第158話 九条の秘密
村に帰ると、当たり前のように出迎えてくれるミアとカガリ。
「おかえり、おにーちゃん。コクセイも」
「ただいま」
「お昼ご飯どうする?」
「今日は部屋で食べよう。ちょっと相談したいことがあるんだ」
俺とミアは食堂へと降りて、各々食べたいものを注文する。
原則食堂ではテイクアウトは不可ということになっているが、知り合いの強みというか、常連だからということで特別に許してもらっているのだ。
ただし、食べ終わった食器は自分で返すのが最低条件である。
食堂の空いているテーブルで出来上がるのを待っていると、両手にいっぱいの料理を抱えたレベッカがやってくる。
「へい、お待ち!」
屋台のラーメン屋よろしく声を上げるレベッカは、それをテーブルに置きつつもミアの違和感に気が付いた様子。
「おっ? ミア、今日は一段とおしゃれじゃん?」
それはいつもとは違う髪留めのこと。ミアの黒髪が、キツネを模した白く小さな髪留めをより一層際立たせていた。
「えへへー」
「どうしたんだ、それ? 村の雑貨屋にはそんなの置いてなかったよな?」
「おにーちゃんの手作りだよ! いいでしょ!」
「へぇ……」
それを聞いて、感心したような視線を向けるレベッカ。
何と言われるだろうか。「キモイ」はないと思う。それではミアも傷付けてしまう。
そうなるとやはり「ロリコン」あたりが妥当だ。
「やるじゃんおっさん。私には?」
「……は?」
予想外の答えに口を開けて固まった。褒められるとは思わなかったのだ。おかげで冗談を真に受け、真剣に悩んでしまった。
これはちゃんとした理由があって贈った物で、おいそれとほいほいあげるようなものではない。
「いや、私にもなんかくれよ」
「えっ……じゃぁ……」
銅貨を1枚テーブルに置き、レベッカへ向けて滑らせる。
「カネかよ!」
「急に言われても、あげられる物なんかあるわけないだろ」
「いいよ。冗談だから……。そんなことより食器はちゃんと返してくれよ?」
それだけ言うとレベッカは最後にミアの頭を撫で、厨房へと去って行く。もちろん銅貨はテーブルの上からなくなっていた。
「えへへー」
ミアは髪留めを褒めてもらったからか、暫く上機嫌であった。
「遅いぞ! 飯はまだかッ!」
「すまんすまん。今用意するから」
俺に飯を催促したのはワダツミだ。普段は勝手に外で狩りをするのだが、今回は話すこともあった為、部屋で待機してもらっていたのだ。
自分達の料理をテーブルに乗せると、隣の部屋からギルドの専用飼料を持って来て、4匹の魔獣達に分け与える。
それを元気よくガツガツと食い始めると、食卓に着きミアと食事を始めた。
「おいしいね」
「ああ」
食事は進むが話が進まない。俺から切り出さなければいけないのだが、どこから話すべきかを決めあぐねていた。
第2王女のことはいいとして、迷っているのはゴブリンのことだ。
俺は獣とも話せるが、実は魔物とも話せるんだ。と、軽く言い出してもいいものなのだろうか?
この世界で魔物は人間の敵だ。敵と仲良くなりましたと言って、それが受け入れられるのか。
ミアは受け入れてくれるかもしれないが、それ以外の者は受け入れられない可能性だってある。
食事を半分ほど終えると、ミアは不思議そうな表情で俺の顔を覗き込んだ。
「おにーちゃん。相談って?」
疑問に思うのも無理はない。相談があるからと言い出しておいて、本人がその話を切り出さないのだ。
しばらく続く無言の時間。その間、ミアは急かしたりはしなかった。俺が言い出すのを待ってくれていたのだ。
ベルモントで、俺が魔族の事を口にした時のミアの悲しそうな表情が頭から離れない。それを見たくはなかった。
「ああ、そうだな……」
問題を先延ばしにすることは良くないことだとはわかっている。わかってはいるのだが、結局は踏ん切りがつかずに話題を変えた。
先に王女の話をしてしまおう。村人達の助けが必要なら、早めに話しておいて損はない。
そう切り出そうとした瞬間、部屋の扉がやさしくノックされた。食事の手を止め、ミアと顔を見合わせる。
4匹の魔獣達はそれに何の反応も示さず、ガツガツと飯を食っているだけ。故に敵意のある者ではないだろう。
「はい。今開けます」
開けた扉の前にいたのは魔法書店の老婆、エルザだ。
ミアはそれに気が付くと、棚に置いてあった俺の魔法書を両手で抱きかかえた。
魔法書を奪いに来たのだとしたら、いい判断である。
「ひっひっひ……。大丈夫じゃよ。お主の魔法書はもう諦めた。いや、むしろお主が持っていた方がいい物じゃろうて」
それを素直に信じるほど甘くはない。というか信じてほしいなら、その怪しい含み笑いを止めるべきだ。
「ご用件は?」
「ここで話すのもアレじゃから、中に入れてもらえんかのぉ?」
残念だが、穏便にお帰り願おう。こちらには特に用はない。
「すみませんが、お帰り願います」
「随分と強気のようじゃが……。お主の秘密を明かしてもいいんじゃよ?」
そんなものに心当たりがあるわけがない――と言いたいところだが、あり過ぎてどれのことを指しているのかわからない。
異世界から転生した事か、禁呪といわれている死霊術の事か、ダンジョンマスターのことか、それとも魔物との意思疎通が出来る事か……。
額から顎へとかけて、一筋の汗が流れ落ちる。どのことを指しているのかは不明だが、どれにせよバラされるのは困る。
それに、ダンジョンマスターの件と魔物の言語を理解出来るということは、ミアにさえ話していないことだ。
俺から明かすならまだしも、エルザからその話を出されるのはマズイ……。
そもそも本当は何も知らず、カマをかけているだけ……。という可能性も無きにしも非ずだ。
「大丈夫じゃよ。何もせん。……それともそこにいる魔獣達より、この老婆の方が強いように見えるのかぇ?」
確かにそうだ。ちょっとでも不信な動きを見せれば、魔獣達が黙ってはいない。
変な噂を外に広められるよりはマシか……。
「どうぞ……」
扉を開け放ち、部屋へと招き入れる。部屋には1つのテーブルと2つの椅子。片方はミアが座っている。
エルザは俺の席だった空いている方にゆっくりと腰掛けた。
「ミアちゃんは元気かい?」
「……」
「ひっひっひ……。どうやら嫌われてしまったみたいだねぇ」
魔法書には指1本触れさせてなるものかと力強く抱きしめるミアは、エルザから目を逸らさぬよう警戒していた。
ミアは俺に合う以前からエルザのことを知っている。スタッグギルドの職員だった頃、よくベルモント魔法書店にお使いに行っていたと聞いた。
だからといって、気を許しているわけではないだろうことは見ていればわかる。
そんな一触即発な2人を眺めながらも扉を閉め鍵をかけると、ベッドに重い腰を下ろす。
兎に角さっさと用件を聞いて、出て行ってもらおう。
「で? 用事というのは?」
「なんじゃ、客に茶も出さんのか? せわしないのう……」
エルザは深いため息をつき呆れたような素振りをみせるも、次の瞬間には鋭い視線を向けた。
そして、その言葉は予想通りのものであった。
「単刀直入に言おう。お主、禁呪を使っておるな?」
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