第153話 オークキング?

「この先だ」


 コクセイが魔物の気配を察し、立ち止まる。

 その先の曲がり角から少しだけ顔を出して様子を窺うと、見えたのは開けっぱなしになっている木製の扉。

 ボロボロに腐り落ちているその扉の向こう側には、何者かの影が蠢いているのが確認できた。


「俺が先に行く。お前達はここで待っててくれ」


「しかし……」


「問題ない。1人の方が襲いやすいだろうからな。呼んだら来てくれ」


「……承知した」


 コクセイと白狐を見てビビられても困る。さっさと襲ってもらい、返り討ちにするのが楽でいい。先程のオークと同じように。

 そこに足を踏み入れると、まったくと言っていいほど閉塞感を感じない大きな空間が広がっていた。中には5匹のオーク。そしてその後ろには封印された巨大な扉だ。

 オーク達は俺に気付いていたようで、その内の4匹は既に臨戦態勢を取っていた。

 見た目には違いがわからないが、この中にゴズと呼ばれるキングがいるのだろう。

 恐らく真ん中の奴。骨を幾重にも積み重ねた山の頂上に座り、偉そうに俺を見下しながらも何かを貪っている。

 襲ってくる気配はない。こちらのアクションを待っているといった様子だ。


「ここは俺のダンジョンだ。即刻、出て行ってもらう」


 それを聞いたオーク達は驚きのあまり目を見開き、ゴズと思われるオークもその手を止めた。

 珍しい物でも見るかのように顔をこれでもかと前に出し、俺を凝視する。


「ガハハハ。オレ達の言葉がわかるのかニンゲン。レア物だ。捕まえろ!」


 間髪入れず、オーク達が襲い掛かる。その速度は早いとは言えないが、4匹ものオークが同時に迫って来れば、それなりの威圧感だ。

 とはいえ、先程の戦闘でオークの大体の強さは把握した。このまま戦っても勝てたはず。……なのだが、倒したのは俺ではなかった。

 オーク達は俺に辿り着く前にバタバタと倒れ、絶命する。


「ご無事ですか? 九条殿!」


「まだ呼んでないんだが?」


 俺の前へと躍り出たのはコクセイと白狐だ。一瞬にしてオーク達を屠って見せる。

 俺の身を案じて出て来てくれたのは嬉しいのだが、コクセイの口がもさもさと動いていた。

 ……倒すついでに食ったに違いない。つまみ食いのつもりだろうがバレないとでも思っているのか……。

 まあ、それを咎めるつもりはないのだが、本当に心配で出て来たのか、腹が減って出て来たのかは気になるところではある。


「で? 俺を捕まえてどうする気なんだ?」


「貴様等……」


 残るオークはゴズだけだ。顔を真っ赤にして立ち上がり大きな円月刀を手に取ると、不安定だった骨の山は音を立てて崩れ、情けない声と共にゴズもその雪崩に飲み込まれた。


「……本当にアレがオークキングなのか?」


「いや、違うぞ九条殿。恐らくここのオーク達の長なのだろうが、キングではない。自称しているだけではないのか?」


「なるほど。そういうことか」


「ここのゴブリン達を支配している気でいるのだろう。おめでたい奴だ」


 ゴズはゆっくりと立ち上がり、骨をかき分け姿を現す。

 持っていた円月刀を地面に突き刺し、俺達に向かって両手をわちゃわちゃと動かし始めた。

 それはまるで何かのジェスチャーだ。身振り手振りで何かを伝えようとしてる。


「アイツ……何してんだ? 何かのスキルか?」


「さあ? なんでしょう……。意味のある動きのようには見えませんが……」


「気でも狂ったか?」


「ぐぐッ……」


 なんとなくはわかっていた。後ろには俺達をひっそりと尾行しているゴブリンがいる。

 気付かないフリをしているが、恐らくゴズはそいつに何か合図を送っているのだろう。

 ゴズのハンドサインが後ろからの不意打ちを匂わせていたが、ゴブリンはもうゴズの下僕ではない。

 おおよそ3分ほど不思議な踊りを披露したゴズは、顔を真っ赤にして息切れを起こし、動きを止めた。

 そして不意打ちを諦めたのか、何事もなかったかのように語り出す。


