕するその反応にも慣れたもの。その殆どがドワーフと呼ばれている種族である。

 背が小さく、屈強な体格。故に力仕事が得意であり、こよなく酒を愛する種族。見た目とは裏腹に手先が器用で、鉱夫や鍛冶に従事する者が多く、男性は髭を蓄えることがステータスとされている。他の種族よりやや排他的ではあるが、エルフよりはとっつきやすい性格のようだ。

 そんな者達でも、ミアの無差別挨拶攻撃には目を丸くしていた。

 大きな魔獣に乗った少女から「こんにちは!」と声を掛けられれば、戸惑いながらも取り敢えず軽く頭を下げる者が大半だ。

 見知らぬ土地にテンションが爆上がりするミアの気持ちもわからないでもないが、それが微笑ましいと思うと同時に、少々恥ずかしくもあった。

 それからおおよそ1時間。グリムロックの街が見えてくると、いよいよそれも最高潮である。


「見て見ておにーちゃん! 街が見えてきたよ!」


「あれがそうか?」


「そうそう。久しぶりだなぁ」


 城壁に囲まれている街。と言うといつもとあまり変わらないが、それは3分の1だけだ。残りは山を削り取ったような切り立った崖と、大きな港である。

 街全体の規模はそれほど大きくはないように見える。ハーヴェスト……。いや、ベルモントよりも小さい。

 あまり高い建物がない為か、大都会というより郊外の小さな街といった雰囲気だ。


「思ったより小さいって思ったでしょ? 九条」


「ああ。……違うのか?」


「ドワーフさんは地下に住んでるんだよ? ギルドも地下にあるんだよおにーちゃん」


「おぉ、なるほど。だから地上の建物が少ないのか」


 種族それぞれ文化の違いがあるということなのだろう。なかなか新鮮で面白そうだ。地上の建物の殆どがドワーフ以外の住処や施設。後は港関係の建物らしい。

 こちらの気候はスタッグとは違い、日中は暖かく夜は寒い砂漠に近い気候。ドワーフが地下に住んでいるのは、気温が安定しているからという意味合いもあるようだ。

 地下に住んでいるということは、ダンジョンに住んでいるのと同じようなもの。そのノウハウは、是非ご教授願いたいものである。


 街の入口で入場の為の検問へと並び、数分で自分達に順番が回ってくる。

 門の前に立っているのは4人のドワーフの兵士。歳はわからないが、全員が恰幅の良いおっさんといった感じ。身長はミアより少し大きいくらいだろうか。

 金属で出来た角のついたハーフタイプの兜に、同じ素材だろうハーフプレートの鎧。手には槍ではなく、柄の長い片刃の斧。


「ヨシ、通れ」


「……は?」


 それが門兵の第一声。俺達を一瞥した後、すぐに入場を許可された。


「通れと言ったんだ。詰まってるんだから早くいけ」


「ご苦労様です。ほら、さっさと行って九条」


 ザル警備に疑問を抱きつつも、シャーリーに背中を押され城門を通り抜けると、眼下に広がる雄大な景色。

 それもそのはず。俺達のいる場所こそが街1番の頂であり、眺望の地である。

 街が海に向かって下り坂になっている。斜面に建てられている建物の殆どが平屋で、高さがない為棚田のようになっているのだ。


「わぁ……」


 その見晴らしの良さに、思わずミアも声が出てしまうほど。


「ん? あの地面から伸びてる柱はなんだ?」


 無数に伸びているのは煙突のような円柱の柱。中は空洞のようだが、上には笠のような屋根が付いている。高さ的には3メートル程度だが、それは地面から生えていた。


「あれは、鍛冶場の煙突。全部ではないけど、煙が出てないとわかんないでしょ?」


「ああ。なるほど」


 地下に住んでいるなら、その工房も地下にあるということか。煙が出ていないのは、休業日なのかもしれない。


「じゃぁ、ひとまずギルドに顔を出しに行ってくるか。シャーリーは来たことあるんだよな?」


「うん。まかせて。案内してあげる。こっちよ」


 人混みの中、シャーリーを先頭に街を練り歩く。港町でもあり、人通りが多いのは予想していたが、恐らく海の魔物騒ぎが関係しているのだろう。ドワーフの街と言う割には、そう感じさせないほどに他種族で賑わっていた。

