第3.5話
それは小学校の遠足でのことだった。
その日の予定は午前中に動物園、そのあとすぐ近くの運動公園でお昼、午後はその運動公園に設置されてるアスレチックなどでの自由時間という構成だった。
動物園を見終わった俺たちは運動公園でのお昼だったのだが、昔から食べるスピードが遅かった俺は周りの友達が次々食べ終わり遊びに行く中まだ残っていた。
食べ終わった友達の1人が駆けてきて。
「ソータくん!はやくいこ!」
そう言い手を取ってくる。
「まだたべおわらないよ。」
俺がそう答えると。
「はやくしないと○○くんになかまはずれにされちゃうよ!」
名前も思い出せないその子は、クラスの中のガキ大将的な存在だった気がする。
「おいてちゃうよ!」
「まってよ!」
子供ながらに怖かったのだろう、仲間外れにされるのが。
その時俺は仲間外れにされる恐怖と早く遊びたいという気持ちで焦り、まだ残っているお弁当に蓋をしたのだ。
多分遊んでいる間はお弁当の事など忘れていたのだろう。
自由時間が終わり、帰りのバスの中でふとお弁当の事を思い出した。
母さんは怒るだろうか。
帰りは集団下校だ。食べながら帰ることはできない。
家に帰る途中の草むらやゴミ箱にお弁当の中身を捨ててしまうのもだ。
いつかはどこかしらかから母さんに伝わりバレるだろう。
色々考えていくうちに悪い考えばかりは思い付くのにどうしても母さんが笑顔になる考えは思い付かなかった。
結局母さんに嘘や隠し事をするという良心の呵責に耐えられるはずもなく残ったままのお弁当を背に帰宅したのだった。
「ただいま…。」
その声と同時に台所で聞こえていた水音が止まり、奥から母さんがホワイトボードを手に出てくる。
サラサラっと書くと微笑みながらこちらに見せてくる。
『おかえり
たのしかった?』
母さんは喋れないのだ。
ある事故をきっかけに声を失ってしまった。
そのため会話は携帯の画面かホワイトボードで行う。
「うん…。」
『じゃあ、あらうから
おべんとうばこだして』
「……。」
何も答えずにいると母さんは首を傾げてこちらを見てくる。
その視線に耐えられず俺は恐る恐るバックからお弁当箱を渡す。
持った瞬間の重みで気づいたのだろう、受け取ったその場で蓋を開けて確認する。
怒られると思った。
今度からもうお弁当を作ってくれないと思った。
母さんはお弁当をテーブルに置くと、ホワイトボードに何か書き始めた。
そして書き終わると、微笑みながら、なのにとても悲しそうに
『おべんとう
おいしくなかった?』
その文章と母さんの表情を見たとたん、俺は母さんにすがり付き、泣きながら何度も『ごめんなさい』と声が枯れるまで何度も謝り続けた。
俺が泣き止むまで母さんは頭を撫で続けてくれた。
泣き止んだ俺は正直に今日の事を話した。
俺の話を全て聞き終えた母さんはもう一度だけ頭を撫でた後に笑顔で台所に戻って行った。
その後に残ったお弁当を今食べると言ったら、母さんはさっきまで撫でてくれていた頭に真顔でチョップを振り下ろしてきた。
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