第6話
エンは、父親が大嫌いである。
今回は、確認したいことがあり、喫茶店を後にしてから今まで、その行方を追っていたのだが、見つけた時のその姿に、嫌悪を通り越して殺意を覚えてしまった。
「いいタイミングですね。今から、旦那を迎えに行くところなんです」
「迎え?」
エンと同じくらいの体格で、
「あなたが、迷惑でないのなら、そうしてもらった方がいいですが……いいんですか?」
時間短縮のためにはありがたいが、エン個人の用だ。
躊躇う男に、葉太は笑った。
「勿論ですよ。光栄です、旦那の息子さんと、お会いできるなんて」
気さくな物言いに、エンは甘える事にした。
だが、この状況を見る事になるのなら、少し待ってもよかったのではないのかと、つい考えた。
迎えに行った先は、その地の管轄の警察署だった。
葉太が受付の婦警に声をかけると、年かさの女が微笑んで奥へと引っ込んだ。
暫くして出て来た婦警は、エンが目を疑うような格好のカスミを、連れて戻って来た。
「小父さんっっ」
可愛らしく言いながら、カスミは葉太に飛びついた。
「怖かったよう」
「そ、そうか」
流石に、この反応には驚いたらしく、飛びつかれた男も少し焦って答える。
「お母さんが、病気になっちゃったの。知り合いの人はって訊かれたから、小父さんの名前を出しちゃった、御免ね」
「いいさ、大変だったな」
葉太はカスミの頭を撫で、一緒に来た婦警に頭を下げた。
「少し、事情を伺いたいのですが」
そう切り出された男は、固まってカスミを見下ろしているエンを見た。
「すみません、事務的な処理をしてきますので、ここをお願いします」
「あ、ああ」
小声での呼びかけに何とか頷き、男は父親を見下ろした。
いつもより、小さい。
小さいと言うより、幼い子供、だった。
小学生に上がっているかというくらいの、幼い男の子だ。
節操なく誰彼構わず化けて、周囲を驚かせるとは聞いていたが、これは確かに驚く。
固まったままのエンを見上げ、カスミはにっこりと笑った。
「どうした? まさか、むらっと来たのか? 子供好きも、度が過ぎてはいかんぞ」
「……」
驚きが覚め、一気に殺意が湧いた瞬間、である。
「やめて置け。ここで暴れると、流石に目立つぞ」
「分かってますよ。あなたは、何を、してるんですかっ?」
必死で殺意を抑えながら、エンは何とか、声を殺して問いかけた。
そんな息子に、いつもの真面目な声で答えた。
「この子の母親が、無計画に子を産むのを辞めんものでな、強制的に辞めさせたところだ」
深く聞かなくても、それだけの説明で何をしたのか分かるところが、カスミのすごいところだ。
見習おうとは、思わないが。
「相手を、死なせていないのなら、問題はないでしょう」
葉太も事後処理に、殺し迄付け足されては、後味が悪かろうと呟くエンに、カスミは小さく笑った。
「死なせてはいないが、私が係わるまでで、随分無計画に子を産んでは、死なせていたからな。生半可な方法では辞めさせられなかった。だから……」
「皆まで言わなくて、結構です。大方の予想はついてますから」
恐らくは、発狂させたのだろう。
死んだはずの子供が、家に帰ると何食わぬ顔で出迎えたら、誰でも恐ろしい。
何度、確実に死なせたと思っても、直ぐに戻ってくるとあっては、気が触れても仕方がない。
「最後は、隠さずに奇声を上げて、襲い掛かって来たぞ。お蔭で、隣の者が気づいて、警察に通報してくれた」
言わなくてもいいと言っているのに、こういうところは真面目な父親は説明した。
「で、どうした? お前が私を探すとは。お前も気が触れたのでは、なかろうな?」
「……訊きたいことがあって、来ました。すぐに帰ります」
一応、頼まれたので葉太が戻るまでは待つが、訊く事を訊いたら、すぐに立ち去るつもりだ。
一々、人を逆なでする言葉を探す男は、顔を逸らす息子を見上げ、待合のベンチに飛び乗った。
「立ったままでは怪しい、座れ。訊きたいこととは、何だ?」
