第194話 村付き冒険者カイル

 俺の名はカイル。コット村の専属冒険者だ。主に村の警備を任されている。と言っても、九条の従魔が優秀すぎてそれほどやることはない。

 日がな一日、西門の物見櫓から外の見張りをしているだけ。ぶっちゃけて暇だ。

 九条が帰って来てからというもの、村に出入りする怪しい集団は姿を消した。恐らく九条との面会目的だったのだろうと予想しているが、それは謎のまま。

 ひとまずは不審者も消え、村には平和が訪れたと安心していたのだが、それとは別に新たな怪異が発生していたのだ。

 それは半月ほど前からだった。真夜中に鳴り響くコーンコーンという何かを打ちつけているような音。

 眠れない程の騒音ではない。だが、気になってしまうと寝つきが悪くなる程度には影響がある。そんな音だ。

 心当たりがあるとすれば、ギルド裏の建設中の建物。とは言え、それに携わる大工達はギルドが閉まる時間より前に帰っていく。いくらなんでも深夜まで残業なんてしないはず。

 村人達からは、少なからず苦情と不安の声が上がっていた。実害は少ないものの、その音の出所を調査しなければならない。

 今回も九条が何とかしてくれないだろうかとも考えたのだが、そう何度も助けてもらうのも気が引ける。

 まずはできるだけ自分達で調査し、それでも解決できなければ、最終手段として九条を頼ろう。そう思っていたのだが、昨日は疲れていて寝てしまった。今日こそは必ず……。


 ――――――――――


 カイルは見張りの仕事を終えギルドに報告を済ませると、実家で母親と夕食をとっていた。

 カイルの実家は村の東側。ギルドとは結構な距離が空いているが、それを苦には思っていない。


「今日は遅くまで起きてるって言うけど、どうしたんだい?」


「ああ。最近夜中に物音がするってギルドに苦情がきててさ。それの原因を探ろうと思って」


「あんた。そんなに強くないんだから、九条さんに任せればいいのに」


「かーちゃん。さすがの九条もなんでも出来るわけじゃないんだよ。できることは俺達がやらないと。それに九条に仕事を依頼するのにいくらかかるか知らないだろ? 安くても金貨50枚は必要なんだぞ?」


「あれま。九条さんってばそんなに稼ぐのかい? ウチも後10年若ければイケるかしら?」


「イケねーよ。親父が泣くから止めとけ。かーちゃん」


 カイルは特別な用事がない限り、朝と夜の食卓は必ず家族で食べるようにしている。

 親の稼業は農家。今日はたまたま父親はいない。月に1度、ベルモントの街に作物を売りに行っているからだ。一泊二日の行商である。この村の家庭は、大体どこも同じようなものだ。

 満腹になってしまうとまた寝てしまうかもしれないので、今日は腹八分目で抑え、飲みたい酒も我慢する。

 そしてその時はやって来た。

 時間は深夜0時。村人達は全員寝静まり、誰も起きてはいない時間帯。そんな中、カイルは1本の松明を握り、村の中を静かに歩く。

 

(この時間に起きているのは久しぶりだ。確か、九条に面会を求めて来ていた第1王子の使いの者を追い返した時以来だろうか。あの時は、騙す側だったし、周りには協力者も大勢いた。怖いとは思わなかったが、今は少しその気持ちもわかるかな……)


 所々に点在している篝火はそう多くない。その光が届かない場所は闇が深く。近寄らないと何も見えないほど。

 ほんの少しのそよ風でも木々が揺れ、ガサガサと葉音を立てる。


「へへ……。まさかな……」


 カイルは、九条の話していた怪談を思い出してしまい、少しビビっていた。

 それでも巡回を止めたりはせず、そろそろ村の半分を回り終えようとしたその時だ。

 どこからともなくコーンコーンという音が、風に乗り聞こえてきた。

 それに耳を傾けると、どうやらその音の出どころはギルド方面。その音には聞き覚えがあった。


「なんだ? 食堂で使う暖炉用の薪割りでもしてるのか」


 よく似ている音。だが、よくよく考えてみると、こんな時間に薪割りというのもおかしな話。

 近づくにつれて大きくなっていく謎の音。それに比例してカイルの鼓動も早くなる。

 ギルドの裏から漏れ出る青白い光。それは炎のように揺らめいていたが、まったくの別物。魔法の光ともまた違って見える。


(魔物の類か……? それとも九条の言っていた未知なる怪物?)


