第159話 闇魔法結社ネクロガルド

 驚きはしたが、想定の範囲内。俺は眉1つ動かさず。あっさりと否定した。


「禁呪? なんのことですか? ちょっと言っている意味がわかんないですね」


「隠しても無駄じゃ。お主の魔法書。そしてそれを使いこなせるであろうプラチナプレートの実力。それだけですぐにわかるわ」


「……」


「とはいえ、その魔法書の存在を知る者なぞそうはおらん。恐らくそれを知る者はお主に近しい者とワシくらいなもんじゃろうて……。ひっひっひ……」


「だとしたら何なんです? それをネタに脅しでもかけるつもりですか?」


「いやいや。そんなことはせんし、咎めておるわけでもない。……今日は忠告に来た、といったところかのぉ」


「忠告?」


「お主は何故、いにしえの死霊術が禁呪となったかを知っておるか?」


「人の亡骸を勝手に使うことは倫理的に良くないからと聞きましたが……」


「確かに今はそう言われておる。表向きはそうじゃ。だが本来は違う」


 エルザが少し俯くと、影の所為か顔色が変わったように見えた。

 そして、今までとは違う低い声で、思い出すかのように口を開いた。


「遥か昔、1人の神聖術師プリーストがおった。その者の名はネロ。神聖術を極め、勇者に力を貸し、共に魔王討伐に尽力したのじゃ。しかし、それは神から与えられた罰だったのじゃ……」


「罰? 勇者と共に戦うことが?」


「さよう。ネロには1人の妹がおった。じゃが、不運にも魔物に命を奪われてしまったのじゃ。ネロが駆け付けた時には、既に遺体から魂が抜け出ていて、神聖術を以てしても生き返らせることは叶わなかった。どうしても諦めきれなかったネロは、魂を天から呼び戻せばよいのだと考えた。そして長年の研究の末、死霊術の原型が産まれたのじゃ。しかし、その魂を呼び戻す行為は神の怒りを買った。ネロは神に懇願した。妹を生き返らせてくれるなら死霊術を捨て、どんなことでもすると」


「それが魔王を倒すこと?」


「うむ。しかし、神はネロを裏切り約束を果たそうとはしなかった。怒りに身を染めたネロは死霊術の研究を再開し、遂にはそれを完成させた」


「じゃぁ、妹さんを生き返らせることが出来たんですか!?」


 淡々と語るエルザの話に引き込まれ、ミアは前のめりで結論を急かす。

 それにエルザは大きく息を吐き、ゆっくりと首を横に振った。


「いいや。魂の抜けた人をも蘇らせることの出来る秘術は、光と闇の2つの性質で成り立っていた。神聖術の適性と死霊術の適性、その両方に高い資質が必要じゃった。ネロの死霊術適性は、そこまで高くはなかったのじゃ。神聖術と死霊術――相反する属性を持つことなぞ人の身では不可能。……じゃが1人だけ、その条件を満たす人物がいた。神の祝福を受けし者――勇者じゃ。しかし勇者は魔王討伐後、忽然とその姿を消しておった。ネロは勇者を探し、旅立った。じゃが広い世界、1人では限界がある。そこで、ある1つの組織を立ち上げた」