カスミに促されて隣に座った男は、慌ただしい周囲を見ながら問いかけた。
「あなたの実家の周りが、騒がしくなっているのは、ご存知ですか?」
「ああ。父上から断りの連絡が入った。囮にお前の孫を使うから、一言言っておくと」
思わず、父親を見下ろしたエンを見返し、幼い子供は小さく笑った。
「蓮を囮に、大々的な罠を張り、一気に片を付けるそうだ。これでリヨウの介護も、かなり楽になるはずだ」
「反対、しなかったんですか?」
「する理由がない。狼は兎も角、あれを本当に、世に帰せたと知った時は、小躍りしそうになったぞ」
凌を巻き込まぬとクリスが決めた今、あのジジババを、どうにかできる腕を持つ者は、限られている。
名を呼ばずに、曖昧に話す父親の言葉を反芻し、エンは眉を寄せた。
「まだ、中学生の子供なのに、大丈夫なんですか?」
「生死に気遣わぬなら、大丈夫だろう」
「……」
大人になった水月も、凌より遥かに小柄だった。
「あれは、武器を持たせると一流で、叔父上ともいい喧嘩仲間だったが、体力の持続が出来ん。特にあの年齢では、短時間で事を済ませるなら問題ないが、連中の数によっては、共倒れもあるだろうな」
真面目に言ったカスミは、黙り込んだ息子を見上げた。
「訊きたいのは、それだけか?」
「……先程、その件を聞いたんですが、もしかしたら、隠し玉がいるかもしれないと。その隠し玉に、心当たりはないですか?」
「……」
エンを見上げたまま沈黙し、顔を逸らしながら小さく笑った。
「そうか、隠し玉か。それを使うのなら、水月も狼も、好きに暴れられるな」
「あなたは……どこまで知っていて、あの時、あの城を標的にしたんですか?」
顔を伏せた男の、抑えた声の問いは曖昧な語尾だったが、カスミはその意を察して、真面目に答えた。
「あの時にも言っただろう。叔父上の子供は、死んだと聞かされたと」
凌本人がその現場に向かい、その跡を見つけた。
女の母親の遺体は見つけたが、子供の残骸は残っていなかったと、叔父は報告して来た。
「だから、あの城に目を付けたのは、本当に偶然だ」
だからこそ、エンが足を洗うと寝言を言い始めた時、女が出来たのだと思ってしまったのだ。
「まさか、死んだと聞かされた子供が、あそこに匿われていたとは、しかも、あんなに元気だとは思わなかった」
どう元気だったかは、聞くまでもない。
絶好調だったはずのロンを、返り討ちにするほど、元気だったのだ。
「……あの数日前から、ようやく動いてくれるようになっていましたが、オレ一人だったら、きっと死なせていました」
助け出してから暫く、セイは全く動かなかった。
殆ど顔を伏せ、住まいの片隅で、座り込んでいた。
当時は、城での生活がひどいものだったからだと、思っていた。
幼かったセイが動き、話し出したのは、仕事の片づけを終え、ジャックが会いに来た時だった。
ようやく会えた孫を抱きしめ、ジャックはその無事を心から喜んだ。
抑えきれずに嗚咽を漏らす老人に、少年は初めて反応を返したのだ。
抱きしめられたまま首をめぐらし、老人の背中を見て、血の気のない口を開いた。
その時、初めて声を出したのだが、かすれた声の第一声は、謝罪だった。
何に対しての謝罪か、今なら分かる。
そしてエンは、八つ当たりとは分かっていても、やはり凌が許せなかった。
「一度、あの人の頭を、潰してしまってもいいですか?」
穏やかに呟くエンに、カスミは真面目に返した。
「私や蓮なら問題ないが、あの人だったら、間違いなく死ぬからやめて置け。それ以前に、そんな攻撃を、簡単に受ける人でもないが」
「分かっていますが、一度言ってみたかったんです。もう一つ、その罠を張った場所がどこかは、分かりますか?」
「聞いてはいないが、心当たりなら、ある。恐らくは、あの方向音痴の鬼の親族の、隠れ場所だ」
カスミはあっさりと答えて、直ぐに一つの地名を言った。
「今から行けば、朝方にはつくだろうが……いいのか?」
珍しく、父親が念を押した。
