第203話 ジャイアニズム

 俺とコクセイが街を出てから数十分。海岸沿いをひた走るコクセイは、目の前に迫る断崖絶壁で足を止めた。その下に見えるのは大きな入り江。

 ゴツゴツとした岩場を更に奥へと進んで行くと、波打ち際には大きな海蝕洞がぽっかりと口を開けていたのだ。

 気の遠くなるような長い間、波の力で削り取られたであろう崖に出来た天然の洞窟。日の光が海面を照らし、その反射で天井が揺らめいていた。

 その大きな水路のような洞窟を、足場に気を付けながらゆっくりと進んでいく。


「白狐かカガリを連れて来ればよかったな……」


 後悔先に立たず。少しずつだが、進むにつれて日の光も陰りを見せる。

 そして洞窟に入ってから数百メートルの所で見えてきたのは大きな帆船。1番高いメインマストの先には海賊旗が描かれていて、そのデザインに思わず笑みがこぼれる。


「ドクロのマークは何処の海賊も変わらないんだな」


 それほど大きな声ではなかったのだが、それを船の見張りであろう男に気付かれた。


「侵入者だぁぁぁ!」


 洞窟内に響き渡る叫び声に、船の後ろからぞろぞろと姿を見せる強面の海賊達。彼等の持っている松明の光で、洞窟の全容が露になった。

 船の影には小さな小屋。恐らくは、ここが洞窟の終点であり海賊達のアジトで間違いない。

 彼等のほとんどが武器を所持していないのは、俺がそれを奪ってしまった所為だろう。

 集まった海賊達の中央から割って出て来たのは、黒いロングコートを羽織った賞金首の男。


「てめぇ! ここが何処だかわかってんのか!!」


「よお。オルクス。久しぶりだな? 元気にしてたか?」


 街中でばったり出会った旧友に声を掛ける程度の挨拶。


「お前! あの時の!?」


 威勢のよかった精悍な面構えが、みるみるうちに驚きへと変わり、頬が引きつる様子が窺える。

 そしてジリジリと後退る海賊達。


「な……何の用だ……。俺達を捕らえに来たのか!?」


 ウロウロと宙を泳ぐ視線。状況的にそう見えてしまうのは仕方がない。俺は冒険者で、相手はお尋ね者だ。


「違う違う。ちょっと頼みがあってな」


「……頼み?」


「ああ。聞いてくれれば報酬もちゃんと払う。どうだ?」


「どうだって言われても……。なぁ?」


 後ろを振り返り仲間達と顔を見合わせつつも、断りたいけど断り辛いという思いが、その表情から見て取れた。

 とは言え、断るという選択肢はない。このまま役人に突き出されるよりはマシだと考えるはずである。


「ま……まぁ、話を聞くだけなら……」


「簡単だよ。ちょっとだけアレ、貸してくれ」


 俺が指さした先にあるのは、巨大な帆船。


「はぁぁぁぁぁ!?」


 言わなくとも、その顔を見れば一目瞭然だ。


「貸せるわけがないだろ! 船は言うなれば俺達の命。それを盗られるくらいなら玉砕覚悟でお前を殺す!」


「よし、コクセイ。代わりに相手をしてやれ」


「グルルル……」


 薄暗い闇の中から姿を現したのは、黄金の瞳を持つ大きな魔獣。その長い体毛は逆立ち、見るからに臨戦態勢である。

 それを見た海賊達は、矛を交えることもなく即座に降伏を宣言した。


「すいません! 嘘ですッ! 貸しますッ! 貸しますから許してください!」


 その土下座は、まるで訓練でもしたかのように皆、息がピッタリだった。


「最初からそう言えばいいのに……」


「やはり九条殿の方が悪なのではないか?」


「バカ言うな。本当の悪ってのは殺して奪うんだよ。俺はむしろ優しい方だと思うが?」


 あくまで借りるだけである。確かに多少強引だったかもしれないが、船がなければ何も始まらないのだ。

 とは言え、海賊達も一筋縄ではいかないようだ。土下座スタイルのまま、声を上げたのは副船長であるオルクス。それは少し震えていた。


「但し……じょ……条件がある!」


 強い口調のわりには顔は上げない。せめて顔を上げて目を見て話せとは思うが、面倒だからこのままでも良しとしよう。


「俺達も船に乗せてくれ! 死ぬのであれば海の上、それが俺達の誓いなんだ! 乗せてくれるだけでいい。決して逆らったりはしない!」


 願ったり叶ったりである。


「むしろ助かる。航海士が必要なんだ。なんだったら操舵もお前達に任せたい」


