第126話 強欲

「すいません。馬車を止めて下さい」


 馬達が足を止めると、御者台から降りキャラバンへと歩み寄る。


「おお。どなたかと思えば、九条様ではありませんか」


 そう言うモーガンの表情は酷く困惑しているようにも見え、それを隠そうと必死に笑顔を作っていた。

 キャラバンの馬車には、罠と思われる檻のような物がいくつも積まれている。

 たった2日でここまで用意する手腕は、さすが大商会と言わざるを得ない。


「誰の馬車に弓を向けている?」


 モーガンを鋭く睨みつける。できるだけ低い声で苛立ちを隠さないように。


「お前達、武器を降ろしなさい」


「し……しかし……」


 雇い主の命に背き弓を引く手を緩めぬ冒険者達は、恐らくトラッキングスキルを使っているのだろう。

 彼等が怯えているのは馬車の中の魔獣達だ。この距離であれば、普通の獣とは違う明確な差が如実に表れているはず。

 感知したその強さに打ち震えるのも当然と言えた。


「で? 武器は降ろさないのか?」


「早く降ろせと言っているだろ!」


 モーガンが吼えると、冒険者達はようやくその手を緩め弓を下げた。

 しかし、その目線は未だ俺の馬車だ。それが何時飛び出して来るかわからない。

 警戒して当然。目が離せないのも道理である。


「く……九条様はこれからどちらに?」


「ちょっと王都に用事でね。モーガンは? 炭鉱の入場許可が必要なら出そうか?」


「いえ、それには及びません。それよりも後ろの馬車の積荷についてですが……」


「お前には関係ないだろ? あれは俺の馬車だ」


「そ……そうですね……」


「俺は急いでるんだ。道を開けてくれないか?」


 モーガンとタイラーの焦りから、ただならぬ事態なのだろうということを察し、いそいそと道を開ける冒険者達。

 それほど大きな街道ではない為、すれ違うのもギリギリの幅だ。

 石畳から外れた片輪が目新しい轍を作り、大きく馬車が揺れ動く。


「――ッ!?」


 馬車に下げられてた1枚のプレートが光を反射し、冒険者達はようやくその存在に気が付いた。

 見えない魔獣に意識を集中するあまり、それが見えていなかったのだろう。

 ならば、その視線が持ち主へと集まるのは当然だ。


「なんだ? 俺の顔に何かついているか?」


「い……いえ……」


 タイラーがダンジョンで感知したトラッキングの反応と全く同じ反応が、俺の馬車から出ているのだ。恐らく中身はバレている。

 モーガンが、それを俺に横取りされたのだと考えても不思議ではない。


「九条様。失礼ですが、村ではウルフ狩りは禁止されているのでは?」


「ああ、そうだな。……もしかして積荷の心配をしてくれているのか? だったら大丈夫だ。何の問題もない」


 今回の件で商会内でのモーガンの評価は著しく損なわれただろう。

 その上、獲物も横取りされたとあっては、その精神的苦痛は計り知れない。

 モーガンはただ指を咥えて、俺達が通り過ぎるのを妬ましそうに見ていたのだ。


 ――――――――――


 コット村を出発して2日目の夜。

 ベルモントの街を越えて北へと進み、このペースなら明日の昼にはスタッグに着くであろう距離まで歩みを進めた。その道のりは順調だ。

 本日の移動を終えての野営中。焚き火を囲い食事を済ませると、御者達は寝床であるテントへと入っていく。

 馬車の中は獣達でいっぱいだ。その中で寝ることに難色を示した為、配慮した結果テントを譲ったという形になった。

 こんなモフモフでふかふかのベッドで寝れるというのに勿体ない。この贅沢の極みを体験しないとは……。


 焚き火は消え、皆が寝静まっている深夜。月明りが夜霧を照らし、薄っすらと霧がかかっていた。

 虫達の合唱と、風に揺れる木々の雑音しか聞こえない心地よい空間。それが突然の絶叫と共に一変し、辺りは緊張感に包まれた。


「うわぁぁぁぁぁぁ!!」


 複数の足音が入り乱れ、ウルフ達の唸り声にギシギシと揺れる馬車。