「何がですか?」
珍しい様子に目を瞬いたエンに、カスミは真面目に答えた。
「お前の弟子も、そこに向かっているはずだぞ」
「……」
男は目を見張ったが、すぐに笑った。
「流石だな、あの人は。オレの方が、殴られる覚悟がいりそうだ」
嬉しそうに笑う息子をしみじみと見て、カスミはおかしな奴だと、自分の事を棚に上げて呆れ返った。
夜中になって、携帯に連絡を入れてきた男は、うかつな話を平然と白状した挙句、言った。
「予定を繰り上げて、実行しろ」
「……寝ぼけてるんですか? そんなの、こちらの都合通りに行くはずが、ないでしょう」
告白にも呆れたが、その願いは無茶の一言だ。
朝方から、蓮が動くと計算したのは、クリスだ。
だからこそ、実行は昼過ぎになると、予定が立ったのだ。
それを、自分の口の軽さを棚に上げて、こちらの動きを早めろとは、無茶以外の何物でもない。
「都合よくいかせるのも、お前の腕の見せ所だ」
カスミと違う意味で面倒な相手だなと、セイが呆れる中、クリスは固い声で言い切った。
「何、お前が呼べば、直ぐに飛んで来るだろう」
「どこの、二次元の話ですか」
大体、蓮はまだ、こちらに向かってもいない時刻だ。
交番の前に、ひっそりと保護した者たちを置いて来たセイは、建物の傍に身を隠して様子を伺っていた。
これ以上、ああいう犠牲は出さないようにと見張っているのだが、クリスの無茶振りに強く反対する程、余裕は無かった。
「……何とか、早めてはみますけど、そちらでも、足止めお願いします」
「知らんのか? 私は、結界の類を張るのは、苦手だ」
ああいう器用な事が出来るくせに、同じような作業は苦手と来る。
折った腕を軽く振って眠気を散らしながら、若者はそれでも去らない疲れに、溜息を吐いた。
今、この人を相手に反発するより、朝になってから対処を考えた方が、上手くいく気がする。
「……分かりました、何とかします。その代わり、後の始末の方の段取り、確実にお願いします」
腹をくくって答えて電話を切ると、セイは大きく息を吐いた。
見張っている屋敷の中に、昼間はなかった人の気配があった。
どこに出かけていたのか、家の者が戻って来ているのだ。
夜には、煌々と炎を掲げ続け、士気を上げる習いだと聞いたが、狂気の間違いだろうと、話を聞いた時にも、思ったものだ。
思うだけで、それを感想として口走らなかったのは、自覚があるからだ。
幼い時の、あの光景の後から、感情が死にかかって、正気ではないと言う自覚が。
だから、クリスが告げた事態に、動揺などしないはずなのに、薬の影響か、考えがまとまらない。
蓮が動くのを早める事は、出来ない。
なら、来てしまう面々を、足止めする必要があるのだが、その方法が思い浮かばない。
顔を伏せて動揺を抑えながら、考え込むうちに、セイは立ったまま眠っていたらしい。
それに気づいたのは、突如走った激痛のせいだった。
思わず叫びそうになって、体を跳ね上げてしまった。
「……悪い、痛かったか?」
その声と共に、激痛が走る右腕を攫む者を、振り返った。
言葉が出てこない若者を見返しながら、その体から薬を抜いた蓮は、折れた右腕に添え木を当てている。
「どこで、こんな質の悪い薬、食らったんだ? 相変わらず、無茶な仕事ぶりだな」
呆れた声で言う蓮は、今まで見て来た若者とは、雰囲気が違った。
何が違うのか、黙ったまま見ていたセイはある事に気付いて、顔を強張らせる。
「蓮、あんた、髪……」
「ああ、お蔭で軽くて、浮いちまいそうだ」
軽く返す若者を、凝視してしまった。
そうだ。
昔自分は、夜行性の鬼たちを、夜、襲撃した。
理由は、全力の相手を、殲滅するためだ。
そうすることで、弱い相手の殲滅も気を病まずに出来、かつ卑怯な仕儀と、余計な遺恨を残さない事にも、つながる。
そう言う考えは、何も自分だけのものではない。
蓮も、同じ考えのはずで、何よりも髪を切ってのある試みは、炎が映える夜の方が、充分に効果がある。
