第4話
あの日の母さんの表情だけはいつ思い出しても胸が締め付けられる。
我ながらバカなことをしたもんだと今でも反省している。
彼女はどうなのだろう。
もう高校生だ、昔の俺みたいに泣きじゃくる訳でもないだろう。お弁当を作ってくれるような優しい母親だ、娘のこともちゃんと理解してるだろう。
それでもやはりあの日の母さんの表情が、大好きな人を悲しませるということが、取り返しのつかないことをしてしまったという後悔を、俺はきっと彼女にして欲しくないんだと思う。
話し初めて十数分だが俺には彼女が根は良いやつに思えた。
ちょっと言動はアレだが。
そうと決まれば。
「お前何組?」
「…4組だけど。」
それだけ聞いて俺は『よしっ!』と両頬を叩いた。
「お前そっから動くなよ。」
「…?なんであなたにそんなこと…。」
「いいから、そこから動くなよ。」
それだけ言うと俺は走り出した。
教室は1階から3年生、2階に2年生、そして3階に1年生の教室がある。目的の1ー4は3階になるので昇降口に回り、正面の階段を駆け上がる。通り過ぎる生徒からは変な目でみられてる気がしたがそんなの気にならない。
無性に懐かしい感覚に襲われた。
ピアノや歌をがむしゃらにやっていた時の感覚だ。
父さんや母さんが誉めてくれるからじゃない、コンクールで賞状が欲しかった訳じゃない。
自分がやりたいからやってるんだ。
こんな感覚忘れていた。久しく感じてなかったことだ。
なぜだか妙に清々しい。
いつから忘れてしまっていたのだろう。
でも答えは簡単だった。
あのときからだ。
気づけば3階まで登りきっていた。
廊下を駆け、目的の1ー4の前に着いた。
あれ、ここに来て緊張してきた。さっきまで無敵モードだったじゃん!妙に清々しいとか言ってたじゃん!
教室前で立ち止まっていると、それに気づいたクラスの女子であろう人が声をかけてきた。
「あの、何か用ですか?」
なんかすげぇ睨んでくるんですけどこの人。
「あーっと、ミキって子いる?」
「このクラスでミキって名前は私しかいません。というよりどちら様ですか?私は面識はないと思うんですが。」
なにこの人すっごく怖い。
「大丈夫、初対面だから。」
「はぁ……」
なんかもっと警戒心強まった気がする!
「俺は1ー1の八塚。君の親友の……」
ここまで言って気づいた。あいつの名前を知らないことに。
俺が言い淀んでいると。
「…ツムグのこと?」
ツムグって名前なのか。覚えとこ。
「告白に来たのに名前も忘れるなんて…。生憎だけどツムグは今居ないの、分かったら帰って。」
「いや、俺は告白しに来たんじゃないって。」
「じゃあなに?」
普段は知らないけど今このミキって人が俺のことを邪険にしてるのだけはわかった。
となればやることやってさっさと退散するのみ。
「その~、ツムグさんの席ってどこかな?」
「は?」
はい、ミキ様より一連の流れで1番の睨みいただきました。何かに目覚めちゃいそう。
「頼むよ、それだけ知れたら帰るからさ。」
もうここはツムグのファンを装うしかない、下手に関連がないよりはマシだ。
ミキ様は大きくため息を吐きながら『そこ』と指差してくれた。
「ありがと」
「あ!ちょっと!」
お礼だけ伝えるとミキ様の横を抜け教室に入る。
教えてくれた席に、控えめなアクセサリーがいくつか着いたカバンがあった。
「よっ、と。」
「ちょっと!アンタ!」
ミキ様が急いでこっちに駆け寄って来るが、目的のブツを手に入れたので捕まる訳にはいかない。カバンを抱え、入ってきた扉とは違う方の扉から教室を出る。
もちろん帰りも全力疾走である。後ろの方でミキ様が『変態がいる!』と叫んでた気がするが気のせいだろう。多分そうだ。きっと。恐らく。
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