第8話

 ロンには、一つだけ気になることがあった。

「狐って、群れる連中じゃないのよね。律ちゃんのところは、例外中の例外なのよ」

「知ってますよ。単独での狩りの方が多いです」

 切り出した男への返しは、短い。

 優しい笑顔のまま、同じように走る女を見やり、ロンは尋ねた。

「あなたが得た、蓮ちゃんが何処に向かったのかの情報は、どこからのものなの?」

「瑪瑙ですよ」

 即答だったが、その答えにはメルが驚いた。

「何で、あいつが、蓮の今の居場所を知ってるんだっ?」

 その様子に、雅は小さく唸った。

「だって、葵君と蓮は、昔からの知り合いで、例の瑠璃さんも、葵君の血縁者なんだろ?」

 指を折りながら、女は順序良く並べる。

「蓮が葵君の昔からの知り合いなのなら、その凪沙さんと言うお母さんとも、顔見知りである可能性が、高いじゃないか」

 だから今、蓮がそこに向かっていると言う想像は、飛び過ぎてはいまいかと、一同が首をひねるが、帰るに帰れず、喫茶店では外で待っていた鏡月が、のんびりと頷いた。

「良い線行っているな。だが、それでは言い訳が薄いだろう? なぜ、蓮がそこに向かうんだ?」

「想像でしかないので、飛んだ話なのは詫びておきますね。もしかしたら、その凪沙さんと蓮は、深い間柄だったんじゃないでしょうか。それこそ、葵君の兄弟が出来ていたかもしれないくらいの」

 鏡月が、大袈裟に目を見開いた。

「ほう」

「凪沙さんと言う鬼は、随分ひどい死に方をした、とは聞いています。その原因が、葵君と折り合いの悪い一族の仕業と、蓮は知っていたんじゃないでしょうか」

「……」

 律が、小さく唸ったが、否定も肯定もしない。

 そんな女を一瞥してから、雅は慎重に切り出した。

「実は私の母、蘇芳と言う狐と、仲がいいんです」

 律と鏡月が、同時に足を止めたが、周囲は驚きが勝ってそれに気付かない。

「な、あの性悪狐とっ? どんな狐だったのよ、あなたの母親ってっ?」

「さあ、人間と交らおうと思うくらいには、変わり者です。今も、寡夫になった人に興味を持って、その娘さんを、育ててるんですよ」

 寿ことほぎ、だからあんなところで……と、鏡月が秘かに納得する中、律は何とか冷静を保とうと試みている。

「その母に、何か伝わっていないかと思って、訊いて見たら……」

「ちょっと、律ちゃん。あなたにも、その狐を通じて、その件は伝わっていたの?」

「その件は、です。まさか、その場所が、罠を張った場所とまでは、思っていませんでした」

 分かっていれば、直ぐに思い当たって、こんな大事にしていなかった。

 そう言い訳する女に、雅も頷いてロンを宥めた。

「分かるはずないですよ。この件が繋がるなんて、片方から攻めたら、分かりません」

 分かったのは、偶然だ。

 蓮の行方に疑問を覚えて動いた雅が、メルを探して向かった先で、もう一つの件の存在を知り、その繋がりを疑っただけだ。

「蘇芳さんが、相方の鬼の女性と、近々旅行に行けるようになるかもしれないと、報告を受けたそうです」

律がこらえきれずに、苦い溜息を吐いた。

嬉しいのは分かるが、この数日の間にあっさりと、外にそれを漏らすとは、どれだけ浮かれているのだと、呆れるしかない。

「そして、知っておいた方がいいと言う老婆心からでしょうか、楓と言う鬼はその一族の居場所らしき場所を、葵君と瑪瑙にも教えています。その場所を、瑪瑙から聞いたんです」

