第204話 シーサーペント海賊団
「野郎ども出航だ! 錨を上げろぉ!!」
「「おおぉぉぉッ!」」
オルクスの号令に、海賊達が雄叫びを上げた。
ガラガラという金属製の鎖を巻き取る音が船体に響き、それが止まると船はゆっくり動き出す。
洞窟内のどこかに風の通り道があるのだろう。僅かな追い風が帆を張り、ぐんぐんと加速していく海賊船は、すぐに洞窟を抜けた。
太陽は真上。暗い所から急に明るい所に出た影響で世界が真っ白に染まると、徐々に視力が回復し、見えてきたのは大海原。
船旅なんてしたことのない俺も、それには正直気分が高揚してしまうほどだ。
ミアに至っては相当なものだろう。暴れ回る長い髪を片手で必死に押さえつつも、もう片方の手では俺の手をぎゅっと握りしめ、感動に瞳をキラキラと輝かせていた。
風を浴び、海を割って駆け抜ける海賊船の航跡波は、いつまで見ていても飽きはしない。初めて見る者にとっては、前も後ろも衝撃的で印象的な景色であろうことは間違いなかった。
「わぁぁ。すごいね。おにーちゃん!」
「ああ。そうだな」
「慣れちゃえばどうってことないでしょ?」
それに口を挟んだのはシャーリーだ。人が感動しているというのに……。もう少し空気を読め。
「シャーリーは船に乗るのは初めてじゃないのか。どれくらい乗った事あるんだ?」
「4回くらいかな?」
「あんまかわんねーじゃん。なぁ、ミア?」
「うん」
「ぐっ……」
俺とミアを敵に回し、シャーリーはばつが悪そうに口を噤む。
「そ……そんなことより九条! 海賊と手を組むなんて聞いてないわよ? なんでこうなったのよ」
「だって、海賊船を借りるって言ったら止めるだろ?」
「あたりまえでしょ!?」
ハーヴェストでの海賊の扱いがどうであろうと、海賊は海賊だ。それは立派な犯罪者である。
言わば、冒険者とは敵同士。シャーリーがそれに異論を唱えるんじゃないかとは思っていた。
それに、ミアはギルドの職員。内密に事を進める必要があったのである。
「まぁ、いいじゃないか。こうして海に出ることも出来たし、魔物が出なきゃそのままグリムロックに向かうだけだからな」
「でも、こんなとこ見られたらギルドも黙ってないわよ?」
「大丈夫だよ。俺達は海賊に捕まっている善良な一般人ってことになってるから」
そう。俺達は海賊に捕まって船に乗せられているだけ。そういう
「なんでそう悪知恵が働くの? しかも自分で善良とか言っちゃう?」
「じゃぁ、いたいけな一般人?」
「それは、私とかミアちゃんみたいな人のことをいうの!」
ミアはまだわかるが、それに便乗して自分のことも含めるとは……。そんなシャーリーに怪訝そうな表情を向けるも、口には出さないでおいた。
「もう……」
なんだかんだでシャーリーも諦めている様子。今更降りるとも言えないのだろう。陸地は既に霞んで見える距離である。
「お客様方。船旅のご感想はいかがですか?」
そこに歩み寄ってきたのはオルクスだ。天高く掲げた右手を優雅に下げる。貴族を意識したような挨拶はやはり海賊、似合わない。
ミアは、ぴょんぴょんと跳ねながらも嬉しそうな笑顔をオルクスへと向けた。
「おじさんの船すごい!」
「そうだろう? 海はどうだい?」
「海も好き!」
「お嬢ちゃんには海賊の才能があるな。俺達と一緒に海賊をやろう!」
「お断りします!」
「ガッハッハッ……」
そんな冗談のようなやり取りに、皆が笑い声を上げるも、シャーリーだけが呆れていた。
「九条の旦那。言われた通り逃げ切れるようならそうするが、魔物の方は全面的に任せるからな」
「ああ。大丈夫だ。それよりもグリムロックにはどれくらいで着く予定だ? 通常の航路なら2週間程度と聞いているが……」
「それなんだが、ちょっと途中で俺達の島に寄る」
それは聞いてはいなかった。その意図が読めず、俺はオルクスの胸ぐらを掴むと、強く睨みつける。
「何の為だ? 今更裏切るのか? 海の上なら勝てるとでも?」
同時に従魔達にも取り囲まれるオルクスであったが、オルクスはそれを慌てて否定した。
「違う違う。船を乗り換えるんだ。この船じゃサザンゲイア大陸には近づけない。見りゃわかるだろ?」
どこからどう見ても海賊船。洞窟の中では折りたたまれていた帆にも、デカデカと描かれているドクロのマーク。それは喧嘩を売りながら海を進んでいると言っても過言ではない。
俺は、その言い分を理解し手を離すと、オルクスの襟元を整えた。
「そういう事は先に言え」
「俺達に裏切るメリットなんかねぇよ。いくら魔物が怖かろうが、報酬は前金で貰ってるんだ。仕事はきっちりやらせてもらう」
