第195話 新メニュー

 次の日。朝食を取ろうと階段を降りていくと、レベッカが俺達に気が付き声を掛ける。


「おっ? 九条。いいとこに来た。ちょっとそこに座って待っててくれよ」


 ミアと顔を見合わせるも、首を傾げるだけ。

 言われた通り食堂の席に座っていると、出て来たのはいつもの定食とは違う料理が2人分。

 金属で出来た長方形の大きめの皿にご飯が大盛り。その上に多彩な具材を全部乗っけたと言った感じの料理である。元の世界でいうところのロコモコ丼と言うやつに似ている。

 だが、その量は比べ物にならない。俺はなんとかなりそうだが、ミアには絶対に食べきれない量だ。どう見ても朝食には向いていない気がする。


「これは?」


「ウチの新メニューの試作品だ。お代はいらないから、食べて是非感想を聞かせてくれ」


 元々飯を食いに来たのだ。丁度いいと言えば丁度いい。

 それを何度か口に運ぶも、特別に美味いともまずいとも感じない。良くも悪くも至って普通である。

 こういうのは素直な感想を言えばいいのだろうが、どうしても忖度が入ってしまい、無難な答えしか返せない。明らかな人選ミスだ。


「まぁ、悪くない。いいんじゃないか?」


「おお。そうか。じゃぁウチで出してみてもいいかな?」


「別にいいとは思うが……」


 何故それを俺に聞くのか謎だが、レベッカは素直に喜んでいた。


「よし! 許可も出たことだしそうするよ! ありがとう九条!」


「あ、そうだ。レベッカ」


「ん? なんだい?」


「レベッカは、グリムロックという街に行ったことあるか?」


「いや?」


「そうか……。ならいいんだ」


 最後にごゆっくり、と定番の台詞を残し厨房へと戻るレベッカ。


「おにーちゃん。グリムロックに何か用事?」


「ああ。バイスさんに紹介された鍛冶師がいるんだ。傷や焦げが酷い鎧があってな。そのリペアをしてもらおうと思って……」


「私も行きたい!」


「もちろんだ。ミアだけ置いて行く事なんてしない」


「やったー! で、いつ行くの?」


 嬉しそうに持っていたスプーンを高らかに掲げるミアだが、目の前の料理はあまり減っていない。


「従魔達の小屋が出来てからと思っていたんだが……。まぁ、決まったら教えるよ。その時は、休暇をとらないといけないしな」


「はーい」


 ひとまず目の前の新メニューなるものを平らげようと、黙々と口へと運ぶ俺に対し、早々にお腹がいっぱいになってしまったミアは、レベッカに見つからないよう少しずつカガリの口元へと料理を運んでいた。

 その後、食事の礼を言ってギルドへ足を運ぶも、ソフィアもグレイスも忙しそう。

 ミアとカガリとはそこで別れ、先に村の見回りを済ませてしまおうと食後の運動を兼ねた散歩を始めた。正直言って、早く消化しなければ吐きそうである。朝からあの量は、正直きつい……。