 自分達なら交通機関で行かずとも、朝方にはたどり着ける、二つの土地だ。

「どちらかは分かりませんが、手分けして行って特定すれば、何とか間に合うのではと思います」

「明日の昼間予定なのなら、間に合うだろうけどさ、手伝うのか? 一応、クリスの爺さんたちなのなら、手伝えないんだけど……」

「間に合わないよ、きっと」

 雅がきっぱりと答えた。

「ちょっと、それじゃあ、意味がないじゃないのよっ」

 ついロンが文句を言うと、雅は静かに言った。

「私が間に合わせたいのは、その殲滅の場じゃないです。その後です」

「その、後?」

 蓮は囮だ。

 なら、その囮の役が終わったら、用はない。

 すぐに、戦線離脱させられるはずだ。

「誰に、ですか?」

 静かなゼツの問いに、雅も静かに答えた。

「隠し玉に、だよ」

「隠し玉って……」

 目を細めた大男の代わりに、メルが戸惑いながら訊き返す。

「そんな優しいこと、してくれるのか? 狂ってるんだろ?」

「……そうね、あたしの想像通りなのなら、逆に訊きたいわ」

 震えそうになる声を抑えながら、ロンが尋ねた。

「狂っている子なのなら、その敵に会った時、どう言う状態になるのよ? それこそ、あの時の様に、誰彼構わず、攻撃対象にしてしまうの?」

 あの時……。

 そう言われて、ロンも同じ考えに行きついたのかと、ゼツは安堵半分で溜息を吐いた。

 ある戦に紛れたあの時、大きくなりすぎて揺るぎ始めていた団体が、解散する憂き目となる前の出来事。

 首領であった若者が、己に異を唱え、命を狙った仲間たちを、次々と闇に葬った、悪夢のような所業。

 あれを止めたのが雅で、あの時からこの女は、完全に腰を据えた。

 姐御と呼ばれてもしっくりとするほどに、落ち着きが出てしまった。

「ですから……」

 雅は優しく微笑みながら、やんわりと返した。

「そんな事態を見る事は、ないはずです」

 ついた頃には、もう終わっているはずだから。

「蓮が、夜行性の鬼を、朝方の動きが鈍る時に襲うなんて、するはずないです。やるなら、もう始めているはず」

 そして、どういう方法で、蓮が鬼たちを殲滅するにしても、それに紛れて例の一族が蓮を狙うとしても、暗いうちに終わると、雅は判断していた。

「終わるのか? じゃあ、手伝いだけならまだしも、蓮と会う事も、出来ないじゃないかっ」

 メルが慌てて言うのにも、雅は優しく返した。

「会えるよ。残ってるはずだから。隠し玉が、あの子にとっては、気になる子のはずだから」

「……?」

 この言葉で目を瞬いたのは、鏡月以外の全員だった。

 一人女の言い分を理解した若者が、苦笑する。

「お前だけの想像を、そこまで先走らせてはいかんだろう。急に隠し玉の存在が、不明になったようだぞ」

「え、そうですか? ゼツもロンも知ってる子が、隠し玉です。それで正解です」

「そう、なの?」

 一瞬、自分の予想の間違いを疑ったロンに、雅が強く頷いて見せた。

 そして、短く付け加える。

「それから、あの子はあの時、狂ってはいませんでしたよ。むしろ、あの時は正気でした」

「そう?」

 それも疑わしいが、女もそれ以上説明するつもりはないようだ。

 朝方に着ければと、雅は言うがついつい足取りが早くなった一同が、二つの土地をめぐり、場所を特定したのは夜中だった。

 二手に分かれていた一同が再び揃ってそこに向かうと、尋常ではない空気がそこにはあった。

 その場所に向かい、山の中に入った一同の前で空気が震え、目の前を何かの塊が横切って、すぐ傍に落ちた。

「痛ってえ……あいつっ、人を、何だと思ってんだっっ」

 そこに転がったのは、人間だった。

 小柄な人物が毒づいて顔を上げ、立ち上がると走り出したが、直ぐに足を止めて顔を顰めた。

「……やっぱり、遅かったね」