もちろんカネはちゃんと払っている。盗賊未遂行為の罪悪感を利用して船を借りようとは思ったが、運賃はまた別の話だ。
しかも普通の旅客船よりも多い。従魔達も含め金貨120枚。相場の約3倍以上である。
途中魔物に襲われるかもしれない。その分の危険手当を上乗せしたと考えれば妥当だろう。もし魔物が出たとしても、それを片付ければギルドからの報酬で金貨120枚が入る。そうなれば、俺の懐は痛まない。
それに、まとまったカネが入れば、海賊達が更生の道を歩み出すかもしれない。まぁ、そこまでは望んでいないが、あわよくばといったところだ。
「そういえば、オルクスは副船長なんでしょ? 船長は?」
不思議そうに尋ねるシャーリー。挨拶に来たのがオルクスだけだったので、気になっていたのだろう。
それを聞いたオルクスは、悲しそうな表情を浮かべた。
俺は、その表情が何を意味するのかを知っていた。幾度となく見て来た経験故に……。
「……バルバロス船長は死んだんだ」
「バルバロス!? バルバロスって、あのバルバロス!?」
「知ってるのか? シャーリー」
「この辺りじゃ知らない人はいないでしょ。かなり有名な海賊よ。シーサーペント海賊団ってところの団長で、この国で唯一
「ほう。中々詳しいじゃねぇか。センスあるぜ。海賊になる気はあるかい?」
「ならないわよ!」
ミアに続いて、シャーリーも勧誘をばっさりと断った。
「まぁ、戦時中じゃねぇ今はただの紙切れだがな……」
「バルバロスが死んだって本当なの?」
「ああ。本当さ。俺達を助けようとして――な……。もう10年も前の話だ」
嘘を言っているようには見えなかった。大の男が今にも泣きだしそうな表情で俯いていたのだ。声を掛けることすら憚れるほどに。
「……なんか、ごめん……」
「いや、いいんだ。俺達は船長の後を継いだ。船長のいた頃は仲間も大勢いたんだが、今じゃ30人ぽっちの底辺海賊団さ。離れて行った奴は大勢いるが、別に恨んじゃいねぇ。だが、俺は船長に任されたこの海賊団を守る義務がある。未だ捕まらず海賊をやれているのは疑問だがな」
ハーヴェストギルドが見逃していることを知らないのだろう。
その口ぶりから平然としているようにも見えるが、恐らく強がっているだけだ。
「海賊なんか辞めちまえばいいのにと思っただろ? そうじゃねぇんだ。俺達はカネ目的で海賊をやってるわけじゃねぇ。船長を探してるんだよ。沈んだ船の中で、まだ助けを求めてるんじゃねぇかと思うと、気が気じゃなくてな……。もちろん頭ではわかってんだ。だからせめて……せめて遺骨だけでも……」
「……見つけたら、どうするんだ?」
「それはもうみんなと話し合って決めてあるんだ。遺骨を埋葬し、海賊団は解散させると」
「海賊って、みんな海で死ぬのが本望って思ってるんじゃないの?」
「海賊の風習なんて良く知ってるな。……確かにそうだ。だが、陸には船長の帰りを待っている人がいるんだ。だから一緒に眠らせてやりてぇんだよ……」
その気持ちは痛いほどよくわかる。元の世界では、それを弔うのが仕事だったのだから。
「すまねぇ。なんか空気を重くしちまったな。まぁ、お前等には関係のないことだ。ひとまず着くまでは自由にしててくれ」
オルクスは俺達に背を向けると、左腕で顔を擦った。そしてそのまま船室へと降りて行ったのだ。
船はそれほど揺れる事もなく、海をかき分け順調に進む。太陽からの日差しは厳しいが、吹き付ける風で少し肌寒いくらい。
「……余計なこと聞いちゃったかな?」
人にとって触れられたくない過去なんてものは、いくらでもある。
無意識にもそれに触れてしまったシャーリーが後悔する気持ちもわかるが、俺にとってはそうじゃなかった。それは別の視点から見ているからである。
「いや、俺はそうは思わない。シャーリーは思い出すきっかけを作ったんだ。死者からすれば、それは嬉しいことなんじゃないか? 忘れ去られるよりはよっぽどいいと思うけどな……」
それを聞いたミアとシャーリーは呆気に取られ、キョトンとした表情で俺を見つめていた。
「そっか……。そういう考え方もあるのね……」
残された者を想う気持ちは当然の事だが、死者を想う気持ちもまた必要なのだ。
故人を引き摺ってしまうのは、決して悪いことではない。故にそれを忘れぬようにと、墓を建てるのである。
「……なんか、九条が
「ね!」
ミアは俺を抱擁するように両手を回し、シャーリーはそっと身を寄せた。どちらも眩しいほどの笑顔。俺の考えに共感してくれたのなら、それは喜ばしいことである。
死者の気持ちを汲み取れる者こそが
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