第150話 誓い

 プレゼント用の髪留めが完成すると、雑貨屋の夫婦は晩御飯を一緒にと誘ってくれたのだが、丁重にお断りさせていただいた。

 これ以上迷惑を掛けるのも忍びないし、なにより出来上がった髪留めを早くミアに渡したかったからだ。


「ありがとうございました」


「気をつけてね。九条さん」


 かかった費用を支払い店を出ると、俺に気付いたコクセイがのそっと立ち上がる。


「ふぁぁ~。ようやく終わったか」


「すまん、コクセイ。思ったより時間が掛かってしまった」


「いやなに、気にするな。どうせやることなど何もない」


 大きな欠伸と共に、こった身体をこれでもかと伸ばすコクセイ。

 既に外は真っ暗だ。ほとんどの店は営業を終えていて、村はギルドと食堂を除いてそろそろ寝る時間帯。

 長い間待っていてくれたコクセイに礼を言い、懐に仕舞った出来立ての髪留めを壊さないよう注意しながら、ギルドへの帰路についた。


 部屋の前では、何故か廊下で獣達がウロウロしていた。ワダツミと白狐もソワソワと落ち着かない様子である。

 部屋に入ってくつろいでいればいいのに……。


「何してんだ?」


「いや……その……」


 煮え切らない答えが返ってきたことを気にしつつも、自分の部屋の扉を開ける。


「ただいまー」


「……」


 部屋に入ると、其処には神妙な面持ちのミアがベッドの上で正座していた。

 いつもなら笑顔で「おかえり」と言ってくれるのに、今日は少し違うようだ。


「どうした? 今日はやけに静かだな」


 部屋に入らない獣達と何か関係があるのだろうか。部屋にはミアとカガリだけ。

 張り詰めた空気の中、魔法書とメイスをいつもの場所に置き、ひとまず椅子に腰かける。


「おにーちゃん。大事なお話があります。そこへ座って下さい」


「もう座ってるけど……」


「揚げ足は取らなくていいの!」


 バシバシとベッドを叩くミアは、普段とは違う厳しめな口調で頬を膨らませる。

 機嫌が悪いのは一目瞭然。だが、その理由がわからない。


「おにーちゃん。今日は支部長と何処へ行ってたんですか?」


 なるほど。恐らくはソフィアと一緒にいる所を見られたか、誰かから聞いたのだろう。

 それを聞かれたということは、ありがたいことにソフィアはミアに何も話していないということだ。

 ならば、少しからかってやろうと悪乗りしたのだが、それがいけなかった。


「何処って、今日はソフィアさんとデートしてたんだよ」


 わざとらしく言ったつもりだった。「そんなわけないでしょ!」と返ってくると思っていた。

 静まり返る室内。数秒の間が空き、ミアの瞳がじわりと滲みだし、すぐにボロボロと涙を流し始めた。


「うわぁぁぁぁん! おにーちゃんが支部長に寝取られたぁぁぁぁ!!」


「すまん! ミア! 今のは冗談だ!」


 そんな言葉、何処から覚えて来たんだというツッコミは一旦保留するとして、ガチ泣きのミアを前に血の気が引き、兎に角焦った。まさか信じるとは思わなかった。

 あたふたと慌てふためく俺に対し、事情を知っていたカガリは冷静に苦言を呈した。


「主、言っていい事と悪い事がありますよ?」


 もっともである。どう考えても俺が悪い。深く反省しなければ……。


「ミア。本当に何もなかった。俺は雑貨屋に用事があっただけなんだ」


「じゃぁ……、なんで支部長と一緒だったの?」


 弱々しく鼻をすすり、必死になって涙を拭うミアを見て、胸が痛くなった。

 何故こんな冗談を言ってしまったのかと、数秒前の自分を呪いたくなるほどだ。


「ソフィアさんは、俺がギルドを通さずに仕事を受けたんじゃないかと疑っていたんだ。その証明の為について来ただけ。後でソフィアさんに聞いてくれればわかるから……」


「支部長と口裏を合わせてるだけかもしれないじゃん……」


 確かにそう言われると、その可能性もある。

 浮気がバレた時の言い訳を考えるシミュレーションをしているのではないかと思うほど考えを巡らせるも、頭には何も浮かんでこず、もう誤解を解くには何か証拠を提示するしかないだろう。

 まさか、こんな形で渡すことになるとは思わなかったが、自業自得である。

 自分の行いを反省し、俺は大事に仕舞っていた物をミアへと差し出した。


「これだ。これを作る為に雑貨屋に行ったんだ。思ったより難しくて時間が掛かってしまったが、決して疚しいことはしていない」


「……」


 何も言わずにそれを受け取ったミアは眉をひそめ、俺の顔を見上げた。

 それは何の変哲もない黒い布に包まれていた。ミアの小さな手のひらにすっぽりと収まるほどの大きさである。


「このローブを貰った時にバイスさんから聞いたんだ。冒険者同士で物を贈り合う風習があったと。それでミアにも何か贈れないかと思って作ったんだ」


 ゆっくりとその布を捲ると、中から出て来たのは白い髪留め。躍動感あふれるキツネが飛び跳ねているような……そんなデザイン。

 某スポーツ用品メーカーのロゴに少し似ているが、気にしてはいけない。

 尾の先が赤く染まっているそれは、カガリをモデルに作った物。真っ白な骨を見て思いついたそれは純白というにはほど遠いが、素人ながらも上手く出来たと自負している。

 雑貨屋の旦那さんも、一目見てキツネをモチーフにしたと言い当てたくらいだ。


「これ……」


「ミアの髪留めはソフィアさんから借りている物だろう? だから髪留めにしたんだ。雑貨屋の旦那さんに教わりながら、金の鬣きんのたてがみの骨で作った。……少々歪だが、受け取ってくれないか?」


