第3話
見られている。
すごく見られている。
すごくすごく見られている。
あのお嬢様に見られている。
俺の……が。
俺の左手にある唐揚げパンが。見られている。
いやまさかな。と思い、唐揚げパンを左手から右手に持ち替えて見る。
すると視線が動くのを確認した。あ、うんやっぱり唐揚げパン見てますね。
とりあえず俺は非常階段へと足を向けた。
回り込んで見ると階段部分にちょこんと座るお嬢様の姿があった。まだ唐揚げパンを見ていらっしゃる。
俺は心の中でクラスの
「え……?」
「食べたいんだろ?違ったか?」
お嬢様は少しの間、俺とパンを交互に見たあとにパンの包装を破き食べ始めた。
小さく『ありがと』と聞こえた気がした。
そんなお嬢様を踊場から眺めていたらパンを半分くらい食べ進めたお嬢様が急にこちらに向いてきた。
「パンをもらってもあなたとは付き合わないわよ。」
「……は?」
何を言いやがりますのでしょうこのお嬢様は。
「違うの?」
「いやいやいや。お前がそのパンをずっと欲しそうに見てるからくれだけだよ。別に他にやましい意味はない。」
「そ」
お嬢様は勘違いを解こうと弁解すると興味なさそうにそう答えた。
「じゃあ私を追ってここに来たわけじゃないんだ。」
「ちげーよ、友達と裏庭で飯食っててその帰りだよ。」
なんだろう自意識過剰系お嬢様なのだろうか。
話が切れたので率直な疑問を投げ掛けてみることにした。
「大体なんでお前こそこんなとこで1人で居るんだよ。」
「別にいいでしょ……。」
お嬢様の歯切れが悪くなった。好奇心もあってか、多少意地悪かなと思いつつもさらに投げ掛ける。
「1年生の間で噂のお嬢様が、友達がいないって訳じゃないんだろ?」
「……うっさい。友達なんて居なくてもミキがいるし。」
あ、うん。1人しかいないのね。
少し憐れんだ目で見ていると。
「それより!その!『お前』はまだしも『お嬢様』っていうのはやめてよ!」
こいつ無理矢理にでも話題変えてきたな。
「ちゃんとした名前があるんだから!」
「いや、お前の名字も名前も知らないし。」
「へ?」
このお嬢さ……こいつは全校生徒が自分の名前を知ってもらえてるとでも思っているのだろうか。
「あのなぁ、俺がお前について知っていることは『入学早々に5人の男子を降った』くらいだ。お前のクラスも名前も俺は知らない。」
これが普通だろう。基本的に噂なんて勝手に耳に入ってくるが、それで興味でも持たなければクラスや名前なんて調べようともしない。他クラスなら尚更だ。
「……じゃ……わよ……」
あまりにも小さな声だったので聞き逃してしまった。
「悪い。なんて?」
「5人じゃないわよ…。」
「……?」
「今日でっていうか、さっき6人になった…。」
これはまた…。既に5人が撃沈してるというのに、その6人目には哀悼の意を表する。心の中で敬礼をする。
などと内心ふざけていると、さっきと比べてあきらかに元気がなくなっている彼女に気づく。
「それとお前がここにいる理由は関係があるのか?」
これは自分でも分からない。頭では聞くつもりなどなかったのに気づけば口から出ていた。
出てしまったものはしょうがない、それに対する返答を待っていると、ポツリポツリとこちらに顔を向けずに彼女は話し始めた。
話の内容はこうだ。
お昼休み始まってすぐに二年生の先輩が彼女のクラスを訪れそのまま告白。
その先輩はサッカー部であり、部内のエース的存在で学内での取り巻きやファンもいるレベルのルックス。
告白を見ていた野次馬達もその告白を
だが彼女はそれを他の男子達と同じようにばっさり切り捨てた。
ここで終わるかと思いきや。
取り巻きの数名が彼女の態度が気に食わないと告白に乱入し一触即発の状態に。
運良くたまたま通り掛かった教員が事態を収集し二年生達を帰す。
二年生が帰った後もクラス内では『今のはない』『誰ならいいの』『何様のつもり』などヒソヒソと話す空間に耐えきれなくなり教室から逃げて来たらしい。
彼女が今に至るまでの経緯を話終えた。
「なるほどねぇ。それで飯も食わずにここにいた訳か。」
「お弁当教室に置きっぱだから……。」
さっきのまでの謎の自信満々に溢れた姿からは、想像もできないくらい背中が小さく見えた。
「弁当は自分で作ってるのか?」
とりあえず話題を変えようと努力してみる。
「ううん。お母さんが作ってくれてる……。」
「そっか…じゃあ家に帰るまでに食べないとお母さんに怒られちゃうな……ハハ。」
「うん……。」
あぁ…うん。また沈黙だよ。こういう時湯川ならもっと上手く会話を広げられるんだろうな……。
そんなことを思いつつ俺は少し昔のことを思い出していた。
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