第2話 異世界転生
気が付くと森の中で佇んでいた。
見上げてみても青々と生い茂る木々が邪魔で空はあまり見えない。
木漏れ日が差し込んではいるものの気温はそれほど高くはなく、木陰の所為か少し肌寒く感じる。
それはそうだろう。俺の出で立ちは病院で借りた手術着と、病院のスリッパを履いているだけだ。
スリッパにはデカデカと病院の名前が書いてある。
ガブリエルが最後に「転生者だと知られない方が面倒がなくていい」と教えてくれたが、こういうのはいいんだろうか?
「まぁ、なるようになるか……。確か太陽の方角に向かえば、小さな村があるって言ってたな……」
たまにはこういう散歩もいいものだ――と言いたいところだが、頭の中は不安でいっぱいだった。
1番の問題は、お金がないと言うことだ。そもそもこの世界の通貨もわからない。
村に着いたら仕事を探して寝床の確保が当面の課題。それ以前に、村はよそ者を迎え入れてくれるだろうか?
歩き出して数十分、未だ森は抜けていないが、何かの気配を感じて振り返る。
風もないのにガサガサと低木を揺らし近づいて来る何か。
小動物という感じではない。パッと思い浮かんだのは熊であるが、背丈は低木よりもさらに低い。
猪?……いや、野犬か狼……?
そもそもここは異世界だ。獣ではなく魔物か、もしくは狼に似た別の生物かもしれない。
「……く……にくぅ……」
その声は、向かって来る獣の方から聞こえて来るが、人の気配は感じない。
ひとまず逃げた方が良さそうだ。
「マジかよ……クソッ……」
村があるであろう方向へと向かって駆け出すも、後ろから迫り来る音と気配は徐々に距離を詰めてくる。
どちらかと言えばインドア派である為か、運動はそれほど得意ではない。
「スリッパ走り辛すぎんだろ……」
文句を言っても、走る速度は上がらない。
スリッパを捨てて裸足で走った方が速そうではあるが、足がズタズタになってしまうのは確実だ。
それでも食われるよりはマシかと、いざとなったら裸足で走ろうと、覚悟を決める。
100メートル程走っただろうか。雑木林を抜けると、太陽の眩しさに目を細める。
目の前に広がるのはだだっ広い草原。眩しさに目が慣れてくると、200メートル程先に丸太を隙間なく並べた大きな壁が見えた。
その高さは3メートルほど。取っ掛かりもなく、飛び越えるのは無理そうだ。
「村か! 入口は!?」
それはどこにも見当たらず、追手は追跡の手を緩めるつもりはない模様。
心臓が破裂しそうだ……。不摂生が祟ったか……。
その時だ、ヒュンという風を切る音と共に、何かが自分の頭上を掠めた。
ドスっというやや重めの音と同時に、キャウンという犬のような鳴き声。
反射的に振り向くと、そこには地面に刺さった1本の矢と、やや大きめの狼のような獣がいた。
それは唸りながらも、俺を鋭い眼光で睨んでいたのだ。
「グルルル……」
今にも飛び掛かってきそうな迫力ではあるが、矢を警戒してか様子を窺っているといった状況に、振り返らずに走っていればと後悔する。
しかし、永遠に続くかと思われた睨み合いも、そう長くは続かなかった。
「おーい! こっちだー!」
その声と同時に狼が後ろに飛び跳ねると、新たな矢が放たれる。
今しかないと残りの力を振り絞り、呼ばれた方へと全力で駆けた。
その先に見えたのは壁よりも高い物見櫓と、その上で弓を構える1人の男。
間も無く3本目の矢が放たれ、鋭い風切り音が頭上を通りすぎると、すぐ後ろから先程と同じ鈍い音。
間髪容れずに次を引き絞るも、それが風を切ることはなかったのだ。
「もう大丈夫だ!」
弓を下ろし大袈裟に手を振る男性。振り返ると、俺を追っていた狼は既に森へと逃げ帰っていた。
ひとまず助かったことに安堵し、荒れた息を整えつつゆっくりと歩く。
「大丈夫かぁ!?」
俺はそれに片手を上げて礼をするのが精一杯であった。
村の壁に沿って物見櫓を目指すと、大きな木製の門が目に入る。
そこが村の入口。先程の男性が降りて来ていて、俺を出迎えてくれた。
木製の弓に矢筒。普段着であろう布の服の上には革製の胸当て。兵士というより狩人という雰囲気。
少し肌が焼けているのは外の仕事だからだろうか。歳は20代前半で、気持ちの良い青年であった。
「大丈夫か? 怪我は?」
「あぁ……ありがとう。助かったよ」
頭を下げ、感謝しつつ自分の足に目をやると、土埃で汚れた足首から血が流れていた。
逃げている時に、木の枝にでもひっかけてしまったのだろう。結構深そうだ。
意識したとたんに、ズキズキと痛みが込み上げてくる。
「おいおい、結構ザックリいってんじゃねぇか? ちょっと見せてみろ」
その場でしゃがみ込んだ男は、腰に付けていた革袋を取り出し栓を開けると、その中身を傷ついた足に豪快にかけた。
「ぐおお……染みる……」
「我慢しろ。冒険者だろ?」
いや、冒険者ではないのだが……と、言いたいところではあるが、真剣に傷を見てくれている手前、言い出せなかった。
持っていた布で傷の周りの血や汚れを拭き取ってくれてはいるが、流血は止まることなくじわりじわりと滲み出る。
「結構深いな。ギルドに行った方が早いか……」
布を傷の上から縛り、手際よく止血する。
「よし、ギルドにいくぞ。肩貸してやるから、ほら」
「あぁいや、1人で歩けるので……」
「まぁ気にすんなって、お互い助け合いだろ?」
「……すまない」
男は俺の腕を肩へ回すと、足を気遣いながらゆっくりと歩き出した。
正直この世界に来て、わからないことだらけで不安しかないが、少なくともこの親切な男性は信用してもよさそうである。
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