第131話 最強の助っ人

 プラチナとは言え所詮は死霊術師ネクロマンサー。禁呪を使わずに戦えば、俺が一方的に負けても問題ない状況。

 しかしそんな考えとは裏腹に、ケシュアは俺に杖を向けたまま固まり、身動きが取れなくなっていたのだ。

 瞬きをするほどの一瞬。部屋の外で待機していた魔獣達が、俺へと向けられた殺気を感知しケシュアを取り囲んだのである。


「主、大丈夫ですか?」


「この人間……。九条殿に殺気を向けたこと、後悔させてやる」


「コイツなかなか美味そうだ……」


「どうします九条殿? 処しますか?」


 四方を魔獣に囲まれ、指1本動かすことが出来ないケシュア。それは正に蛇に睨まれた蛙だ。

 相手の吐息が感じられるほどの至近距離。臨戦態勢の魔獣達からケシュアに向けられる殺気。足はガクガクと震え、興奮して真っ赤だったケシュアの顔は血の気も引き、今や真逆の顔面蒼白である。


「待て待て待て。急に出て来るんじゃない。ケシュアさんもビックリしてるじゃないか」


 俺を心配し出て来てくれたのはありがたいが、これではわざと負けるという計画は破綻したも同然だ。

 思った結果とは違ったようだが、バイスとミアは満面の笑顔。

 それよりも、カガリ以外の魔獣を前に平然としているバイスは流石だと言わざるを得ない。


「なんだ九条。ちょっと見ない間にお友達が増えたのか?」


「ええ。紹介しようとは思っていたんですが、なかなかタイミングが掴めなくて……」


 ケシュアを睨むのを止めた4匹の魔獣は、俺の横に綺麗に並ぶ。


「カガリ……は知ってますよね。その隣から白狐、ワダツミ、コクセイです」


「ちょ……ちょっとどういう事!? 死霊術師ネクロマンサーなんでしょ!?」


 魔獣達の威圧から解放され、緊張の糸が解けたケシュアは当然の疑問をぶつける。


「九条は魔獣使いビーストマスターの適性もあるもんな?」


魔獣使いビーストマスター!? じゃぁ、なんでそっちでクラス登録してないの!?」


 もっともである。クラスとは、ギルドに登録されている適性から呼ばれる名称の事だ。

 俺は死霊術師ネクロマンサー、ネストは魔術師ウィザード。適性のまま呼ばれることも多いが、組み合わせで名称が付けられる場合もある。

 通常、近接物理適性であれば纏めて戦士ファイターと呼ばれるが、そこに盾適性が加わると重戦士ファランクスと呼ばれる。バイスがそうだ。

 他にも弓適性と狩猟適性で狩人レンジャー、短剣適性と隠密適性で密偵ローグなどだ。

 初めてパーティを組むのに、その人の得意としている適性がわかりやすいように――という意味も持ち合わせている。

 俺の場合は死霊術師ネクロマンサーとしてソフィアが登録した。それをそのまま使っているだけだ。

 プラチナプレートになった時に魔獣使いビーストマスターの適性を確認したが、新規登録ではなくプレートの再発行を選んだ。故にそのままの登録を継続して使っている状態――ということになる。

 死霊術は戦闘には不向きと言われている。実際は使い方次第といったところだが、死霊術師ネクロマンサー魔獣使いビーストマスター。パーティの組みやすさや相手に与える印象を考えると、どちらが良いかは言わずともわかるだろう。


