第1話
俺『八塚奏太』は思い出していた。
父さんは世界的に有名なピアニストだった。
母さんは世界的に有名なソプラノ歌手だった。
二人は世界中を飛び回り、何度か公演で一緒になって行く内に、惹かれ合い、そして結婚したらしい。
俺が生まれて物心つく頃には、父方の祖父母の家に預けられ、両親はまた世界を飛び回っていた。
寂しくなかったと言えば嘘になる。それでも帰国した時にはその寂しさをかき消して溢れんばかりの愛情で接してくれた。
楽しそうにピアノを弾く父さん。それに合わせて優しい笑顔で歌う母さん。
こんな幸せな日々がずっと続くと、子供ながらに思ってた。
あの日までは。
「………た。」
「……。」
「………ぉた。」
「……。」
「おーい、奏太ぁ?」
ずいっ、と視界に見慣れ始めた顔が覗き込む。あまりに急だったもので驚きの声も出ずに体がビクッとすくみ上がった。
「ビックリさせないでくれ、心臓止まるかと思ったわ。」
今覗き込んで来た奴は『湯川隼人』
この学校に入学して初めて言葉を交わした奴であり、今現在も一番絡んでる友達である。
ツーブロックのショートウルフの髪型で言いたくはないが顔もイケてる。入学して一週間で三人から告白されて見事に三人すべてお断りしたらしい。ほんと羨ま……罪作りな男である。
ちなみに最初に俺に掛けてきた言葉は『財布忘れたから金貸して?』である。
「何回も呼んだぜ?」
そう言われると何だか数回名前呼ばれた気がする。
「悪かった。」
「考え事か?」
「まぁそんな感じ。」
「お!」
「?」
「入学して早二週間!早速恋のお悩み相談のようだな!」
首を傾げていると、両手を広げ、まるでミュージカルの様な動作をしながら俺に尋ねてくる。ちょっと様になってるのがムカつく。
「それなら俺よりお断り入れた三人の女子の恋愛相談でもしてやれよ。」
「……奏太君なんか怒ってます?」
「ベツニオコッテナイヨ。」
「……。」
「ホントダヨ。」
「ま、まぁそんなことより本題だ。」
こいつ流したな。
「サッカー部!サッカー部来いよ!」
何かと思えばまたこれか。体育の授業を受けて以来ずっと勧誘を受けてる。
「嫌だよ。第一俺より運動出来るやつもっといるだろ?」
「そういう奴はもう既にウチに居たり、野球やらバスケやらに取られちまってる。それに俺は体育授業を見てお前にサッカーのセンスを感じてる。」
運動はできる方だと自負している。中学時代に本当にどうしようもない理由で、《なんとなく》入った陸上部で大きいとまでは言えないものの、そこそこの記録は出していた。高校では部活に入るつもりはなかったので、特に全力ということもなく体育の授業してたのだが、何故かこいつの目には止まったらしい。
「新しい学校、新しい部活、新しい仲間たち。なにかが始まりそうな予感がするだろ?」
「なにも始まらないな。」
俺は興味無さそうに湯川に返す。
湯川は少し渋い顔をしていたが『ま、いいか。また明日な!』と言って部活用のバックを担ぎ教室を出ていった。
「……帰るか。」
そう小さく呟きながら俺も教室を出ることにする。
廊下には雑談などをしている生徒がまだチラホラ見受けられた。
「おい、あの子じゃね?」
「どれよ……あーあの子か!」
男子が顔を向けてる方向を見ると。前から二人組の女子が歩いてきてる所だった。
「左の子だろ?入学式当日に同級生二人、先輩三人から告白されたってウワサになったの。」
「そうそう。それで見事に全員玉砕と。」
「ドラマやアニメのお嬢様みたいだな。」
湯川ゴメン。お前より罪作りな奴いたわ。心の中で湯川に謝罪していると二人女子が隣を抜ける
近くで見ると正直納得だった。パッと見身長は165くらいで、背中の肩甲骨辺りまで伸びている髪は見ただけでもわかるサラサラ具合、顔は可愛いよりかは綺麗寄りの少し大人っぽい雰囲気も出てる。まさにどっかのお嬢様って感じの子だった。
「俺告白しようかな。」
「やめとけ、高校最初のGWが枕を濡らす日々で終わるぞ。」
止められた方の男子は『そうだよな〜…』とガックリ項垂れている。いや、やって見なきゃわかんねぇぞ!と励ましてやりたい気持ちもあるが、5人も断ってるとなれば好みとかじゃなくて何か違う理由があるんだろう。
俺はそんな事を思いながら、きっとなにも始まらない明日に向けて校舎を後にしていた。
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