 その途中でばったりと出くわしたのがエルザ。魔法書店の婆さんだ。


「おや、九条さん。お元気そうで何よりじゃ」


 俺に気付いたエルザは愛想良く挨拶をする。村の中ではいつもこんな感じだが、それは猫を被っているだけである。

 本性は闇魔法結社ネクロガルドとかいう怪しい集団の最高顧問……らしい。

 自称しているだけかもしれないが、今のところこれといった害もなく、警戒は怠らないながらも世間話を興じる仲、といったところだ。


「エルザさん。お聞きしたいのですが、グリムロックには行ったことがありますか?」


「ええ。若い頃に良く行きましたねぇ」


「その話を少しお聞きしたいのですが、構いませんか?」


「ええ、いいですとも。ここではなんじゃ。よければウチにおいでなさい。温かいお茶をお出ししますよ?」


「では、お言葉に甘えて……」


 エルザの後ろをついて行く。杖を突きながら歩く為、その速度は日が暮れてしまうのではないかと思うほど遅い。

 得意の獣術を使えばアスリート並の速さで走れるクセに……。と思いながらも、見えてきたのは村の共同墓地と、その隣に構えた魔法書店だ。

 コット村に移転してからお邪魔したことはなかったが、その内装はベルモントにあった店とあまり変わりはない。

 薄暗い部屋に所狭しと本棚が並べられていて、それが窓から入る光を遮っていた。

 部屋の奥に案内されると、そこは恐らく寝室だ。こじんまりとしたベッドに小さなテーブルと2つの椅子。

 手際よく用意したお茶がテーブルへと置かれ、一仕事終えたエルザも椅子に腰かける。


「で? 何が聞きたいんじゃ?」


 エルザの雰囲気がガラリと変わる。お茶をすすりながらも上から目線で、俺を睨みつける。

 そこにいるのは魔法書店のエルザではなく、ネクロガルドの最高顧問としてのエルザなのだろう。


「グリムロックに行く予定なんだが、下調べをしておこうと思ったんだが……」


「何しにいくんじゃ? 採掘か?」


「いや、鎧のリペアなんだが、採掘が出来るのか?」


「ああ。ミスリル鉱石はサザンゲイアでしか取れんからな。まぁ、行ったところで一般人は採掘できんのじゃがな」


「そうなのか?」


「そりゃそうじゃろ。大事な国の資源。採掘には許可が必要じゃ。冒険者向けならギルドで許可が貰えるはずじゃが、それなりにカネもかかる」


「聞いておいてなんだが、詳しいな」


「当たり前じゃろ。我が組織の規模を甘く見てもらっては困る」


 口角を上げ、胸を張るエルザ。それは隠し事を自慢する子供のようにも見えた。


「ここからだと、ハーヴェストから船で行くんだろ?」


「まぁ、一般的にはそうじゃな」


「それ以外に方法があるのか?」


「イッヒッヒ。ここからは有料じゃ……。我が組織に入るのであれば無料で教えてやるぞ?」


「ケチ臭いな……。いくらだ?」


「金貨100枚じゃ!」


「わかった。話を続けてくれ」


 俺が即答したことに余程驚いたのか、エルザは目を丸くした。


「おぬし、本当に払う気か?」


「ああ。もちろんだ。それくらいなら払える」


「……はぁ。冗談じゃよ……。カネなぞ貰わずとも教えてやるわい」


 俺を組織に入れたいのだろうが、そんなことくらいで入るわけがない。

 エルザはつまらなそうに溜息をつくと、落胆したような表情を見せた。だが、その表情は、すぐに不敵な笑みへと変わったのだ。


「もう1つの方法は我が組織の船を使うということじゃ! ハーヴェストまで行かずとも、海岸沿いならどこからでも乗船できるぞ? もちろん組織に入ればじゃがの! フヒヒヒ……」


「うぜぇ……。入らないって言っただろ……」


 結局は組織に入らなきゃダメとは……。真面目に聞いて損をした気分だ。


「そうだ。従魔も乗船できるよな?」


「できん! ……と言いたいところじゃが出来るはずじゃ。別料金じゃがの」


 まぁ、乗れるのなら問題はないだろう。カネには困っていない。


「そうじゃ、何か困ったことがあれば我が組織を頼るがいい」


「どうせ、組織に入らないと意味がないんだろ?」


「いやいや、今度は大丈夫。そこまでは言わんよ。あわよくばそれをきっかけにしてとは思っておるがの。イッヒッヒ……」


 食えない婆さんである。なんだかんだでその話も無理矢理聞かされると、魔法書店を後にする。

 色々と脱線はしたものの、聞きたかった情報は聞けたので良しとしよう。

 後は出発日をどうするかだが、従魔達を連れて行くとは言え、小屋の建設が終わるまでは村にいようと思う。

 大工達に手伝うと言った手前、途中で投げ出すなんてことはしない。

 その後、残りのパトロールを済ませギルドへ帰ると、入り口に置いてあった立て看板に目が留まった。


『新メニュー! プラチナプレート始めました。今だけ半額!』


「新メニュー?」


 思い出した。今朝出された新メニューの試作品。恐らくアレの事だ。

 食堂の扉を開けると、いつもとは違い大盛況。依頼を終えた冒険者達で満席に近い状態だ。

 そんな彼等が美味そうに頬張っているのは、今朝見た試作品と同じ物。

 入口で立ち尽くす俺に気が付いたレベッカは、威勢よく声を出す。


「いらっしゃ……。なんだ、九条か……」


「凄い盛況じゃないか」


「ああ。九条から新メニューの許可を貰えたからね。お披露目っつーことで、明日までは半額セールだ」


 これだけのボリュームで、しかも半額で食えるのなら皆飛びつくだろう。だが、ネーミングセンスはどうにかならなかったのか。


「新メニューの名前はもっとこう……どうにかならなかったのか?」


「いい案だろ? シルバー製の皿をプラチナプレートに見立てたんだ。そこに料理を山盛り乗っけることで強さを表現してる。完璧だろ?」


 レベッカは、自身ありげに胸を張る。


「……そうか?」


「そうだよ。なぁみんな!?」


「「おお!」」


 それに応えるように声を上げる客達。さすがは冒険者と言うべきか……。ノリの良さはピカイチである。

 武器屋の親父と違って、プラチナプレート冒険者御用達などと嘘を付いているわけではないので問題はないのだが、ようやく俺に許可を求めた意味を理解したのだ。


「九条も食っていくだろ?」


「後でな。席が空いた頃また顔を出すよ」


「あぁ。言っとくけど今日は定食は休みだからな。新メニューのプラチナプレート以外出せないから、そのつもりでいろよな!」


 また、あれを食うのか……。朝晩同じ物。そしてあの量である。俺は元の世界の胃腸薬が恋しくなった。

 もちろんミアに頼めば魔法で簡単に治るのだろうが、さすがにそれはかっこ悪いというか不名誉だと感じてしまう辺り、自分にも少しはプライドがあるのだなと苦笑しつつも、それをしみじみと実感したのであった。

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