「ま……まぁ色々あったんだよな、九条?」


「ええ……。まあ……」


 バイスのフォローに相槌を打つも、ケシュアは信じられないといった目を向けていた。

 そして廊下から複数人の足音が聞こえてくると、ネストが新たな仲間を引き連れ戻って来た。


「あんた達何してんの? ちょっとは座って落ち着きなさいな」


「九条。お久しぶりです」


 ネストの後ろからひょっこりと顔を出す可愛らしい少女。満面の笑みを俺に向け、礼儀正しく挨拶をするのはこの国の第4王女リリーである。

 その後ろには当然、護衛であるヒルバークが同行している。

 俺は引きつりそうな表情をなんとか保とうと必死だった。リリーを見た瞬間、この話を断るのは無理だと悟り、帰るのを諦めたのだ。


「お久しぶりです、王女様」


 リリーは俺との挨拶を早々に切り上げ、辺りに視線を泳がせるとカガリを見つけ、その表情がパァっと明るくなった。

 そこに飛び込もうとしたのだろうが、リリーの瞳には更に3匹もの魔獣が映っていたのだ。

 流石のリリーも、これには驚きを隠せなかったようで後退る。

 しかしカガリを諦めきれなかったリリーは、ワダツミとコクセイから目を離さずジリジリとにじり寄り、隙を突いてカガリに抱き着いたのだ。

 そして勢いよくモフったのだが、……残念。それは白狐である。

 まあ、似ているから仕方がないだろう。

 白狐は全てが純白だ。そしてカガリとは違い、尻尾が4本も生えているという特徴を持つ。

 一方カガリは、白い毛は変わらないのだが、足元、耳の先、尻尾の先が赤みを帯びている。

 3匹の魔獣は、怖がりながらも近づいて来るという矛盾を見せるリリーを、不思議そうに眺めていた。


「九条殿、この者は?」


「この国の王女だ。逆らうと俺の命が危ない。大人しくしててくれると助かる……」


 王女とヒルバークに魔獣達のことを紹介し、リリーが白狐に間違えたことを丁寧に謝罪すると、タイミングを見計らっていたネストは本題を切り出した。


「さて、ひとまずはこれで作戦会議といきましょうか」


「待ってくれ、俺はまだ何も聞いていないぞ!?」


 それを聞いたネストはまるで呆れたかのような表情をバイスに向ける。


「ちょっとバイス、言っておいてくれないと困るじゃない」


「逃げたクセによく言うよ……」


 バイスがぼそりと愚痴を呟くとネストに睨み返され、いたたまれなくなったバイスは瞬時に目を背けた。


「まあいいわ、最初から説明しましょう。取り敢えず座って」


 しかし、椅子が足りなかった。恐らく俺達の分は勘定に入っていなかったのだろう。

 丸いテーブルを中心に椅子の数は5つ、人の数は7人。

 それに気づいたネストは使用人に椅子を運ばせようとしたのだが、それを断ったのはリリーだった。

 ではどうするのか? 皆はリリーの指示に従い、順番に着席する。

 そして最終的にバイス、ネスト、ケシュア、俺、ヒルバークの5人が椅子に座り、ミアはカガリの上、リリーは白狐の上だ。

 本来であればリリーは絶対に座るべきなのだが、これは本人が望んだこと。

 リリーの提案を聞きヒルバークは必死に説得をしたものの、リリーの意見が押し通ったという形だ。

 白狐に頬ずりするリリーの笑顔を見てしまっては、誰もそれを咎めることなど出来なかった。


「じゃぁ、九条の為に最初から説明するわね?」


 テーブルに置いてあった食器や花瓶を押しのけ、ネストは1枚の地図を広げた。


「九条はベルモントで起きた魔獣騒ぎは知ってる?」


「ええ。まぁ聞いただけですが」


「いいわ。で、その魔獣の討伐がベルモントギルド主導で行われている訳なんだけど、どうやらその戦況が芳しくないのよ」


 ネストは小さな蒼い宝石の嵌め込まれた指輪を自分の指から外すと、それを地図の上へ置いた。

 場所はベルモントの西。恐らくその指輪を魔獣に見立てているのだろう。


「戦況は不利。なんとか持ちこたえてはいるけど、討伐は絶望的で足止めが精一杯って状況よ。何日かそれが続いて、突破を諦めたターゲットは北上を開始した。そして今いるのは、大体この辺り」


