第167話 集結

 ベルモントギルドが見えて来ると、そこには人だかりが出来ていた。ギルドの入口から溢れ出すほどの人の数。恐らく九条の所為だろう。

 王都ならまだしも、ベルモントのギルドにプラチナプレートの冒険者が来るなんて滅多にあることじゃない。

 しかも、ベルモントギルドで散々の結果となった金の鬣きんのたてがみを討伐した張本人であれば、話題性は十分。

 正にシャーリーの予想通りで、九条はその対応に追われていたのだ。


「九条様。本当にありがとうございました。九条様のおかげでウチのギルドの面目も守られました」


「はあ……」


 嗚咽しながら九条の手を両手で握り、上下にぶんぶんと激しく振っているのはベルモントギルド支部長のノーマン。見た目は冴えないおっさんだ。

 金の鬣きんのたてがみの討伐に失敗。それだけならまだしも、ノーピークスの街にまで被害が出ていたら、ベルモントギルドの責任にされていてもおかしくはない。それを未然に防いだ九条は、このギルドの救世主のような扱いである。


「それよりもシャーリーを……」


「ええ、ええ。わかっておりますとも。現在担当が呼んでまいりますので、しばしお待ちくださいませ」


 九条を囲うように集まる冒険者達だが、3匹の魔獣のおかげでその輪の中心には一定の空間が出来ていた。


「はいはーい。ちょっと通してねー?」


 ざわざわと騒々しい野次馬達をぐいぐいと押しのけ姿を見せたシャーリーは、無意識に上がってしまう口角をキリっと引き締め、まるで意識していなかったかのように立ち振る舞う。


「あら、九条。久しぶり。元気していた?」


「ああ、シャーリー、良かった。待ってたんだ」


 2人の挨拶を聞いてどよめく観衆。それはシャーリーに向けられたものだ。


「シャーリーはプラチナと知り合いなのか?」

「さすが、シルバートップと言われるだけはあるな……」

「シャーリー。俺にも紹介してくれよ!」


 シャーリーはそれを聞いて、より一層胸を張った。九条の知人というだけで一目置かれる存在だ。悪い気はしない。

 それに気を良くしたシャーリーは、少々上から目線で九条に質問する。


「で? なんの用?」


「ちょっと厄介な依頼を抱えてしまってな。シャーリーに手伝ってほしいんだ。頼めないか?」


 ちょっと困惑したような表情の九条から状況は察した。

 厄介な――と濁すような言い方をしたのは、この雑多な状況では話せない事情があるのだろう。


「もちろんいいわよ? 九条の頼みだもん」


 特に用事もなかったシャーリーは笑顔で色よい返事を返すと、それを聞いた観衆からは歓声が上がる。


「「おおおおぉぉぉ!」」


 シャーリーは内心、胸を撫で下ろしていた。呼び出された理由を聞いて安心したからだ。

 これだけの人を前に「金返せ」などと言われたらどれだけ恥ずかしいことか。

 九条には返せないほどの恩がある。具体的には金貨1000枚に相当するほどのものだ。

 断る理由は何もない。むしろ少しでもその恩を返せるのなら願ってもいないことだった。


「よし、じゃぁカガリに乗ってくれ。内容は道中で説明する」


「えっ!? 今から?」


「時間がないんだ」


 シャーリーの言葉が終わるよりも前に、カガリはシャーリーにその身を寄せた。

 急に呼ばれたシャーリーは何の準備もしていない。武器や防具も置いてきた。

 九条に見られてもいいように、ちょっとだけ気合を入れた私服に、返そうと思っていた金貨20枚程度が入った革袋だけ。

 ひとまず途中で自宅に寄ればいいだろうと半ば諦めの表情でカガリに跨るシャーリーを見て、またしても野次馬からは歓声があがる。


「じゃぁ支部長さん。少しシャーリーをお借りしますね」


 九条がコクセイに跨ると、冒険者達は空気を読んでギルドの出口までの道を開けた。

 そして2人の冒険者と3匹の魔獣は、夜の闇へと消えていったのだ。



 この時間に街道を歩いている人などいるわけがない。そこを魔獣達は遠慮なくひた走る。もちろん、九条とシャーリーがギリギリ耐えれる速度でだ。


「ぐじょぼぼ、じょどがばばごぼぼぼぼ……」


 凄まじい速度で走る魔獣達の背に乗りながら話す――というのが土台無理な話だ。

 向かい風の影響で会話すら成り立たない。シャーリーの声も九条には届いていなかった。

 そして王都スタッグまでの道のりを半分ほど過ぎたあたりで、魔獣達は足を止めた。


「ゲホッゲホッ。ちょっと九条! 飛ばし過ぎ!」


「すまん。大丈夫だったか?」


「大丈夫だけど……。っていうか何処に行くつもり? 私、武器も防具も持って来てないよ?」


「それはこっちで用意するよ。それよりも、俺はちょっと寄って行くところがあるから先に行っててくれ」


「それはいいけど……、どこにいけばいいの?」


「カガリが知っている。じゃぁ、また後でな」


「えっ、ちょ……、くじょぉぉぉぉぉぉぉ……」


 それを聞いた瞬間、カガリは再度走り出した。



 時刻は既に深夜。必死になってカガリにしがみつくシャーリーが遠くに見た物は、王都スタッグの城壁だ。

 眠そうな目を擦っている門兵を視界にとらえると、カガリは突然進路を変え、門兵に見つかることなく茂みの中へと入って行く。

 そして、恐らく堀の幅が1番狭いであろう場所を見つけると、助走をつけ城壁目掛けて一直線に駆け出した。


「えっ、嘘でしょ……。あああぁぁぁぁ!」


 堀を飛び越え、城壁を駆け登ったカガリは、その内側へと見事着地したのだ。

 そこからは今までが嘘のように優雅に歩みを進め、ようやく足を止めたのは一際大きな屋敷の前。

 恐らく、貴族か大商会の大金持ちが住んでいるであろうことは想像に難くない。

 その柵を飛び越え、玄関の前まで来たカガリはそこで身を屈めた。


(ここが目的地?)


 訳もわからずシャーリーがカガリから降りると、屋敷の扉が開かれる。

 どのような人物が出て来るのか。生唾を飲み込み覚悟を決めると、中から出て来たのは見たことのある顔。


「よお、シャーリー。久しぶりだな」


 そこに立っていたのはバイスだ。何度かパーティを組んだことはあるが、まさかバイスが出て来るとは思わなかった。

 それが知人だと知り、安心しきって緊張が解けてしまったシャーリーは、その場にペタリと崩れるように座り込んだ。

 当然である。長時間カガリに乗っていた所為で、思うように力が入らないのだ。


「は……はは……。なんだ……バイスじゃん……」


「大丈夫か? 兎に角入れよ。風呂、飯、部屋は用意してあるから」


 バイスが手を差し伸べ、それを快く受け入れようとするシャーリーではあったが、すでに力を使い果たした腕が上がることはなかった。

 情けなくぷるぷると震えるシャーリーの腕を見たバイスは、遠慮なくゲラゲラと笑ったのである。

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