 ギルドに顔を出したら、すぐにでも宿を探さなければと思案し、歩きながらも宿の看板が出ている所を覚えておく。

 それに加え、知らない街に来たという実感が非常に強く、きょろきょろと辺りを見回す俺を見る目は、プラチナプレートの冒険者のそれではなく、田舎から出て来たおのぼりさんである。


「そういえば、検問素通りだったが、アレやる意味あるか?」


「おにーちゃんがプラチナだからだよ? 戦時中じゃなければ基本的にはどこでも入れるよ」


「冒険者ならプラチナじゃなくても優遇されてる方だけどね。普通は申請しないと入れないとこも多いわよ?」


「申請って何処に?」


「そりゃ領主様によ。ちゃんとした理由がないと通行手形は発行してもらえないわ。国外なら尚更ね」


「え? じゃぁ、オルクス達はどうやって街に入るんだ? 街には入れなきゃギルドに依頼も出来ないだろ」


「知らないわよそんなこと。けど、何か違法な抜け道でもあるんじゃない? お金で通行証を買ったりとか」


 そんなことを話しながら歩いていると、目の前に現れたのは大きな洞窟の入口。その大きさは馬車が余裕ですれ違えるほどの広さ。中は炭鉱のような岩壁むき出しではなく、石のブロックをいくつも積み上げたような整った外壁だ。

 そして数メートルごとに規則正しく吊るされたランタンから照らされる洞窟内は、苔なども生えておらず、手入れが行き届いているのが見て取れる。

 それに感心しながらも中へと足を踏み入れると、まず気になったのが騒音である。


「うるせぇな……」


 洞窟の中だからだ。どこからともなく響いて来る声や音が反響していて、騒がしい。カツカツという足音さえも、うざったいほどだ。


「あー、あぁぁー。あははは……」


 ミアは意味もなく声を出し、反響する自分の声に笑顔を見せる。子供なら誰もが1度はやるだろう。

 洞窟ではなくトンネルだったが、俺だって元の世界でやったことがある。今思えば何が楽しいのかさっぱりわからないが、ミアが喜んでいるならそれでいいのだ。


「それにしても、薄暗くて迷いそうだな……」


「ギルドで地下の地図を配ってるから貰っておくといいよ」


「シャーリーは持ってるのか?」


「うん。一応あるよ。けど、また貰うけどね」


「持っているのに?」


「ドワーフの地下道って常に広がり続けてるんだよね。結構な速度で広がるから最新の地図がないと奥にはいけないよ? 掘り進めてる本人達でさえわかってないみたいだし」


「大丈夫なのか? それ……」


 モグラみたいな奴等だな。と、口に出そうとしたのをギリギリのところで自制した。

 口は災いの元である。俺に悪意がなくとも、相手がそう捉えるかは別の話。それが、差別用語に当たる可能性も無きにしも非ずだ。

 洞窟に入ってほんの数分で、グリムロックギルドへと辿り着く。

 それほど地下深くはない場所。殆ど1本道で、ギルドまでなら迷うことはなさそうだが、地下のためか周りの景色は代わり映えしない。

 何か目印でもあればと振り返ると、ギルドの対面には1軒の飲食店。

 店の名前は『クリスタルソング』。クリスタルが鉱石という意味ならばドワーフらしいともいえるが、聞こえてくる騒々しさはソングと言うよりノイズであった。

 窓から見える店内には所狭しとテーブルが並べられ、客達が持っているのは酒が入っているであろう金属製のジョッキ。さすが鍛冶の街と言われるだけはある。全てというわけではないが、金属製の物が大半を占めていた。

 一際目を引いたのは、一番奥に設置されている小さな舞台だ。今は何も置かれてはいないが、何かの催し物に使われるのだろう。


「ほら、九条? よそ見してないでさっさと行くよ?」


 シャーリーの手から伝わってくるひんやりとした感触で、我に返る。


「ああ。すまん」


 美味そうに酒を飲むドワーフ達に気を取られていたわけじゃない。ただ、グリムロックの酒はどんな味がするのだろうと興味を惹かれただけである。

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