 優しく言った女の声を聞き、振り返った若者を見て、メルが叫んだ。

「蓮っ、お前っっ」

 小柄な女を見つけて、ぎょっとした若者は後ずさったが、すぐにメルに捕らえられた。

「何で、あんなもんだけで、絶縁なんかっ」

「な、何であんたが……」

 狼狽える若者は、何故か目を見開いて固まった面々を見た。

「あんたらまで、何で、こんな辺鄙な所に……」

「それは、お互い様です」

 匂いで蓮に気付いて、夜目でその姿を見止めたゼツは、何とか答えたが、他の者は戸惑いながら顔を見合わせた。

 だた一人、鏡月だけは全く別な方向を見据えて、目を細めている。

 疑問を口に出したのは、メルだ。

「お前、髪、切ったんじゃなかったのか? あんなに沢山切ったのに、何で、いつもと一緒なんだよ?」

「あなた、どうしたのっ? その顔についてるの、血でしょ? 頭に怪我でもしたの?」

「それに、君、可愛らしいもので、髪を結わえてるね。どう言う風の吹き回し?」

 勢いのある男女の問いかけに、つい詰まった蓮だったが、雅の指摘で我に返った。

「……その話は、後にしてくれ」

 冷静に言いながら、蓮は飛んできた方向へと目を向けた。

 同じように顔を向け、律が眉を寄せた。

「……何だ、これは?」

 夜目が利くはずの一同の前には、草原が広がっているだけだった。

 そこには、大きめの屋敷が建てられ、そこに住まう者もいたはずなのに、それが跡形もなく消えていた。

「こんなこと、前にもあったわね」

 ロンが呟き、メルが目を見開いたまま蓮を見た。

「そういや、お前あの時、最後に姿を見せたよな? あの時、あの建物壊したの、お前、なのか?」

 今は平穏になったはずの国の、ある村での数年前の出来事を思い出したメルが喚いたが、蓮の答えは素っ気なかった。

「ああ。オレだ。だが、それを責めるのは、後にしてくれって言ってんだよ」

「はあ? 後になんか、できるかよっ? こんな……」

「メル、落ち着いて。そんな事より、おかしい」

 雅の指摘に律が黙ったまま頷き、前に足を踏み出してみる。

 何の違和感もない。

 だが……。

「……あいつ、こんなことも出来たのか?」

 目を細めたまま呟く鏡月に、目を見開いて同じ方向を見ていたゼツが、首を振った。

「少なくても、オレは一度も、見た事はありません」

 先に呟いてから別な違和感に気付き、その原因を探していたロンが、小さく笑った。

「なるほど、あの子は、隠し玉であると同時に、生餌、だったのね。自分の弟の血縁を、よくまあ、こんな残酷な使い方出来るわよね」

「……三人でタコ殴りにすれば、何とか勝てますか?」

「どうかな、あの人の力量、いまいち把握できないんだよ」

 雅とゼツとロンが、緊迫した中で意外にも穏やかに会話するのを聞き流しそうになり、メルが我に返った。

「誰を、タコ殴りにする計画だよっ」

「まあまあ、兎に角、これを破るのは、難しいですよね?」

 雅は優しく笑いながら友人を宥め、無言で周囲を調べていた律に声をかけると、女は溜息を吐いて頷いた。

「これは、無理だな。ここまでの物を、作ろうと思えば作れる子だったんだな。予想以上だ」

「無条件に、褒めないでくださいよ。目的は、感心出来るものじゃないんですから」

「まあ、そうだが」

 言葉を交わした女二人が、再び草原の方へと目を向けた。

「本当に、間に合いそうもないな」

「でしょう? だから、終わるまで待つしかないと思うんです」

「それは賛成だけど……取り越し苦労じゃ、ないわよね?」

 冷静に見えても、身内内の話に動揺しているのだろう。

 ロンが珍しく、己の勘に不安を覚えているようだ。

 そんな男を見返しながら、雅が頷いた。

「水月君とウルさんも、見えないでしょうけど、匂いはあります。葵君が中にいるのが意外ですけど、それが理由と言うだけではなく、セイも間違いなくあそこにいます」

