第192話 分け前とストーカー?

 それから1ヵ月。俺はミアや従魔達と共にコット村へと帰って来ていた。

 ソフィアはギルドの関係者。俺がノルディックを殺したことを知っているようだが、それを口にはしなかった。

 正直それほど気にしてはいないのだが、気遣ってくれるのはありがたい。

 村は変わることなく至って平和。俺は日課のコット村の警備――という名の散歩に精を出していた。


「こんにちは九条さん。今日もいい天気ですねぇ」


「ええ。何かお変わりありませんか?」


「全然。むしろ畑仕事の間、息子の面倒を見ていただいていつも助かってるわぁ」


 隣のコクセイに驚きもせず、気さくに話しかけてくるおばちゃんは、畑仕事で曲がった腰を大きく伸ばす。

 その息子の面倒を見ているのは俺ではなく、獣達のことだ。

 従魔達は村人にとっての癒しであり、良き友であり、ガードマンであり、託児所でもある。もう何でもアリだ。

 もちろんその報酬として、食べ物を与えるのも欠かさない。持ちつ持たれつなのである。


 散歩が終わると、ギルドの前には1台の旅客用馬車。……嫌な予感しかしない。

 食堂へと足を踏み入れた途端、それは確信へと変わった。

 俺に背を向け、何かを頬張っているのはバイス。その向かいに座っているのはシャーリーだ。

 シャーリーが俺に気付くと、笑顔で手を振った。


「あっ! 九条! こっちこっち!」


「よほくほう。ひはひふひはは」


 バイスは、せめて口の中の物を飲み込んでから話すべきだ。

 半ば諦めつつもレベッカに飲み物を頼み、怪訝そうな表情を浮かべながら2人のいるテーブルへと腰を下ろす。


「今回はなんですか?」


「そう嫌な顔すんなよ。うやむやになってたワーム素材の清算が終わったから、その報告だよ」


「あぁ、なるほど。すっかり忘れてました」


「色々と立て込んでてな。俺が買い取った分の素材とギルドに売り払った分で1人金貨2000枚だ」


「また結構な額になりましたね」


「まぁな。内訳は殆ど外殻だが、軽くて丈夫。加工もしやすそうでかなり評判もいい。とりあえずスタッグのギルドに九条名義で預けてあるから、後は好きにしてくれ」


「ありがとうございます」


 その時だ。階段を降りて来る2人のギルド職員に気が付いた。


「どうだ? 終わったか?」


「ええ。つつがなく」


 バイスが声を掛けたのは、ニーナとグレイス。2人が俺に気が付くと軽く頭を下げ、そして同じテーブルに腰掛けた。

 ニーナのプレートはゴールドではなくシルバーになっていた。ノルディックの担当を辞め、降格となったのだろう。

 恐らくニーナはバイスの担当になったのではなかろうか? ニーナは元々バイスの担当だった。バイスは貴族故に、あまりギルドの依頼を受けていなかったようなので、ニーナが降格してからは暫く担当を決めていなかったはず。