見返したまま口を開けていたセイが、力なく座り込んだのを見て、蓮は驚いた。
「おい? お前らしくねえな、どうした?」
「何でもない。あんたが、ここに来るとは、思わなかったから……」
「口止め、したからか?」
若者が、うっすらと笑った。
「そりゃあ、悪かったな。あいつ、口が軽いんだ」
その言葉で、蓮がここに来るのが、意外に早かったことも納得できた。
「オレの方から、接触したんだ。蘇芳には、手出しすんなよ」
「……」
宥めるように言いながら、蓮の応急処置は早く正確だった。
「それに、今回は、お前が動く必要、ねえよ」
静かに言い、座り込んだセイの傍に膝をつく。
「本来は、オレがやるべきだったことだ。今までだらだらと、先延ばしにしちまってたせいで、お前まで巻き込んじまったな、すまねえ」
「別に、あんたのせいで、巻き込まれたわけじゃない」
そうとだけ何とか返すと、若者は蓮をじっくりと見た。
その表情に、思いつめている様子はないのが救いで、セイはそっと安堵した。
「メル婆さんには、絶縁を申し出た。お前に噛みついてくるかもしれねえが、上手く言っておいてくれ」
穏やかにも見えるその顔を見つめ、ふと微笑んでしまった。
「な、何だ?」
見下ろしていた蓮が、狼狽えて問うが、セイは黙って首を振る。
「何でもない。あんたが自分で動いて気が済むのなら、その方がいい。いつも、自分で進んで髪を切る時は、自棄になっているから、そう言う雰囲気でもないみたいで、安心した」
「今回は、その望みは叶わねえだろうな、まだ」
若者を見直したセイに、蓮は同じように微笑み返した。
「予想はついてんだろ? オレがやろうとしている事に?」
「ああ。あんたの望みからすると無駄な行為だけど、あいつらを完全に消すためなら、一番確実な方法だと言う事も」
静かに返したセイに頷き、蓮は静かに続けた。
「今はまだ、無駄になっちまうだろうな。だが、お前も気づいたんだろう? 成長したことで、理性が強くなった」
だからこそ、今、夜の暗さにも目立つ、あの屋敷の炎を遠目に見ても、平気なのだ。
それにも黙って頷く若者に、蓮は続けた。
「逆に、起きるまでに、時間がかかっちまうようになった」
怪我の治りは変わらないが、意識を取り戻すまでに、少し間があるようになった。
昔は、それこそセイが踏みつけてもすぐに起き上がり、文句を言うまでに回復していたというのに、不思議な変化だった。
「だからな、今更だが、変な期待をしちまってんだよ」
「……」
蓮の父親と伯母は、カスミと同じく怪我の治りが早いが、蓮ほどではないと聞いた。
エンも同じような感じで、神経が壊死してしまうと、どちらにしても治らなくなると言うのも、立証されていた。
ならば、何かの拍子で、今は無駄な望みでも受け入れられる体になる事も、あるかもしれない。
「そう、か。だから、メルと、絶縁することに、したんだな?」
別れる事で、どこで消えても、分からない存在となる。
「その為には、私とも、絶縁しないといけないわけだ」
「お前がここを調べたと聞いて、ここで会えるかもしれねえとは、思ってた。お前とは、面と向かって、挨拶しときかったんだ」
続けそうな言葉を、蓮は飲み込んでセイを見つめた。
見返す若者の目は、いつもより感情を見せていた。
「お前には、世話になったが、最期を看取らせる気は、ねえ。それに、ここだけは、人任せにするわけには、いかねえ。早くここから離れろ」
顔を伏せたセイの肩に、手を伸ばそうとして、若者は躊躇った。
代わりに、その頭を軽く叩いて、立ち上がる。
「じゃあな、元気でな」
これが本当に、最後の顔合わせとなる。
唇をかみしめながら踵を返し、そのまま歩き出した蓮の背に、声が投げかけられた。
「あんた、馬鹿なのか?」
「は?」
振り返った蓮を見返した若者の目は、いつもと同じように感情を消していた。
「私が、ここの連中を、どうにかするためにここに来ていると、本気で思ってるのか?」
