第166話 裏技
更に2日後。相変わらずパーティメンバーの打診はなし。慰めてくれるミアの気持ちはありがたいが、正直落ち込む。
不本意ではあるが、予定を変更してバイスに助けを求めることに。レンジャーではなくとも、経験者は必要だろうと判断した結果だ。
お屋敷の使用人達を驚かせないよう、従魔達は宿屋でお留守番。そしてバイスの屋敷を訪問すると、外出中とのことだったので、屋敷の中で待たせてもらえることになった。
「うまいな」
「おいしいね」
通されたのは、前にも1度泊ったことのある部屋だ。そこで用意してくれたお茶を啜り、バイスが帰ってくるのを待っていた。
それほど長い時間ではなかった。帰ってくるなりバタバタと屋敷の中を駆け、勢いよく開かれた扉。
「来たか!」
待っていたのはこちらなのだが……。まるで自分が待っていたかのような言い草に、ツッコミたいのを我慢する。
「お邪魔してます」
どうやらバイスは俺達の泊っている宿屋に行っていたらしい。俗に言う行き違いというやつだ。
その理由というのも、俺がパーティを組めないことと関係があった。
「九条。お前、レンジャーのパーティメンバー募集してるだろ? 残念だが王都がホームのレンジャーは諦めろ。恐らくほぼ全員が別の依頼で出払っている」
「どういうことです?」
「1週間ほど前に、レンジャー用の高額依頼を持ち込んだ男がいたらしい。条件はシルバー以上で人数問わず。そこに全て取られたんだ。時間はかかるが仕事内容は超が付くほど簡単だ。ギルドにも確認を取ったから間違いない」
「そうですか……」
万事休すではあるが、救いはグレイスが俺1人でも依頼には同行すると言ってくれたことだ。
見つからなければ仕方がない。それでも経験者がいないよりはいいはず。バイスをパーティに誘いに来たのだから、ある意味丁度良かったのかもしれない。
「バイスさん。急で申し訳ないが、パーティを組んではくれないだろうか? レンジャーがいない。そして俺は正直言ってダンジョン調査に自信がない」
「そう来ると思ってたよ。返事は勿論イエスだ。それよりも、まだレンジャーを諦めるのは早いんじゃないか?」
俺とミアは顔を見合わせ首を傾げる。諦めろと言うから諦めたのに、今度は諦めるなと言う。
ニヤリと不敵な笑みを浮かべるバイスの自信に満ちた表情。何か策があるのだろう。早く聞いてくれとでも言いたげだ。
「何か当てがあるんですか?」
「よくぞ聞いてくれました!」
思っていた答えと全く同じ反応が返ってきたので、正直ちょっと悔しい。
「裏技……というか、普通の冒険者はあまりやらない事だが、他の街のギルドからレンジャーを連れてくりゃいいんだよ」
「えっ! 他の街からレンジャーを!?」
「ああ、そうだ。俺達は良くやるんだがな。……覚えてるか? 九条に炭鉱案内を頼んだ時だよ」
確かにそうだ。あの時、バイスとネストはスタッグからダンジョン調査を受けたと言っていた。しかし、一緒にいたフィリップとシャーリーはベルモントギルドがホームの冒険者。
「前にも言ったろ? スタッグの冒険者は、強い奴ほど貴族の息がかかってる奴が多いんだ。だから俺達はフリーの冒険者を探さにゃならん。それには他の街から探すのが手っ取り早いんだ。自分の領地のギルドか、中立都市だな」
「なるほど、確かに……。盲点でした」
「ここから近い所でそれなりの規模がある所だと、ノーピークスかベルモントだが……」
それに口を挟んだのはミアだ。何かを思いついたかのように俺の袖を引っ張る。
「おにーちゃん、ベルモントにしよ? そこならシャーリーさんが組んでくれるかも」
「「それだ!」」
バイスとハモる。これ以上ない人選だ。やはり組むのであれば知った顔の方が何かと便利。
シャーリーならカガリに跨ったこともあるし、慣れてはいるはず。
問題があるとすれば、コクセイやワダツミ達のことをどう説明するかだが、ひとまずそれは後。まずはシャーリーのスケジュールが空いていることを確認するのが先だ。
バイスは、パーティを組むなら屋敷を使えと別途部屋を用意してくれた。レンジャーが誰になるかはまだわからないが、1度全員で集まり、話し合いの場を設けた方がいいだろうとのこと。
俺はその申し出に感謝し宿屋を引き払うと、コクセイ、カガリ、白狐を連れて、一路ベルモントを目指した。
————————————
ベルモントでは、今日という1日が終わりを迎えようとしていた。
街では松明とランタンが仕事を始め、歓楽街ではそろそろ飲み屋が騒がしくなる頃である。
「あ゛あ゛ぁ……。今日も疲れたなぁ……」
そんな中、シャーリーは借家の自宅で風呂に入っていた。丁度ギルドの依頼を終え、その汗を洗い流していたのだ。
温泉でも湧いていない限り、風呂が自宅にあるのは珍しい。ごく普通のご家庭であれば大きな桶で入浴するか、銭湯のような風呂屋に通うのが一般的だ。
しかし、シャーリーはダンジョン専門のレンジャー。時にその中の悪臭は想像を絶するほど。その匂いを落とす為にも、奮発して風呂付きの借家を借りているのである。
シルバープレートの冒険者であれば、それくらいの出費は容易いとも言える。
あまりの気持ちよさに瞼が閉じかけたその時、部屋の扉をノックする音で目が覚めた。
「こんな時間にごめんなさい。シャーリー、まだ起きてますか?」
その声の主は、シャーリーの担当であるシャロンだ。ギルドはまだ閉まっていないが、担当自らの自宅への来訪なぞ滅多にない。
担当がギルドでの仕事を投げ出してまで来るということは、何か不測の事態が起きた可能性が高かった。
「はーい。今開けるからちょっと待ってー」
外のシャロンに聞こえるよう大きな声で返事をする。
(何の用だろう? 今日の依頼に何か不備があった? いや、仕事は完璧だったはず……)
そんなことを考えながら湯船から出て、急いで服を着ると、扉を開ける。
「どうしたの? シャロン」
「よかった。今ギルドに九条さんが来ていて、シャーリーを呼んでくれと……」
「え? 九条が? 何で?」
「いえ、ちょっとそこまでは……。ただ急いでいるようでしたので、こうして呼びに……」
「わかった。すぐ行くから、先にギルドに戻ってて」
シャーリーが扉を閉めるとそのままそこに寄りかかり、深呼吸して逸る気持ちを落ち着かせた。
九条が来ているのだ。久しぶりに会えると思うと嬉しさが込み上げ、否が応にも顔がにやける。
(……だが、一体何の用だろう? 思い当たる節は、九条に借りている金貨20枚の催促くらいだけど……。急ぐほどのこと?)
九条はコット村がホームの冒険者。そんな小さな村にプラチナが必要な依頼など、そうないだろう。
(……もしかして金欠? プラチナなのに?)
あり得ない話ではない。金に執着のない九条なら尚更だ。そう思うとクスリと笑みがこぼれる。
「ふふっ……まさかね」
兎に角急がなければとシャーリーは手早く身支度を済ませ、軽やかな足取りでギルドへと向かった。
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