 外に止めてあった馬車は1台。同じ物に乗って来たとしたらその可能性は高い。


「お久しぶりです。九条様」


 声を掛けてきたのはニーナだ。あれから心を入れ替えたようで、気持ち悪いくらい真面目になっていた。

 そんなニーナを見たことがないので、まったくと言っていいほど慣れない。汚いような物を見る目で見下し、悪態をついていたのが嘘のようだ。

 雰囲気から律儀と言うか堅物と言うか……。融通は聞かなくなってしまったらしい。


「どうも……。というか様はつけなくていいですよ? なんか他人行儀で慣れないんですよね……」


「九条様も私より年上なのに、敬語を使っていますでしょう?」


 確かにそうだ。ミアほどの子供であれば自然に話せるのだが、それ以上となると基本敬語になってしまう。

 ニーナの歳はシャーリーと同じくらいだろうか……。でもシャーリーにはいつの間にか敬語じゃなくなっていたな……。


「よし、わかった。じゃぁ対等にいこう。これで満足だろ?」


「……わかりました。では、なんとお呼びすれば?」


「まぁ、様付け以外であればなんでも……。好きなように呼んでくれ」


 ニーナは顎に手を当て、ほんの数秒悩んだ様子を見せると、その口から出た言葉に耳を疑った。


「うーん……。では、おにーちゃんと……」


 ちょうど飲み物を口に含んだ瞬間だった。それがバイスに降り注いだのは言うまでもない。


「きったねーな九条!!」


「ゲホっ! ゲホッ!」


 咽る俺に笑顔を見せるニーナ。ニーナはミアと違って子供ではない。俺の歳を考えればおかしなところはないが、いくらなんでも急すぎだ。


「冗談ですよ?」


 ミアを真似たのだろう。前言撤回である。少しはユーモアが残っているようだ。

 そして次に口を開いたのはグレイス。


「今日からここの配属となりましたので、よろしくお願いしますね。九条様」


「ええぇぇ!?」


 ……と大袈裟に驚いて見せたが、俺以外の皆は知っていたようで、リアクションは薄かった。


「これまた急ですね。言っちゃ悪いですけどなんでこんな田舎のギルドになんて……。もしかして左遷ですか?」


「いえ。自分から進んで希望したんです。九条様の従魔。あのモフモフが忘れられなくて……」


 グレイスは両手を組み天井を見上げ、恍惚な表情を浮かべていた。その目は夢見る乙女の如くキラキラと輝いていたのだ。

 それを見て呆れていた俺に、シャーリーは何かを伝えようと必死にジェスチャーを送っていた。

 もちろんわかるわけがない。


「それに……」


 その瞬間、グレイスの瞳からは輝きが失われ、闇に染まる視線を俺に向けたのだ。


「まだ、ボルグサン様の居場所も聞いていませんしね……」


 それに恐怖を感じ、咄嗟に目を逸らす。恐らくこっちが本音だろう。ようやくシャーリーのジェスチャーの意味を理解した。


「じゃぁな、九条」


「お元気で」


 馬車に乗り込み、帰っていくバイスに皆で手を振る。あの後、ミアも合流してくだらない雑談に花が咲いた。

 あれからの王都の様子や、ギルド本部の対応。俺が依頼を受けない理由等、結局は身の上話が大半を占めていたように感じる。

 気が付くと既に日は落ち、バイスは用事があるからと泊まらずに帰っていったのだ。

 なんだかんだあったが、バイスの訪問も丁度良かった。色々と聞きたいことも聞けたのだから。


「……」


 ……いや、ちょっと待て。なんで帰って行ったのはバイスだけなんだ?

 グレイスはいい。ギルドに住むのか何処かに家を借りるのかは知らないが、村のギルドに配属になったのだから。だが、ニーナとシャーリーは違うだろ。


「2人は帰らないのか?」


「あれ? おにーちゃん知らないの? ニーナさんもコット村で働くことになったんだよ」


「そうなのか?」


「ええ。ただグレイスさんとは違って私の場合は左遷にあたりますけど……。異動先が選べるようだったのでこちらに」


「そうか……」


 それは淡々とした口調ではあったが、後悔はなさそうに感じた。

 一抹の不安はあるものの、ニーナと顔を見合わせるミアの表情は柔らかい。

 俺が心配する必要はなさそうだ。恐らく2人とも上手くやっていけるだろう。

 残る問題は、シャーリーである。


「で? シャーリーは何故?」


「九条に話すことがあったんだけどさ。タイミング逃しちゃって。今からちょっといいかな? 終わったらすぐ帰るよ」


「ああ」


 ミア、ニーナ、グレイスの3人はギルドへ戻り、俺はシャーリーだけを連れ、自分の部屋へと招き入れた。

 別に取って食おうってわけじゃない。誰もいない所で話がしたいと言ったのはシャーリーである。決して疚しい気持ちがあったわけではないのだ。


「で? 話ってなんだ?」


「あのね。九条にお金返そうと思って」


 なんとなく、そんなことだろうと思っていた。決して愛の告白なんか期待していない。それは期待するだけ後で虚しくなるのだから……。


「あぁ。そういえば村から帰る時に貸したな。金貨20枚くらいだったっけ?」


 言われて思い出した。そもそも返ってくることは期待していなかった。お金を貸す時は、返ってこないことを前提にしている。

 というか、既に今回の分を含めれば、俺は金貨7000枚を持っているのだ。最低限の衣食住があれば満足なのだが、そんな大金どうしろというのだ。

 正直、金銭感覚は麻痺気味である。


「そっちもそうなんだけど……。そっちじゃなくて1000枚の方……」


 それを聞いた途端、自分でもわかるくらいに顔を歪めてしまった。


「その話か……。もうやめよう。俺は受け取らない。それだけなら帰ってくれ」


「うん。言うと思った。だから受け取ってくれるまで帰らない」


 シャーリーを睨みつける。それに臆することなく目を合わせ続けるシャーリー。

 本気なのだろうが、何故そこまで意固地になるのか。

 わかってはいるのだ。俺がそれを受け取れば話はそこで終わり。円満解決と言えるのか定かではないが、それも1つの解決法だろう。

 だが、それは出来ない。考え方の問題なのだ。

 仏教の修行には悟りに至る為の六波羅蜜ろくはらみつという6つの修行法が存在する。その内の1つにある、布施という考え方だ。

 詳しくは省くが、お金という欲を断ち切る為、それを手放すという思想。

 元の世界では、『お布施』と呼ばれているもの。修行の一環として、お金をお寺に納めるということである。

 俺がしたのはそれと同じこと。シャーリーを助ける為、金貨1000枚を捨てた。『貸した』のではない『捨てた』のだ。捨てたものは返ってこない。それに見返りを求めないからこそ修行なのだ。

 それが当たり前であり常識。理屈ではない。

 それを曲げるということは、今までの積み重ねが無意味であり、俺の人生を否定するのと同義である。


「勝手にしろ!」


 声を荒げ、シャーリーを残したまま俺は部屋を出て行った。

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