 まるで目の前でオーケストラのコンサートでも開かれているかのような音の圧力に耐え兼ね飛び起きる。


「なんだ!?」


 ふかふかのベッド達は何処かに姿を消していて、同じタイミングで起きたであろうミアには外に出ないよう伝えると、後方の幌をそっと捲って外の様子を覗き見る。

 月明りを頼りにどうにか目を凝らすと、獣達と争っている人影。いや、正確には獣達が人間を襲っていた……だ。

 それはあまりにも一方的であった。この暗闇の中で、夜目の利く獣達に勝てるわけがないだろう。

 恐らく相手が盗賊の類であろうことは、安易に予想がついた。獣達とは理由なく人を襲わないと約束したのだ。

 急ぎ松明に火を灯しそれを高く掲げると、その惨状が露になった。

 倒れ藻掻く者。獣達を近寄らせまいと必死に武器を振る者。すでに息絶えている者など、ざっと見ただけでもかなりの数だ。

 その中に1人、松明の元へと向かって来る者がいた。


「おらぁぁぁ!」


 気合を入れ、振りかぶった片手剣が振り下ろされるも、俺はそれをメイスで受け止める。

 鳴り響く金属音。剣を弾かれた盗賊は体勢を立て直し、再度それを振りかぶると左足を強く踏み込んだ。


「ぎゃぁぁぁ!」


 同時に上がる悲鳴。振り下ろされるはずだった剣はそのままに、踏み込んだ左足首に食らい付いていたのは1匹のウルフ。

 深く突き刺さる牙。肉を噛み千切ろうとするその痛みは、想像を絶するものだろう。

 たまらずウルフに剣を向けた盗賊の男であったが、そうはさせぬとメイスで殴打し、盗賊の男は膝から崩れ落ちるように倒れた。

 力加減はバッチリだ。死んではいないはずである。そこにワダツミが駆け寄って来る。


「すまぬ、九条殿。起こすつもりはなかったのだが……」


「何があった?」


「賊だ。仲間の馬車を奪い去ろうとした」


 目配せするワダツミの視線の先には、馬と荷台とを繋ぐハーネスが切り刻まれた痕。


「それと申し訳ない九条殿。火を消してくれ。我は大丈夫だが、仲間は火を恐れる。なにより暗い方が我らに有利だ」


 言われた通り松明の火を消す。

 それから数分ほどで敵わないと悟った盗賊の残党は、暗闇の中へと消えて行った。


「もう大丈夫だ九条殿。我らの警戒範囲から奴等の気配は消えた」


「良かった。お前達の仲間で怪我をした奴がいれば教えてくれ。ミアに手当てしてもらおう」


 調べた結果、獣達には被害はなく、テントの中で震えあがっていた御者達も無事。

 その内の1人がテントの中から出て来ると、焚き火に火を点けようとする。


「あっ、すまん。獣達が怖がるから火は止めてくれ」


「失礼しました。……ではランタンなどはどうでしょうか?」


 テントから取り出されたのは、小さなランタン。


「それくらいなら……」


 獣達に了解を得た俺はそれを御者に伝え、小さなランタンに火を灯すと、辺りがほんのりと明るくなる。


「ワダツミ。生きてる奴がいたらここに連れて来てくれ」


 そして引きずられてきたのは1人の男。

 体中咬みつかれていて所々の肉が削がれているが、命に別条はなさそうだ。

 話せる程度には生きているといった様子。

 一応逃げられぬように縛り上げ、ミアに回復魔法を頼もうとしたその時、コクセイが俺を鼻でつっついた。


「ん? どうした?」


「死んでるのは食っていいよな?」


 正直言って少し悩んだ。だが放っておいてもいずれは腐敗する。

 そうはならなくとも、その匂いで他の魔物を呼んでは厄介だ。処理はしておくべきだろう。

 何より相手は盗賊。手を出して来たのはあちらからで、ダンジョンに侵入してきた冒険者達とは違う。

 罪を重ね生きて来た者達に慈悲を掛ける必要もないだろう。


「腹壊すなよ? それと、出来れば見えないところで頼む」


 それを聞いたコクセイは嬉しそうに頷くと、仲間と共に死体を森の奥へと運んでいった。

 馬車から顔を出しているミアを呼び、縛り上げた盗賊を治療してくれるよう頼む。


「【回復術ヒール】」


 縛り上げられた盗賊の身体が薄緑色の光に包まれると、その傷はたちどころに癒えた。


