第169話 伝説の武器
「今持ってくるから、ちょっと待っててくれ」
九条はそう言うと部屋を出て何処かへ行ってしまった。
「どこ行ったの?」
「九条には武器の調達をお願いしてたんだよ。それを取りに行ったんだ」
シャーリーは自分の武器を持って来ていないことに難色を示していたが、そう言うことだったのかと納得した。
レンジャーの存在をギリギリまで隠す為、シャーリーの外出を止めたのだ。
しかし、武器にも相性というものがある。使い慣れた物が1番の相棒と呼ぶに相応しいのは、手練れの冒険者ならば誰もが感じること。
シャーリーは多少の不安はあったものの、この際借り物でも仕方がないと腹をくくった。
「お待たせ」
九条が重そうに抱えて来たのは2つの麻袋。それを壁に立て掛けると、一息ついて縦長の袋からその中身を取り出した。
シャーリーがそれを見た瞬間だった。口に含まれていたお茶が勢いよく吹き出し、バイスに襲い掛かったのである。
「ぶふぅーー!!」
「おい、シャーリーふざけんな!」
シャーリーに精一杯の抗議の声を送るも、そんな声なぞ聞こえていないのはその表情から明らかだ。
視線は九条が手にしている弓に釘付け。全ての意識を奪われていると言っても過言ではない。
九条はそれをシャーリーに向かって、ひょいと放り投げた。
「ちょ……ちょっと……」
シャーリーはそれを反射的に受け止めると、その軽さに度肝を抜かれた。
自らの手に吸い付くような感触。今日初めて触ったとは思えないほどの馴染み具合。子供の頃から一緒に育ってきたと言えるほどの感覚を覚えた。
それは驚きを通り越し、悪寒を感じるほど。
シャーリーはそれを知っていた。いや、シャーリーでなくとも勤勉な冒険者であれば知っている者は多い。
およそ300年前。黒翼騎士団と呼ばれていた傭兵部隊が存在していた。戦場での彼等は常勝無敗。その強さは、彼等を味方に付けた者が勝利を収めると言われていたほど。……だが、彼等は大きくなり過ぎた。
数千人にも及ぶ巨大組織となってしまった彼等を手に負えないと判断した雇い主は、スパイを送り込み裏切りを誘発。そして彼等は内部分裂を起こし崩壊した。
最後に残ったのは騎士団最強と呼ばれていた部隊長、ゲオルグ、レギーナ、バルザック、ザラの4人のみ。最終的に生き残った4人は、国外へと逃亡し冒険者となるも、その後行方知れずになっている。
その内の1人、狙撃手であるレギーナが持っていたとされる弓だ。その名は、剛弓・ヨルムンガンド。
高級素材とされる幼龍の角を使い作成されたそれは、まるで大蛇のような理想的しなりをする為、そう名付けられた。
持ち手となるグリップは1本だが、上下に伸びるリムにあてがわれている幼龍の角は、それぞれ2本ずつ。それは平行ではなく、外側にいくにつれてその隙間は大きくなっている。
まるで2本の弓を交差してくっつけたような独特な見た目。故にシャーリーでもすぐにわかったのだ。
だが、九条はそれを知らない。知識がないのだ。ダンジョンの倉庫には他にもいくつか弓はあった。
これを持って来た理由は、なんか強そうで軽かったから――という安直な理由である。
「シャーリーはそれを使ってくれ。言っておくが貸すだけだからな?」
「嘘でしょ……」
それは伝説と言われるほどの物。国の宝物庫にあってもおかしくはない。それが自分の手の中にあると思うと、シャーリーは身震いが止まらなかった。
幼龍の角は普通のドラゴンの角より希少価値が高い。当たり前だ。幼龍の傍には常に2体の親がいる。つまりそれを手に入れる為には、2体のドラゴンを同時に相手にしなければならないということである。
それに成熟したドラゴンの角は、固すぎて弓の素材には向かないのだ。
(早く射ってみたい……)
シャーリーは逸る気持ちをぐっと抑え、深呼吸で気持ちを落ち着けた。
「こんな物どこから持って来たの?」
「それは秘密だ。使えそうか?」
「使えるとは思うけど……」
正直言うと、シャーリーが扱うには少し大きい。それにダンジョンで射るには小型の弓の方が使い易い。
だが、そのデメリットを打ち消して有り余るほどの威力を誇る弓だ。文句なんて出るわけがない。
「じゃぁ良かった」
麻袋をごそごそと漁りながら背中で答える九条。
「九条! 俺のは? 俺のは?」
「バイスさんのはこれです」
シャーリーの時と同じように、雑に放り投げたのは1本の刀。
シャーリーはそれを見たことがある。ボルグ君2号が持っていた物だ。その恐ろしさは身をもって経験している。
あのリビングアーマーを作り出したのが九条であれば、それが出て来ることは安易に想像がつく。
その名は
その知識がなければ、知らずに切られていることから、その名が付いた。
「……」
バイスがその柄を握ると、急に大人しくなった。真剣な表情でその刀を見つめ、生唾を飲み込む。
恐らくシャーリーが感じたものと似たような何かを感じ取ったのだ。