 話の盛り上がりは最高潮に達していた。エルザは椅子の上に立ち上がると、持っていた杖を天高く掲げ、叫んだのだ。


「それこそが『闇魔法結社 ネクロガルド』なのじゃ!」


「「……」」


 皆呆気に取られ、部屋はシンと静まり返る。

 エルザは顔を真っ赤にして椅子から降り、咳払いで照れ隠しをしつつも、椅子に座り直した。


「今の話は聞かなかったことにしてくれんかのぉ……」


「無茶言うな!」


 俯くエルザの顔が物語っていた。興が乗ってしまったと。

 話してはいけないことまで喋ってしまったのだろう。恥辱と後悔の色が混ざり合い、複雑な表情を浮かべていたのだ。


「はぁ……。ここまで言うてしまったら仕方ない。その最高顧問をしておるのがワシじゃよ」


「おばーちゃん、偉い人だったんだね……」


「本当は秘密だったんじゃが、お互い秘密を知ったのじゃ。お相子といったところかのぉ……」


「お前が勝手に喋っただけだろ……」


 忠告だと言うから真面目に聞いていたのに、聞かされたのは昔話。一体なんなのだ……。


「おばーちゃんおばーちゃん。それで結局勇者は見つかったの?」


 ミアは闇魔法結社がどうこうより、話の続きが気になって仕方がない様子。確かに途中まで聞いた手前、俺も気にはなる。


「え? あ、あぁ。勇者は結局見つからず、ネロはその生涯に幕を閉じた。その遺産であるネロが残した数冊の魔法書の内の1つが、今お主が持っておる魔法書『デ・ウェルミス・ミステリイス』じゃ」


 ミアも俺も魔獣達も、釣られてミアの抱きかかえていた魔法書に視線を向ける。

 見た目からして呪われていてもおかしくはない雰囲気を醸し出すそれは、何かしらの曰く付きだとは思っていたが、それほどとは……。


「その魔法書はお主が持つのにピッタリじゃ。使えぬ者が持っておっても何の価値もない。じゃが表立って使うのは止めた方がいいじゃろうて……」


「まだ使えるとは一言も言ってませんが……」


 エルザは返事をしなかった。俺の話を聞いていなかったわけじゃない。

 何かに気を取られていると言った感じだ。そしてエルザは左手の人差し指を立て、口元へと近づけた。

 静かにしろという合図。次の瞬間、部屋の扉がノックされる。


「九条さん。ミアはいらっしゃいますか?」


 ソフィアの声だ。席を立ち、扉を開ける。

 ソフィアはその隙間から部屋を覗くとエルザの姿に気が付いた。


「来客中に申し訳ございません。本部からの火急の案件で、ミアに伝えなければならない事が……」


「あ、じゃぁ用意したら、すぐギルドに行きます」


「ごめんねミア。九条さん、すいませんが少しミアをお借りしますね」


「ええ、大丈夫ですよ」


 ソフィアは軽く頭を下げギルドへと戻り、ミアはプレートと最低限の物だけを持つと、自分の食器を片付け始めた。


「ミア、行っておいで。後片付けは俺がやっておくから」


「ありがとうおにーちゃん。じゃぁいってきます。おばーちゃんもまたね」


 それだけ言うと、ミアは足早にギルドへと向かった。そして、部屋に残ったのは俺とエルザと魔獣達。

 ミアの階段を降りる足音が聞こえなくなると、エルザは俺に向き直る。


「さて、これも何かの縁じゃ。お主、ネクロガルドに入る気はないか? それだけの闇系魔法の使い手。それなりの地位を用意するぞ?」


「だから、使えるとは言ってないじゃないですか」


「この期に及んでまだ白を切るとは……」


「何か証拠でもあるんですか? エルザさんの仰っていることは、魔法書持ちの俺がプラチナだから使えるかもしれない――というだけの憶測ですよね?」


「あのなぁ……。憶測だけでここまで話すわけがなかろう。ワシがこの目で見た……。といってもどうせ信用しないじゃろうから特別に1人だけ、ネクロガルドの構成員の名前を明かしてやる。ホレ、ちょっと耳を貸せ」


