第104話 宴会
「えーコホン。皆様のおかげでなんとか窮地を脱することが出来ました。コレは偏に皆様の協力があればこそで……」
「堅苦しい挨拶は抜きだ! カンパーイ!」
急遽食堂で始まった大宴会。武器屋の親父がソフィアの挨拶を遮り乾杯の音頭を取ると、皆が酒や飲み物を片手に打ちつけ合う。
ゴツッという鈍い音が幾重にも鳴り響いたのはジョッキが木製である為だ。
ガラス製品はまだまだ贅沢品。地方や田舎では普及しておらず、使っているのは王族や貴族、一部の富裕層だけである。
「挨拶しろっていうから用意してきたのに……」
スピーチを途中でぶった切られたソフィアは、顔を赤くしてご立腹だ。
九条防衛記念祭とかいう訳の分からない名目で開催されることになった宴会。ぶっちゃけ飲めれば名目なんてなんでもいいのだろう。
主役である俺が放っておかれているのがいい証拠である。
目の前に並ぶ豪華な料理達は、プランC用に使う予定だった物。しかし、グラハムとアルフレッドは俺を諦め帰路に就いた。
その為、料理に使うはずだった食材が大量に余ってしまったのだ。
店が満席になるほどの材料をいつもの客数で使い切れるはずがない。ならば使ってしまおうと急遽宴会という形で消費する事になった。
そんなわけで、今日は村の経費で飲み食い出来る願ってもないチャンス。ありがたくそのご相伴に預かっている。
俺の周りにはギルド関係者が多く座っていた。ミアにカガリにソフィアにカイル。まあ、いつもの面子というやつだ。
「それにしても、よくこんな作戦思いついたな」
「自分でも上手くいって正直驚いてるよ」
「いやいや、あの話を聞いた時は確実に成功すると思ったね。俺だったら初日でちびってるぜ」
それを聞いてうんうんと頷く一同。
そんなことより、飯の席で汚い話をするカイルに誰かマナーを教えてやれ。
「確かに。聞いただけでも身震いがするほどでした」
「そんなに怖がらなくても……。所詮、作り話ですし……」
怪談は実家がお寺だったということもあり、それなりには記憶していた。
今では不況の所為で檀家も少なくなった。時代が違うのだ、説法など説いても人など集まるわけがない。
そこで幅広くお寺を知ってもらおうと始めた催しが、怪談を読み聞かせるというもの。
寺に所縁のある怪談など、かなりの数の古書が実家の蔵に保管されていた。
寺の歴史や教え、それを怪談に織り交ぜ人前で語るのだ。そんな事を何度もしていれば嫌でも内容を覚えてしまう。
それを利用させてもらったのだ。
幸いにも、それを再現するのに死霊術という適性は抜群に相性が良かった。
注意点があるとすれば、スケルトンやゾンビでは怪談として意味をなさないという事だ。これらはアンデッドとして存在が周知されている。
よくある怪談に真夜中に動く人体模型や骨格標本の話があるが、それはこちらの世界では通じない。
アンデッドが現れたら冒険者か街の兵達に退治を依頼するだけ。未知の恐怖を植え付ける怪談とは恐怖のベクトルが違うのだ。
「ねぇねぇおにーちゃん。私の役はどうだった?」
ミアが俺の袖をグイグイと引っ張る。
「ん? 中々雰囲気が出ててよかったぞ」
「やったぁ! えへへ……」
不安そうな表情がパァっと明るくなる。
食堂の外にある長椅子に座り、グラハムを恐怖に陥れたのがミアだ。それを俺はギルドの屋根の上から見ていた。
グラハムに首の線の事を伝えたらミアは食堂の裏に隠れ、待機していたカガリと合流。屋根の上へと飛び上がる。
あの時のグラハムの慌てぶりは相当なものだった。かなりの精神的ダメージが入ったに違いない。
首の白い線はグラハムが気絶してる間にこっそりと入れておいた。日中に気付かれぬよう極薄く。目を凝らせば見える程度に。
「なぁ九条。とりあえず追っ払ったけど、別の奴がリベンジに来ると思うか?」
「どうだろうな。グラハムとアルフレッドがどう報告するかにもよるだろうけど……」
「そうですね。正直にこの村での出来事を話し、それを信用すればこの村には近寄らなくなるかもしれませんけど、これに懲りずに新たな刺客が送られてくる事も考えられますね……」
「いや、刺客って……」
「九条さんはプラチナプレートですから王族相手でも気にしないのでしょうけど、直接王族の方が来られたら、私達一般人には恐れ多くてどうする事もできませんからね?」
「流石に本人が来るって事はないでしょう?」
「第4王女は来たじゃねーか」
「うっ……」
カイルの鋭いツッコミに言葉を失う。そう言われると言い返せない……。
俺はこの世界の人間ではない。その所為か王族や貴族と言われてもいまいちピンとこないが、この世界の住人達は違う。
王族に逆らう事なぞ出来るわけがないのだろう。
「ま……まあ、どちらにしてもあんな看板置くから余計な手間が増えるんですよ。これに懲りたらあんな看板すぐ撤去して下さいね?」
「今回はあの看板は関係なくねーか? 相手は王族だ。元々九条がここにいるのは知ってただろ?」
どうにか2人を言いくるめようと模索していると、大皿料理がテーブルの上に豪快に置かれた。
「へい、お待ちぃ」
レベッカだ。今日も額の汗をぬぐいながら食堂の切り盛りに大忙し。
「なんであたしだけ仕事なんだよ。一昨日と昨日はそういう段取りだったから仕方ないけど、今日くらいは休ませておくれよ……」
グラハムとアルフレッドはもういない。今日は休める。そう思っていたのだろう。
しかし、蓋を開ければ今日も食堂は超満員。愚痴の1つくらい言いたくなるのも頷ける。
「じゃぁ、手伝おうか?」
「え? マジで?」
俺の一言にレベッカは目を輝かせて身を乗り出すも、それに待ったをかけたのはソフィアだ。
「レベッカ。プラチナプレート冒険者を雇うなら正式にギルドへ依頼をお願いしますね?」
「ゔ……」
ソフィアの言葉にレベッカの表情が引きつる。
雑用とは言えプラチナプレート。その依頼料は高額だ。
「ソフィアさん。ちょっと手伝うくらいならいいじゃないですか」
「ダメです!」
「ちぇっ……わかったよ。ケチ!」
そう言ってレベッカは厨房に戻って行くが、最初から本気にはしていなかったのだろう。憤慨しているという感じには見えなかった。
「レベッカが可哀想じゃないですか。あんなに頑張っているのに……」
「そーだそーだ」
「じゃぁ、カイルが手伝ってあげればいいじゃないですか」
「……お断りだ!」
煽っておいて即断るとは……。カイルはどうあっても酒を手放す気はないらしい。
酒の入ったジョッキを大事そうに両手で抱えると、ソフィアに向かって舌を出す。
「そもそも九条さん。プラチナプレート冒険者に依頼をするのに、どれだけお金が掛かるかご存じないでしょう? これから先もちょっとした事で手伝うなんてしちゃダメですよ? 仕事に繋がる話ならば、まずギルドを通してもらってからですね……」
「はい」
「プラチナプレート冒険者というのはギルドの財産のような物で……」
「……」
「冒険者達の模範として……。ちょっと! 九条さん? 聞いてます!?」
「あっ……はい……」
まるで小姑のような小言を延々と続けるソフィア。
酒を飲ませると面倒臭くなるという知見を得たのが、今回最大の収穫だったのかもしれない……。
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