鞘から刃を抜こうとした瞬間、辺りに突風が吹き荒れる。
部屋の窓ガラスはガタガタと悲鳴を上げ、テーブルに置いてあった燭台や花瓶が勢いよく倒れると、ごろごろと何処かへ転がって行ってしまうほど。
しかし、それはほんの一瞬。鞘から完全に抜かれ切った刃は、透き通るほど美しい波紋で、バイスはそれから目を逸らすことが出来なかった。
「九条……」
「なんです?」
「これ……、くれよ……」
「ダメだっつってんでしょ!」
いくら九条とはいえ、その刀が希少な物なのだということははっきりとわかる。魔剣と呼ばれているのを知っているのだから。
九条はそれを持ち出していいものか迷った。ダンジョンの最速攻略をバイスに提案したが、帰ってきた答えはシャーリーと同じ。
キャラバンのように大人数で、かつそれを3つほどのパーティに分け、ローテーションで戦うことが出来れば可能性はあるとの回答だが、人数分の食料に馬車の確保は、出発までには間に合わない。
仮に間に合ったとしても、それを指揮しながら戦うことなど、経験のない九条には出来るはずもなく、ノルディックに怪しまれるのは確実である。
そこで代替え案として出たのが、強力な武器の使用。バイスは、ダンジョンに眠っているであろう魔剣イフリートの存在を知っているのだ。
結局はそれ以外に方法がなく、九条はそれを持ち出すことを決意した。
ベルモントでシャーリーの勧誘を済ませ、帰路のついでにダンジョンに立ち寄り、持ち出す物を決め、九条は律儀にも過去の持ち主に手を合わせた。
「九条。あとは何が入ってるの?」
「あとは鎧と剣だな」
九条が袋の端を捲りチラリと見せたのは、ボルグ君2号で使っていた黒いフルプレートの鎧。
九条がこれを選んだ理由は1番軽かったからで、他意はない。
バイスが着用するか、リビングアーマーとして活用することを念頭に置き持って来た物。
リビングアーマーとして使う場合は、上から大きめのフード付きローブを被せることで運用する。それはグレイスの目を欺く為の物だ。
(恐らく、グレイスは俺を監視するようノルディックから命じられているはず……)
九条は、グレイスに死霊術の秘密がバレないよう立ち回らなければならないのだ。
「で、バイスさんどうです? タイムアタックはいけそうですか?」
「装備は申し分ないな。後は練習あるのみって感じだ」
それに首を傾げるシャーリー。
「練習?」
「ああ。この屋敷をちょっと借りて予行演習をしようと思ってるんだ」
「はぁ?」
シャーリーの疑問の声をよそに、バイスが手をパンパンと叩くと、部屋に入って来たのは1人の使用人。
「お呼びでしょうか?」
「シャーリーに合う皮鎧を買って来てくれ」
「かしこまりました」
「あっ、ちょっと待って」
使用人が部屋を出ようとしたのを、シャーリーが止めた。
「九条。矢は?」
「あっ……」
シャーリーからは深い溜息が盛大に漏れ、残念そうな視線が九条に向けられる。
「あのねぇ……。弓と矢はセットでしょ普通?」
「すまん……」
矢の存在を失念していた九条は、自分の不甲斐なさに落胆した。それはお弁当の箸を忘れるくらい重要な事である。
「使用人さん。申し訳ないんだけど矢も買ってきてもらえる?」
「いかほどご用意致しましょう」
「そうね……。ウッドシャフトを60。アイアンを20でお願い」
矢は基本使い回す。ウッドシャフトは木製で軽いのが利点だが、耐久性が低く折れやすい。アイアンは重く扱いにくいが耐久性が高い。アイアンはウッドシャフトがなくなってしまった時の予備として持ち歩く用だ。
「かしこまりました」
使用人が部屋を出て行くと、入れ違いで入って来たのはミアとカガリ。
「おにーちゃん。作戦会議終わった?」
「ああ、丁度終わったところだ」
「よし、じゃぁちょっと遅くなっちまったが、みんなで飯にしよう。それが終わったら予行演習だ」
バイスの言葉に席を立つ。そこで九条は思い出した。
「バイスさん。人参ってありませんか? 数本でいいので」
「人参? 厨房に行けばあると思うが……」
「ありがとうございます。後でちょっとお借りしますね。ちゃんと返しますから」
「いや、人参くらいやるよ。っていうか、従魔達の飯も用意してあるが、そうじゃないのか? 何に使うんだ?」
「ええ。ちょっと暴れ馬に……」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる九条に、意味がわからず首を傾げるバイスであったが、何か企んでいるのだろうとそれ以上は聞かなかった。
食事を済ませると、予行演習という名の大運動会が始まった。
バタバタとやかましく屋敷内を走り回る九条達。それが通り過ぎる度に頭を下げる使用人達に詫びを入れながらも、夜は更けていった。
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