 白い髪留めを両手で高く持ち上げ、ミアはそれをジッと見つめる。

 その瞳から流れていた涙は既に止まっていた。

 呆けているような表情が徐々に笑顔を取り戻すと、ミアは子供のようにはしゃぎ、俺に抱き着いた。


「ありがとう、おにーちゃん! 大切にするね!」


「ああ。そうしてくれるとありがたい」


 誤解が解けたようでホッとした。ようやく見ることが出来たミアの天使のような笑顔に癒され、安堵したのだ。

 そして、俺は心に誓った。


「すまなかった。もう、ミアを泣かせるようなことは絶対にしない」


 暫くミアを抱きしめていると、扉を静かにノックする音が聞こえた。

 そこにはワダツミと白狐、それと多くの獣達が顔を覗かせていたのだ。


「もう入ってもいいだろうか?」


 遠慮がちに言う白狐に頷いてやると、ぞろぞろと獣達が押し寄せてくる。


「やれやれ。本当に人間は面倒臭い」


「まったくだ」


 コクセイのぼやきに相槌を打つワダツミ。


「面倒臭いって……。お前達だってこう……なんというか、男女で揉めることもあるだろう?」


「ないな。気に入ったメスを見つけたら自分の強さをアピールして、ちょっとでも隙を見せたら交尾すりゃいいんだ。それ以外ないだろ? なぁワダツミ?」


「うむ、その通りだ」


「マジかよ……。お前達は単純明快でいいな……」


 獣達の基準で考えるなら、確かに面倒臭いのかもしれない。

 だが、それを人間の世界でやろうものなら犯罪者確定。土台無理な話だ。


「おにーちゃん。コクセイはなんて言ってるの?」


「……ミアにはまだ早い……かな……」


「むぅ……」


 俺の答えに少しだけむくれたように見せたミアだが、すぐに笑顔に戻る。


「そんなことより見て、おにーちゃん。どう?」


 ソフィアから借りている髪留めを外したミアは、いつの間にか俺が作った髪留めをしていた。それを必死に見せつけてくる。

 もちろん、俺の答えは決まっていた。


「ああ、とても良く似合ってるよ」


「えへへ、やったぁ! おにーちゃん大好き!!」


 ――――――――――


 —— 冒険者ギルド通信 第382号 今月のピックアップ受付嬢 ——


 王都スタッグから南東に位置するコット村のギルドには、今話題の看板娘がいるのをご存じだろうか?

 純白の魔獣に跨る彼女は、僅か10歳という異例の若さでゴールドプレートに認定、その最年少記録を塗り替えた。

 それだけではない。信じられないことに、プラチナプレート冒険者の担当という多忙な役職につきながらもその功績が認められ、あの誉れ高きバルザック勲章を受勲しているのだ。

 そんなコット村の小さな天使と呼ばれている彼女は、今も尚ギルドの受付嬢としてカウンターに立っている。

 気になった冒険者諸君は、是非1度コット村に足を運んでみてはいかがだろうか?

 もふもふアニマルビレッジという看板が見えたら、そこはもうコット村。アクセスは不便だが、一見の価値ありだ。

 目印は大きなキツネの魔獣と、それをモチーフに作られたと言われる純白の髪留め。

 彼女はきっと、笑顔で君達を迎え入れてくれることだろう。


 コット村のギルドで依頼を受けた冒険者限定、先着20名様に限り、この記事を見たと言えば1階に併設されている食堂でワンドリンクサービス!(アルコールは除く)



 それは、ギルドの広報が国別で毎月発行している冒険者向けの情報誌。

 魔物の生態やダンジョンの情報、各ギルドの仕事依頼の傾向、その地域の特色などが網羅されている。

 別の国のギルドへ行ったら、まずこれを読まなければ始まらないと言われているほどだ。

 これはその情報誌の人気コーナーでもある、ギルド受付嬢のピックアップコーナーの記事。

 ギルド職員が毎月1名選出され、記事になる。その選定基準は多様だが、容姿や功績など話題性の高い者が選ばれることが多い。

 ただ1つ言えることとして、選出されるのは女性に限定されるということだ。

 ギルドも冒険者獲得に必死なのである。


 それを読み、声を荒げる1人の女性。彼女は怒りに打ち震え、歯を食いしばる。


「なんで! 今月は私が載るはずだったのに!!」


 ギルドの広報からは、そう聞かされていた。その為の取材も受けたのだ。

 シルバープレートからブロンズプレートに降格になったこともあった。しかし、異例の人事でブロンズからゴールドへと昇格し、そのおかげで今月号は自分が掲載されるはずだったのだ。

 それは自分の実力ではないものの、結果的には大出世だ。

 理由はどうあれ、それが誇らしく、やっと自分にスポットライトがあたると思うと、嬉しくてたまらなかった。

 友達や同僚にも自慢してしまった。それなのに、これでは自分が踊らされているだけのピエロである。


「いつも私の邪魔を……。ミア……いつか必ず……」


 鬼のような形相で持っていた情報誌をグシャグシャに握りつぶすと、それを地面に投げ捨て、踏みつぶす。

 ふつふつと湧き上がる憎悪。それを緩和してくれるのが胸元のゴールドプレートだ。

 それを眺めて心を落ち着かせると、彼女は不敵な笑みを浮かべ、誰にも聞かれまいと限りなく小さな声で嘲るよう笑ったのだ。

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