「本当か!?」


 顔を上げたオルクスは、薄っすらと涙を溜めていた。まさかそれほどとは思わなかったので、さすがに少々罪悪感を覚える。

 予定通りではあったのだが、大の男が涙しているのを見ると、海賊とは言えいたたまれなくなってしまう。


「あ……ああ。……あっ、そうだ。武器返すよ……。ちょっと足りないけど……」


 それを少しでも払拭できればと武器の返却を約束してしまったが、これでようやく船と航海士の目処は付いた。


 ――――――――――


 翌々日。シャーリーは白狐、ミアはカガリに乗り、海岸沿いを駆けていた。ワダツミとコクセイは荷物持ちである。

 荷物は約3週間分の食料。それと海賊達から奪った武器だ。少し減ってしまっているのはご愛敬。

 食料には海賊達の分も含まれている。金がないのは嘘ではなく、暫くは漁業の真似事をして食いつないでいた。

 一発逆転をと盗賊稼業に転身するも、最初の相手が九条であれば、運が悪かったと言わざるを得ない。


「本当に船なんかあるの?」


「わかんない。でも、おにーちゃんがそう言ってたし……」


 九条は魔物の討伐依頼と野暮用でギルドに寄ってから合流するとのことで、コクセイが海賊のアジトへと道案内をしている最中。

 ハーヴェストの街から海岸沿いにおよそ10キロほど。盗賊のアジトがある洞窟へと辿り着くと、コクセイはその中へゆっくりと入って行く。


「わぁ。きれい」


 神秘的にも見える洞窟内部。時折波が岸壁を叩き、そのしぶきが霧となって降り注ぐ。それが日の光を浴びてキラキラと輝いて見えるのだ。

 ミアが海を見るのは初めて。ハーヴェストでは遠くから眺めているだけだった海も、目の前まで来れば大はしゃぎである。


「髪がべとべとになるから、海はあんまり好きじゃないのよね」


 一転、シャーリーはドライである。長く冒険者をやっているならグリムロックに足を運んでいる者は多い。それだけ質のいい武器や防具が手に入るからだ。

 今シャーリーが愛用しているショートボウもグリムロック産である。とはいえ、初心者には高嶺の花。船代で片道金貨5枚は、そう簡単ではないのだ。

 コクセイを追い奥へと進む一行は、目の前に現れた帆船に目を丸くした。


「はぇー」


 開いた口が塞がらぬまま、それを見上げるミアからは感嘆の声が漏れる。


「へぇ。キャラベルかぁ。……ん? マストの上の旗……。アレって……」


 シャーリーがそれに気付いた時だった。


「「お待ちしておりました!」」


 複数の大きな声が響くと、そこにいたのは綺麗に整列して頭を下げる男達。そしてシャーリーは理解した。


「海賊じゃん……」


 九条からは、船を貸してくれる人達が見つかったと聞かされていた。だが、それが海賊だとは聞いてない。

 コクセイだけが我が物顔でズカズカと進んで行き、凄まじい跳躍力で船へと飛び乗る。しかし、相手は海賊だ。すぐに信用しろと言われても、冒険者であるシャーリーには抵抗があった。


「これって九条が手配した船ってことでいいのよね?」


「あぁ。そうだ」


 声が聞こえてきたのは船の上。甲板から顔を出していたのは、盗賊として襲ってきた黒コートの男。オルクスだ。

 シャーリーは警戒はしつつも言われるがままに乗船し、荷物を全て積み込むと、オルクスに左手を差し出された。


「ご苦労。俺は副船長のオルクスだ。よろしくな」


 シャーリーはその手を取らなかった。相手は海賊。九条に詳しく話を聞くまでは、その手を握ることは出来ない。


「シャーリーよ。見えているでしょうけど、一応シルバープレートの冒険者」


 求めた握手を断られ、淋しそうな左手をバツが悪そうに引っ込める。


「ああ、わかってる。何もしやしない。もちろんそっちのお嬢様もな」


 オルクスの視線の先には、珍しそうに甲板をバタバタと走り回るミアの姿。それについて行く従魔達は右往左往と忙しそうだ。

 場所が場所なら微笑ましく見える光景だが、この船は海賊船である。

 その後、コクセイは九条を迎えにすぐに街へとUターン。シャーリーとオルクスの睨み合いが続く中、九条と合流したのは、それから約2時間後のことだった。

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