 地図上に置かれた指輪が移動した先はノーピークスの南。ネストが誘拐された際に捕らえられていた小さな砦がある所の近くだ。


「このまま北上を続ければウチの領内。ノーピークスの街を守らなきゃならない。今のところ被害は出てないから、プラチナには緊急依頼はいってないでしょうけど、被害が出てからじゃ遅い。このままだと一番最初に被害が出るのはノーピークスだわ。それはなんとしてでも阻止したい」


 ネストは1枚の紙を地図の上に置いた。それはギルドで掲示される依頼用紙だ。


「で、この募集を見て来てくれたのが、ケシュアと九条ってわけ」


 その紙には魔獣から街を守るための護衛を募集すると書いてあった。締切日は今日だ。

 最低でもゴールド以上。条件は厳しそうだが、そこに俺を入れられても困る。


「自然に嘘つくのやめて下さいよ」


 ネストはチラリと俺を見たが、俺の意見など聞かなかったかのように話を進める。


「いや、ホント九条が来てくれて助かったわ。依頼を下げにギルドに行ったら受付1人残して誰もいないし、気になってその子に聞いたらプラチナが来てるって言うじゃない。これは最早運命よね。そう思わない?」


「いえ別に……」


 冷めた返事を返す。真顔で感情がない。誰がどう見ても、俺からはやる気が感じられなかった。


「九条。私からもお願いします。同じ派閥の仲間として……」


 リリー王女の口からお願いしますと言われればやるしかない。仲間の為――立派な理由だ。

 だが、白狐をモフモフしながらついでのように言うリリーの言葉には、なんの説得力もなかった。

 しかし、それを口に出す訳にもいかない……。リリーには世話になった。渋々だが力を貸すしかないだろう。


「1つ条件があります。俺が手伝っている間は庭にいる獣達の世話をお願いしたい」


「いいわ。他ならぬ九条の頼みだもの。何でも言ってちょうだい」


 ケシュアは窓から外を眺めた。そこには夥しい数のウルフとキツネが入り乱れ、じゃれ合っていたのだ。その全てにアイアンプレートが掛けられている。

 そして俺へと視線を向けた。


「なんですか?」


「プラチナは頭のネジが外れてる奴等ばかりって噂は本当みたいね」


 魔獣達の視線がケシュアに向けられると、唸り声が響く。


「ご……ごめんなさい。今の発言は撤回します……」


 ネストはクスリと笑顔を見せると、手を叩き話を戻す。


「はいはい。じゃぁ、九条も正式に参加ということで。ここからは皆も聞いて頂戴。今朝方ギルドで聞いておいた情報を元に作戦を立てるわ」


 ネストはギルドの依頼書の上から更に1枚の紙を広げる。


「これはベルモントギルドからの情報だから間違いないと思うわ。魔獣はキマイラ。でも普通のキマイラとは若干異なるみたい」


「キマイラって、ライオンの身体にヤギの首がくっついてるみたいな……」


 なんだったか……。元の世界にいた時にゲームか何かで出て来ていた気がする。ただ知っているのは見た目だけだ。


「あら九条、良く知ってるわね。その通りよ。通常なら討伐難易度はB+ね。でも情報によると今回は別種。キマイラだとは思うけどヤギではなく付いているのはドラゴンの頭」


金の鬣きんのたてがみだ……」


 ネストの言葉に反応を示したのはコクセイだ。


金の鬣きんのたてがみ……。お前達が逃げてきた奴だな?」


 俺はコクセイに話しかけたつもりだった。しかし、それに対しリアクションを返して来たのはケシュアだ。


「九条! 今なんて? 金の鬣きんのたてがみと言ったの!?」


「ええ。そうですが、何か?」


「……古代種よ……。九条の言っていることが本当なら、そいつは普通のキマイラとは訳が違う。討伐難易度B+じゃ済まない……」


 ケシュアの表情は今までとは違っていた。そこに見え隠れする畏怖に部屋は静まり返り、重苦しい空気が流れる。


「九条。お前その話、何処からの情報だ?」


 バイスが疑っているのは俺ではなく、その情報元だろう。