 匂いは分からない。

 だが、蓮の姿を確認した時、この若者を弾いたのは間違いなくセイだと、確信した。

 混乱してと言うより、怒りで表情が硬く、逆に冷静になっている蓮の髪を束ねている物。

 それは昔、セイが愛用していた、藤色の組み紐だった。


 相変わらずの、容赦のなさだった。

 蓮が動きを止め、立ち尽くすのを見計らって動いたセイは、若者が振り返る暇も与えず、頭を踏みつぶしていた。

「……慈悲とか、そういう類を考えた事、ねえな、あいつ」

 他の奴になら、充分に与えるくせに、どうして蓮には、その一欠けらも与えてやらないのか。

 葵は何とも悲しい気持ちになるが、今はそんな気持ちに浸る余裕は無い。

 セイに近づくと、足元に倒れた若者の身を起こし、ぎこちなく左手で髪に触っている所だった。

 手持ちの手拭いで蓮の顔を拭い、長く伸びた髪を手持ちの紐で束ねようと苦戦していたようだ。

「貸して見ろ」

 見かねて葵が口を出し、藤色の組みひもで、器用に長い髪をまとめる。

 その様子を黙って見ていたセイが、未だ動かない蓮の顔を凝視した。

「……」

 黙ったまま、そっと左手でその髪に触れて、微かに微笑む。

 それを見守った葵が何かを言う前に、セイは立ちあがった。

「葵さん、頼んだこと、よろしく頼む」

 無感情に響くその声を見上げ、葵は頷いた。

 蓮の腕を肩に回して立ち上がり、踵を返して歩き出す。

 夜に紛れて遠目を見た後だから、先程の場所の方向は、分かっている。

 ゆっくりと、一歩一歩足を踏み出す男に、肩を貸していた若者が、ようやく声をかけた。

「止まれ、葵」

「何言ってんだよ。お前は、帰って、説教をされなきゃならねえだろうが。ここに係ってる場合かよ」

「説教でもなんでも、いくらでも聞いてやるから、今は、止まれっ」

 喚くように言う若者に、葵はきっぱりと答えた。

「止まらねえよ。お前を、ここから離してくれと、頼まれちまったし」

「おいっ」

 ようやく、手が動いて若者が男の胸倉に手をかけた。

 だが、その前に、葵がその体を抱え直した。

「間に合いそうもねえから、投げちまうな」

「なっ、何だとっ?」

 言うなり軽々と抱え上げられ、呆気にとられる蓮が、抵抗する間もなく、その腕を大きく振りかぶった。

 地を揺るがすような掛け声を上げながら、葵は山の方へ目掛けて、蓮をぶん投げた。

 珍しく叫んでいる若者の声が、直ぐに遠ざかって行く。

 額に手を掲げて遠くを見ていた葵が、ちゃんと目的地に着いた蓮を見止め、満足げに頷いた。

「よし、狙い通りだ」

 そう言ってから振り返ると、遠ざかって僅か数歩先で起こった珍事に、セイは固まって目を見張っていた。

 近づいてくる男に気付き、我に返る。

「何やってるんだ、あんたも、早く行けよ」

「人手、多い方がいいんじゃねえのか?」

「ああ、多い方がいいよ。だから、警察の手を入れてくれと、言ったじゃないか」

 返す若者に、葵は珍しいほどに静かに言った。

「お前、ここに、何を呼び込んだんだ? ここに、とんでもねえもんを、呼び出して、何かしようとしてんだろ?」

 証拠に、一緒にいた男たちが、蓮の方に向かったセイを見送った後、どこかへ消えた。

 仕事先に移動したのかとも思ったが、様子がおかしい。

 蓮の様には勘の鋭くない葵だが、何故か分かる違和感があった。

「そんな事ないよ。ただでさえ大変だったのに、ここに何をおびき寄せると言うんだ? これから移動はするけど、ここでの作業は終わったよ」

「じゃあ、何で、オレたちを遠ざけようとしてんだよ?」

 疑い深い問いに、セイは苦笑した。

「念のために、あんたらが係わっている証拠がないか、確かめるためだよ。あんたたちがいたら、余計な物まで持って行く羽目になりそうだし」