 自信ありげに語るエルザにそう言われ、顔を預ける。


「ケシュア……という名に聞き覚えがあるじゃろ?」


 耳元にかかる吐息がくすぐったいとか、そんな感想なぞ吹き飛ぶほどに動揺を隠せなかった。

 ケシュアは、金の鬣きんのたてがみと共に戦ったエルフの冒険者だ。

 まったく気が付かなかった。当時はネクロガルドなんて組織は知らなかったのだ。仕方がないのかもしれないが、今考えてみてもそんな素振りはなかったように思う。

 そんな囁きも、耳の良い魔獣達には筒抜けである。


「あの小娘か! やはりあの時、殺しておくべきだったのだ!」


 ワダツミの意見に頷く3匹だったが、俺はそれに言い返すことはしなかった。

 エルザにこれ以上、俺の秘密を知られるわけにはいかないからだ。

 確かにケシュアが原因で、俺の秘密がエルザにバレたのかもしれないが、仲間を守ったことに後悔はない。


「自分で言うのもなんじゃが、ネクロガルドは2000年続く巨大な裏組織。構成員は全世界に数百とおる。ある時は冒険者、ある時は貴族、またある時は魔法書店員と日常に浸透しておるんじゃよ」


「そう言われても……。そのネクロガルドとやらに入るとどうなるんです? そもそも組織の目的さえ知らないのに……」


「組織の存在意義か……。残念じゃがそれが知りたければネクロガルドに入る事じゃ。それ以外にもお主の知りたいことはなんでも教えてやろう。こちらには魔王の時代より培われた知識があるからのぉ」


 2000年前から受け継がれてきた知識。確かに魅力的ではある。

 それを聞いて思い出した。ケシュアは金の鬣きんのたてがみを知っていた。それが古代種ということもだ。

 ギルドの図鑑には載っていない魔獣……。その知識がネクロガルドから得たものだと言われれば納得がいく。

 知識は時として武器にもなりうる。それは理解している。知っていればこうはならなかった――という場面はいくらでもある。

 俺はこの世界の理を知らない。なんとなくで投げ出された世界。

 見様見真似でやり過ごして来たが、いずれは限界が来るだろう。エルザに俺のことがバレたように……。

 だが、その時はその時だ。先のことなど誰にも分らない。

 俺はこの村でミアと一緒に平和に暮らしていければそれでいいのだ。俺が求めるものは、地位でも名誉でもカネでもない。スローライフなのだから。


「……残念ですが、お断りさせていただきます。お引き取り下さい」


「ひっひっひ……。そうかそうか、じゃぁ仕方あるまい。気が変わったら訪ねて来るがよい。今回は引くが、くれぐれも組織の事は内密に頼むぞ?」


「もちろんです。……お互いにね……」


 エルザはそれ以上何も言わなかった。その表情からは何の感情も読み取れない。いつもの魔法書店の老婆。

 杖を突き、ゆっくりと立ち上がると部屋を出る。最後に軽く一礼して扉を静かに閉めると、杖を突くコツコツという音が徐々に遠のいて行った。


「それで? 相談というのは?」


「結局話せなかったな……。ミアもいないし、またの機会にしよう」


 白狐に話を急かされるも、もう相談するという空気ではなかった。

 気を取り直し、テーブルに置かれた2人分の食器を片付ける。

 ひとまずやることが1つ決まった。ケシュアを見つけたら、俺の秘密を漏らした報いを受けさせなければ。

 与える罰の内容は決まっている。皆には内緒にしておいたケシュアの秘密を広めてやるのだ。

 デュラハンを前に、情けなく失禁してしまったという事実。

 エルザにチクればネクロガルド内で噂になるだろうか? ケシュアの恥ずかしがる顔が目に浮かぶようだ……。


「九条殿。考えていることが顔に出ていますよ?」


「おっと、いかんいかん」


 恐らくにやけていたであろう顔を真面目モードに戻すと、片づけた食器を食堂へと返却した。

 そして部屋へと帰ってきたのとほぼ同時だった。階段を駆け上がってきたミアが、そのままの速度で俺に抱き着いたのだ。

 恐らくじゃれているわけではない。一瞬だけ見えたミアの表情は暗く、悲しみに満ち溢れていたからだ。


「どうしたミア。何かあったのか?」


「……」


 俺のローブに顔を埋めながら、ミアは何も答えなかった。

 暫くするとソフィアが顔を覗かせ、申し訳なさそうに頭を下げた。


「九条さん……。非常に申し上げにくいのですが、ミアの担当が変更になるかもしれません……」

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