「え? 隣ですけど……」


 俺がコクセイに視線を移すと、皆の注目がコクセイに集まる。


「九条! 詳しく聞かせて!」


 前のめりで聞いて来るネストを落ち着かせ、今までのことを話した。

 コクセイが住んでいる辺りには小さな洞窟がある。そこは昔、揺らぎの地下迷宮と呼ばれていたダンジョンがあった所だ。

 魔王の時代に作られたダンジョンの1つ。今は崩壊し、入口跡だけが残っているだけだが、何かの拍子で金の鬣きんのたてがみが復活した。

 コクセイの話す金の鬣きんのたてがみの特徴を、そのまま皆に伝える通訳をしながら話し合いを進めているといった状況。

 しかし、その話を聞けば聞くほどケシュアの知る金の鬣きんのたてがみ像と特徴が一致し、疑いようはなくなっていった。


「力も強く素早い。尻尾の蛇に咬まれれば石化の呪い。厄介なのはドラゴンの首だ。灼熱の炎を吐く。俺達が奴の翼をボロボロにしてやったが、それが精一杯だった」


「……と言っている」


「そりゃベルモントでも手を焼くわけだ。緊急招集されたのは何人なんだ?」


「ゴールドが15人ね。それでも押され気味で、手が足りないといった感じだそうよ」


「そういえば、その討伐隊にフィリップさんが参加していると聞きましたが……」


「えっ、そうなの? 参加メンバーの名前までは聞いてないからわからないわ……」


 重苦しい雰囲気が辺りを包む中、以外にもケシュアは現実的であった。


「でも、倒す必要はないんでしょ? あくまで街の防衛ができればいいわけだし」


「ええ、そうね」


「じゃぁ案外楽勝かもね、こっちは9人だけどプラチナもいるし」


 一瞬の間。何故9人なのかを考え、そしてその答えはすぐに出た。


「いや、従魔達を数に入れないでください。形式上は俺の従魔という事になっていますが、事情がありまして……」


 どんな状況であれ、それは従魔達との契約違反だ。俺は彼等を縛らないと決めている。


「はぁ? あんた魔獣使いビーストマスターの適性もあるのに従魔を戦わせないの? じゃぁ何の為にいるのよ?」


 それを言い終わると同時に、またしても4匹の魔獣に睨まれるケシュア。そして瞬時に謝罪した。


「言い過ぎました。ごめんなさい……」


「まぁ、そう言われるとは思いましたが、だからこその死霊術師ネクロマンサーなんですよ」


 従魔達を使わないからこその死霊術師ネクロマンサーだと思ってくれれば丁度いい。魔獣使いビーストマスターを前面に出していない口実としては理に適っている。


「九条殿、俺は協力するぞ。憎き金の鬣きんのたてがみを葬り去ってやる」


「我もだ九条殿。乗り掛かった船、やってやろうではないか」


「私も当然お手伝いしますよ?」


「主、私も皆と同意見です」


 魔獣達の表情は真剣そのもの。従魔としてではない。友として助力しようとそれぞれが決意したのだ。

 ケシュアの前では表立って死霊術を使うことは難しい。そう考えると少しでも戦力は多い方がいいはず。


「よし、ならばやろう。どちらにせよ金の鬣きんのたてがみをどうにかしないことには、コクセイ達も帰ることが出来ないしな」


 俺がやる気を見せると、ネストはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「そっちは覚悟が決まったようね」


 折角やる気になったというのに、なんというか上手くハメられたみたいで一気に興が覚めるので、出来ればその顔は止めていただきたい。


「おにーちゃん……」


 カガリに乗ったミアがお腹を押さえて近寄って来た。


「お腹すいた……」


「「あ……」」


 外はすでに夕刻を通り越し、辺りは真っ暗。飯の事など忘れて話し込んでいた。

 リリーは既に白狐の上でスヤスヤと寝息を立てている。


「ごめんねミアちゃん。じゃぁ話の続きはご飯の後にしましょうか」

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