 カイルは、ゴクリと唾を飲み込み覚悟を決めると、ギルドの角からそっと顔を覗かせた。

 遠くで漂う2つの黄金の光。それを見極めようと目を凝らした瞬間だった。それは一瞬のうちにカイルの目の前へと迫ってきたのだ。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 驚きのあまり叫び声を上げ、泡を吹いてその場に倒れたカイル。

 目の前にいたのはコクセイだ。それも顔だけ。辺りは薄暗く狐火とは逆光。コクセイの黒い毛が闇と同化し、瞳だけが浮いてるように見えたのだ。


「どうした! コクセイ!?」


 それに驚き、駆け寄ってきたのは九条。


「いや、カイル殿が急に出て来て倒れたんだが……」


「は? こんな時間に何してんだ?」


 恐らくそれを言いたいのはカイルも同様だ。

 九条は、気絶しているカイルを食堂に運び、椅子を並べてそこへ寝かせた。

 ペシペシと頬を叩くと、唸りながらも目を覚ますカイル。


「あれ? ここは?」


「食堂だ。こんな時間にどうした?」


「そうだ。夜中に妙な音がするって苦情があったから、調査しに来たんだよ」


「あー、うるさかったか? すまん、多分俺の所為だ」


 その音は未だに鳴りやまない。それほどうるさくは感じないが、真夜中の静けさも手伝い、小さな音でもよく響いていた。

 ゆっくりと立ち上がったカイルは、九条と共に外へ出ると、その光景に息を呑んだ。

 従魔小屋の建設作業をしていたのは、無数のアンデッド達。スケルトンがせっせと木材を運び、金槌片手に板を張り合わせていたりと若干シュールに見えなくもない。


「夜中だけ簡単な作業を手伝ってるんだ」


 それは宿屋増設工事の経験が生きていた。しっかりと棟梁と打ち合わせをしてのボランティア活動。

 九条は、従魔達が早く引っ越せるようにと自主的に手伝っているのである。

 昼は大工、夜はアンデッドとほぼ24時間体制で作業しているので、驚異的なスピードで完成していく従魔小屋。

 着工してからわずか半月で工程の7割ほどが完了していた。


「明日からは防音対策もしておくよ」


「死霊術って意外と便利だな。なんつーかアンデッドに仕事をさせれば一生くいっぱぐれることはなさそうだ」


「……禁止されてなければな」


「確かに……」


 薄暗い食堂の中、九条とカイルは迷惑にならないよう声を殺しながらも、クスクスと笑った。


「恐らくだが、後半月ほどあれば完成するはずだ。申し訳ないが、このまま続けさせてくれるとありがたい」


「いや、原因がわかればいいんだ。騒音ってほどうるさくはないし、この村には九条に文句を言うやつはいないよ。でも、まさか苦情の原因が九条だったとは……」


「……は? 今なんつった?」


「いや、なんでもない……」


 うまいこと言ったと得意気なカイルに九条は睨みを利かせると、その顔はすぐに真顔へと戻った。

 くだらない駄洒落を言い残し、帰路に就いたカイル。

 九条が大きな欠伸を披露すると、それを見ていたワダツミは、丁度いいとばかりに九条に疑問を投げかけた。


「九条殿。何故そこまで急いでいるのです? 急がずとも我らは待てますが?」


「いや、ちょっと行きたいところがあってな」


「行きたいところ?」


「ああ。ダンジョンから持ち出した鎧があっただろ? リビングアーマーとして使ってたやつだ。あれを綺麗に修復してもらおうと思ってな」


「そんなに傷んでましたか?」


「まぁ、細かい所まで言うと切りがないんだが、結構傷だらけなんだ」


「もともとあった傷では?」


「そうかもしれんが、最初の状態を細かく確認してなくてな。時間も出来たし、丁度いい機会だと思ったんだよ。腕のいい職人もバイスさんに紹介してもらった」


「そうでしたか」


 納得したように見えた魔獣達は、何故か九条をぐるりと取り囲んだ。


「もちろん我等もご一緒出来るんですよね?」


 心を読んでいるのかと言わんばかりに迫る従魔達。九条はそれに気圧され、目を逸らした。


「た……多分……」


「多分とは何ですか! ダメと言われてもついて行きますからね?」


「ああ、わかったよ。そうムキになるな……」


(……とは言ったものの、どうするべきか……)


 今回は船旅の予定であった。向かう先はドワーフの王が統治しているサザンゲイア王国のグリムロックという街。それは、スタッグ王国とは別の大陸に存在する。

 ベルモントの南に位置する港湾都市ハーヴェストから船が出ているのだ。


(従魔とは言え魔獣は乗船できるのか? 出来れば騒ぎになるようなことは避けたいが……)


 故に逸早く従魔達の小屋を完成させ、そこに寝泊まりしてもらうことでお留守番という形を取ろうと思っていた九条ではあったが、言い出しにくい空気感に少々尻込みをしていた。

 九条が部屋に帰ると、幸せそうに寝息を立てているミアとカガリ。それを起こさないよう、静かに横になった。


(そろそろ情報を集めないとな……。やはりギルドに聞くのが手っ取り早いか……)


 支部長であるソフィアなら知っているかも知れないが、それよりも適任がいるのを思い出した。


(グレイスさんなら知ってるかも……)


 彼女はノルディックの担当として、世界中を旅して回っていた。その知識については申し分ないはずである。だが、ボルグサンのこともあり、あまり顔を合わせたくないのも事実であった。


「やれやれ。どうしたもんか……」


 真夜中に響く金槌の音が心地よい子守歌のように聞こえ、九条はそのまま眠りについた。

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