 いつもならあり得ると、詰まってしまいそうな答えだが、葵は静かに若者を見返した。

「な、何だよ?」

「いや、お前って、変な奴だよな」

 正直な言葉に、セイは顔を顰めた。

「何だって?」

「普段は平然と物事を片付けるくせに、何でそういう時は、そんなに落ち着きがねえんだ?」

 目を見張った若者に、葵は唸って首を振った。

「いや、違うか。何で、まともな時には、そんなに、嘘が下手くそになるんだ?」

 何を言われているのか分からず、目を丸くしたままのセイに、葵はしみじみと続けた。

「素直になるのはいいんだが、笑顔で隠そうとすると、余計に怪しいぜ。そう言われた事、ねえのか?」

 姐御辺りなら、気づいていそうなんだがと男が呟いた時、ようやく若者が我に返った。

「何を、訳の分からない事を言ってるんだよ。大体、嘘なんかついてるつもりはないよ。あんたには、きちんと正直に話してるんだから、そっちも素直に聞いてくれないかな」

「そりゃ無理だ」

 心なし宥める口調での言葉に、葵は珍しいほどにきっぱりと返した。

「な、何で?」

 つい狼狽えてしまったセイに、男は険しい目を更に据わらせて答えた。

「お前の言うここってのは、今立ってるお前の足元の話だろうが。幅が狭すぎんだよ」

「……」

 黙っては負けだと分かっているが、セイは詰まってしまった。

 舌打ちしそうになる若者に、葵は真顔で言った。

「昔言ったよな。オレといる時くらいは、素直になれって」

「言われたけど、何百年前の話だよ? あんたは、その時は妻子持ちじゃなかった」

 言いながら、周囲に気を張ったセイを見守りながら、男は静かに返した。

「確かに、妻も子もいる。でもな、オレは、お前も蓮も、家族だと思ってるんだ」

 口を噤んで目を見張る若者に、一歩大股に近づき、何気ない動作で右手を出す。

 風を切った手刀がセイの横髪すれすれを掠り、その背後に無言で攫みかかった人影の顔に、まともに入る。

 若者の背後から忍び寄った大男が、目を潰されて喚きながら、数歩後退した。

「うちの奴らの事では役立たずだが、お前事なら、役に立つ自信があるぜ」

 振り返ってその様子を見たセイは、言い切った男の明るい笑顔を見返した。

「……」

「事情は聞かねえよ。オレや蓮が、どんな顔するのか、それを見るのが嫌だろ? なら、訊かねえ。だから、そんな面、蓮の前じゃ、すんじゃねえぞ」、

 顔を伏せてしまった若者の頭を、葵は明るい顔で軽く叩き、真顔になって問いかけた。

「これからオレは、お前の右腕代わりだ。そいつら、どうしてやればいい? 言ってみな」

 覗き込んだ黒い瞳に、意志の光が宿った。

「……身元が確かな部分だけ残して、後は、どうしてくれてもいい」

 顔を上げたセイは、微笑んでいた。

「ああいう舅だから、苦労してるんだろ? ここで思いっきり暴れてくれよ」

 見返した葵も笑いながら、答えた。

「そうさせてもらうぜ」

 頷いてから、再び若者の頭を軽く叩く。

「で、何事もなかったように、家に戻っちまおう。蓮も一緒にな」

 言い終わる頃には、その姿は後ろの方に迫った、二番手に向かっていた。

 胸の内をつかれて、しばし立ち尽くしたセイは、大きな声で笑いたい衝動を抑え、目を抑えたまま、自分に罵声を浴びせる大男を、再び振り返った。

「そうだな、戻るしか、ないか。これじゃあ、命を張る程のものじゃない」

 言った若者に激高して、襲い掛かる大男を一蹴し、周囲を見回した。

 命を張らずに済むのなら、人任せにすることもない。

 セイは、ここに来ているであろう者を、探そうと歩き出した。

 祖母の仇である、あの男を。

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