第1.5話

『奏太は将来ピアニストになるんだもんな?』

『いいえ。奏太は歌う方が好きなのよねぇ?』


 幸せ『だった』ころの記憶だ。


 ピアノを弾けば父さんが頭をなでてくれた。

 歌を歌えば母さんが抱き締めてくれた。いつも最後はどっちが好きかという話題になり、喧嘩して、次の瞬間には三人で笑い合っていた。


 そんな記憶。



 目の前に広がる幸せ溢れる光景に似合わない衝撃が旋毛に走る。

『パンッ!』

 という軽快な音と共に、目の前の幸せな光景とは強制的にサヨナラする。


「…ん。おはようごさいます…。」

「あぁ、おはよう。」


 挨拶は大事である。


「お目覚めのとこ悪いんだが、今が何の時間か分かるか、八塚ぁ?」

「木之本先生が居ることを考えれば現国かと。」


 木之本先生。1年生の現代国語の担当である。恐らく180cmは越えてるであろう身長で、細身だがガリガリというわけではなく俗に言う『細マッチョ』。少し生やしてるアゴヒゲがなんとなく『大人』で、女子生徒にも人気あるんだとか。


「分かってて寝るなんざいい度胸じゃねぇか……それともアレか?恋のお悩みで寝不足か?」

「はい…。夕飯のおかずはコロッケかメンチカツかで悩んでて……。」

「バカお前!男はメンチカツで決まりだろ!!」


 ついでにノリもいい。

 木之本先生のメンチカツ宣言でクラスに笑いが起き始めるのと同時くらいでチャイムが鳴る。


「よーし、授業終わり!八塚は居眠りのバツとして放課後職員室に明日の1限目で使うプリント取りに来い。」

「今日は部活動見学が…。」

「どうせお前どこも入らないだろ。」

「………。」


 現国担当であり、生活指導も兼任している木之本先生には、先日アルバイトの申請をしたので部活に入らない事はお見通しなのだろう。


「…はい。」


 俺は短く返事をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る