「ここは、オレ様の住処だ。今去れば許してやらんこともないぞ?」


「九条殿、殺しましょう。話を聞いてやる必要などありません。ややこしくなるだけだ」


「そうは言ってもなぁ」


「九条殿!」


「わかった。わかったから迫って来るんじゃない。面倒だと思ったら殺そう。それでいいだろ?」


「まあ、それなら……」


 最初は殺すつもりでいた。俺を捕まえるようにと部下に命じたのだ。それだけで理由は十分だ。

 しかし、ゴズのよくわからない踊りを見ていたら、なんというか気力が抜けてしまったのだ。

 正直言って命のやり取りをする殺伐とした雰囲気ではない。殺そうと思えばすぐに殺せる。


「確かに今はお前達が住んでいるかもしれないが、このダンジョンはお前達の物ではないだろ?」


「そうだ。このダンジョンは魔王様の物。決してお前のようなニンゲンの物ではない」


「昔はそうだったかもしれないが、今は俺の物だ」


「そんなわけないだろ。ニンゲン風情がこのダンジョンの何を知っていると言うのだ」


「魔王が108番目に作ったダンジョンだろ? それ以外に何かあるのか?」


「……」


 わからないとでも思ったのだろう。ゴズの額には汗が滲み、その表情からは焦りの色がありありと映し出されていた。


「九条殿。何も言わなくなったぞ? そろそろ殺してもいいんじゃないか?」


「カガリもそうだったが、すぐ殺そうとするのはお前達の悪い癖だぞ? もう少し様子をみてやれよ……」


「た……確かにこのダンジョンは108番目に作られた。しかぁーし! お前がこのダンジョンの支配者ならこの……。オレ様の後ろにある扉を開けられるはずだ!」


 勢いよく振り向いたゴズが指差した先には巨大な扉。もちろんそれも知っている。


「108番、開けてやれ」


 俺の言葉に反応して扉の輝きが失われると、地響きと土埃を上げながらゆっくりと開かれる扉。そこから生まれた風が、淀んだ悪臭を一瞬にして吹き飛ばす。

 先に見えるのは下層への長い階段。ゴツゴツの岩肌ではない、しっかりと整備された通路が口を開けていた。


 驚きを隠せず、唖然としているゴズ。顎が外れてしまうほど大きく開けた口がそれを物語っていた。

 しかし、それは一瞬だった。ゴズは持っていた円月刀を投げ捨てると、振り返ることなく階段を駆け降りたのだ。


「まぁ、そうなるだろうな」


 逃げ出すとは思っていた。どう考えてもゴズに勝ち目はない。コクセイと白狐が全力で追いかければすぐに追いつく。

 途中の分かれ道で炭鉱の方へと逃げるのであれば、そのまま逃がしてやっても構わない。

 俺がこのダンジョンのマスターなのだという事は理解したはず。この付近には2度と姿を現さないだろう。


「108番。ヤツはどっちに行った?」


「地下4層を降りました。最下層へと向かっています」


「そうか。残念だ……。コクセイ、白狐」


「「承知!」」


 勢い良く走り出した2匹の魔獣は、風の様な速さでダンジョンを駆け降りる。が、2匹は曲がり角を曲がり切れず、凄まじい勢いで壁に追突したのだ。

 ドスンという轟音が響き、その威力で壁が崩れてしまうほど。天井からはパラパラと土埃が舞う。


「いやいや、何してんだよ……」


「くっ……。九条殿……床が……」


「床?」


 コクセイ達に近づいて行くと、途中から妙に床が滑ることに気が付いた。それはまるで場末の中華料理屋のよう。

 転ばないようゆっくりと屈み、床を指でなぞる。ぬるぬるとしていてテカテカと艶のある粘液。ワックスのようでもありローションのようでもある。

 これの所為で、コクセイと白狐は足に踏ん張りが効かなかったのだろう。


「これでは……走れない……」


 これが何なのかは不明だが、今それは問題ではない。早くゴズを止めなければ、死ぬのは俺の方である。

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