「よし、もう大丈夫だろ? お前達は何者だ? 目的は?」


 痛々しい外傷はなくなった。喋れるようにはなっているはずだが、盗賊の男はこちらを睨みつけるばかりで、一向に口を開こうとはしない。

 毎回思うが、何故身動きできない状態で抵抗を試みるのか……。

 殺されるか、生かされるかの2択なら、生かされる方を選んだ方がいいと思うのだが……。

 仲間が不利になるような情報は吐かない……。みたいな涙を誘うような話は心底どうでもいい。

 そんな立派な信念があるのであれば、そもそも盗賊になんかなっていないだろう。

 それならまだカッコつけたいから――の方が信用できる。


「次、答えなければ片足を潰す。お前は何の為に俺達を襲った?」


「……」


「カガリ」


 俺がカガリを呼ぶと、ふさふさの尻尾でミアの顔を覆う。


「わっぷ」


 瞬間、悲鳴が響き渡る。


「ぎゃぁぁぁぁ!」


 躊躇はしない。それは迷いを生むだけだ。幸いこの世界は魔法で怪我の治癒くらいどうとでもなってしまうのである。

 すりこぎで何かを潰したような鈍く重い音。それを見ていた御者達の顔が歪む。

 力加減は完璧だ。原型を留めている。足首は変な方向を向いているがそれはまだ足と呼べるもの。


「ミア、治してやれ」


 ――――2度目でようやく口を割った。


 盗賊達のボスが俺達を狙うと決めたようだ。俺達の馬車を奪えば金が貰えると言っていたらしい。

 依頼主は知らないが、積荷が捕らえられたウルフであるという事を知っていたところを見ると、恐らくはモーガン。ウルフ達は檻の中に入っているとでも思ったのだろう。

 現在のウルフ1匹の相場は、金貨20枚前後。それが80匹いると思っているなら、単純計算で金貨1600枚だ。

 素材ごとに解体すれば更に儲けは増し、違法なことをしてでも手に入れたいという気持ちもわからなくはない。

 肝心の盗賊達のボスはというと、コクセイ達の腹の中。わかることはここまでだ。


「それにしても、プラチナプレートも何の効力もないなぁ」


 ボソッと言った愚痴であったが、それは初耳だった模様。


「なんだと聞いてないぞ!」


「知らんよ。じゃぁ教えて貰わなかったんだろ? ほれ」


 俺の指差した先にはプラチナプレートが垂れ下がる。

 風でクルクルと回るプレートは、ランタンの光を反射して薄っすらと輝いていた。


「知っていたら襲ってはいなかった……。割に合わねぇ……」


「……だろうな」


 カガリに確認したが、尋問した盗賊は嘘はついていない。

 まあ、正直に話したのなら用はない。傷を治して拘束を解いてやった。


「なんで……」


「どこへでも好きな所へ行け」


「……どうなっても知らんぞ?」


「……なんでそういうこと言うんだよ……。逃がすの止めようか?」


「あっ……嘘です。カッコつけました。もう2度としません」


 頭をヘコヘコと下げながら、申し訳なさそうに森の中へと消えて行く男。

 その頃には朝日が昇り始め、鬱蒼としていた森にも少しづつ木漏れ日が刺し込む。

 そして明るくなったからこそわかる凄惨な現場に、皆動揺を隠せなかった。

 所々に散らばる大量の血液、死体はウルフ達が処分したので骨と被服しか残っていないが、無残にも剣や手斧、短剣などの武器達が多数転がっていた。

 32体分の骨と頭蓋。それと魂を魔法書へ収納すると、早めに出発の準備を始める。

 さすがにこんな所に長居は無用だ。御者達も慌てて撤収の準備を開始する。

 そんな中、ミアは馬車に落ちていた武器を一生懸命運んでいた。


「何してるんだ?」


「金属製の武器は高く売れるから、置いていったらもったいないよ!」


 ……しっかりしているというか、何というか……。俺なんかよりミアの方が、ずっと逞しい。

 それに笑顔を浮かべつつ、武器を積むのを皆で手伝い全ての準備が整うと、俺達は王都スタッグへ向けて、残りの旅路を急いだ。

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