言いながら、セイは微笑んだ。
先程の笑顔とは違い、どんな敵の心臓をも、鷲掴みにできる綺麗な笑顔だ。
「私は、別な仕事で、偶々ここに来ているんだよ。ついでに、あの屋敷の様子を見てはいたけど、あんたがあそこを片付けるのなら、その方が無駄な体力を使わない分、有難いよ」
「そ、そうかよ」
「それに、世話をされたのは、私だって同じだ。今回が最後なら、今日の件だけは、見守らせてくれても、いいんじゃないのか? 私には、あんたを看取る資格なんかないけど、それくらいはさせてもらっても、罰は当たらないくらいには、親しいつもりなんだけど」
これで拒否されるのは、仕方がないと思っている。
だが、これが最後の顔合わせなのなら、怒った顔でもいいから、思い出せる顔を焼き付けておきたかった。
何故、そんな考えが湧いたのかは、セイにも分からないが、目を見張った若者の顔は、まだ十分に夜目でも確認できた。
「知ってるだろ?」
黙って見降ろす蓮の目を見返しながら、間が持たずにどうでもいい言葉を並べた。
「私は、守られて喜ぶほど、弱くない。でも、もう会えないと分かっている大切な人を、ここに残して立ち去れるほど、強くもない」
目が泳ぐ若者に構わず、セイはきっぱりと言い切った。
「だから、見守るぐらいは、許してくれ」
唐突に、視界が遮られた。
いつの間にか、自分位に成長した若者に、座ったまま抱きすくめられていたのだ。
思わず左手が、その体にしがみ付きそうになり、セイは体を強張らせた。
この手が攫んでしまったら、完全に引き留めてしまう。
そんな若者の様子に、蓮が慌てて身を離す。
「わ、悪い、怪我に触っちまうな」
そう、誤解してくれた若者に、セイは黙って首を振った。
不自然に思われる前に、声を絞り出す。
「目が、覚めて有難いよ。最近、忙しすぎて、よく眠れてないから」
「そう、か」
ぎこちなく返して、蓮は咳払いした。
「そんな状況なのに、見守ってくれるってのか。どんだけ人がいいんだよ」
乱暴に言ってから、再び若者を真っすぐ見た。
「そこまで言ってくれるのなら、今回までは、いつもの奴、頼むな」
「ああ」
頷く二人の若者はしばし見つめ合って、蓮が再び立ち上がった。
今度は、黙ったまま踵を返し、直ぐに姿を隠した。
それを見送り、溜息を吐いたセイの背に、突然おどろおどろしい声が投げられた。
「……許さんぞ、あのガキ。人の可愛い子供に、何て邪な……」
「落ち着け。というより、あれだけか? もう少しいい雰囲気になっても、よかったんじゃないのか?」
ウルが地を這うような声で言う声に続き、水月が真面目に感想を述べ、ぎくしゃくと振り返って、座ったまま固まったセイに、笑いかけた。
「中々、可愛らしい関係だな」
「……」
そんな二人の傍で、もう一人の男が、潤んだ目で若者を見ていた。
「お前、過去の事だなんて、嘘つきやがって。誰が反対してもな、オレはお前らの味方だぞ」
何のことを言っている、や、どうしてここに、という疑問は、まだ言葉に出来ない程に驚いているセイに、水月が代表して説明した。
「この坊や、この屋敷に様子を見に行きたいと思って、迷ったらしくてな、オレたちも様子見も兼ねて、行ってみようと言う事で、話がまとまったのだ」
「そう、ですか。まさか、侵入までは、考えてないですよね?」
「勿論だ。まあ、それだけではつまらんと思ってはいたが。代わりにいいものを見せてもらって、良かった。青春だな」
妙に、意味深な笑顔の水月と、
「セイ、あいつは許さんぞ。カスミの旦那の孫だぞっ?」
妙に父親の顔で頑固に言い切るウル、そして、そんな大男に妙に力を込めて、何かを説得している葵を見比べ、セイはこの出羽ガメ三人組の前で、話してしまった会話を思い出してみたが……何が、この三人に意味不明な盛り上がり方をさせたのか、全く分からなかった。
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