第2話

 時間が合わないな。

 ロンはつい、溜息を吐いてから、隣の男に嘆いた。

「避けられてるのかしら? また、お仕事ですって」

「年末年始に会えるんですから、そう嘆かずとも」

 対する大男は、困った顔だ。

 いや、無表情なので傍から見ると素っ気なく見えるだろうが、子供の頃から男を知るロンは、大男になったゼツが、避けている若者と男との間で、板挟みになっているこの状況に、困り切っているのが分かる。

 分かるがつい、もれてしまう嘆きは止められない。

 今回は、随分前から、非番の日を若者に知らせていた。

 突発な急ぎの仕事が入らなければ、若者の方も空いていると言われていたのだが、直前の今になって仕事が入ったのだ。

 しかも、かなり急を要するらしく、

「無理になった」

 そんな無感情な声での伝言が、入っていただけだった。

「普通、もう少し申し訳ない風な伝言を残すでしょう? というより、直接断りを入れてくれても、いいじゃないのよ」

 言いながら、本当に情けない気持ちになって来る。

 自分は邪魔なのか、そんな気持ちが湧いて来た。

「……あの人は、邪魔とか、そう言う気持ちはないはずです。ただ、気にしていないだけで」

「……それも、傷つくんだけど」

 話題の主は、見方によっては十代の後半に見える若者だ。

 この国の男としても小柄な部類になってしまった若者は、男女ともに色目を使われる危険があるほど、整った顔立ちをしているのだが、どうもその手の話を理解する力に疎いらしく、それが気がかりな要因の一つだ。

 他にもいくつか気になる事はあるのだが、頻繁に立ち寄る男を、最近では露骨に顔を顰めて、迎えるようになった。

「変な事に巻き込まれて、怪我とかしてないなら、いいんだけど」

 一番気がかりなのはそれだが、性格がそうさせるのか昔からの生業がそうさせるのか、必要以上に負傷を表に出さない。

 だからこそ、今日は鼻の利く者と共に訪ね、隙をついて調べてみようと思ったのだ。

 まさか、気づかれたのかとも思うが、そこまで勘は鋭い子ではない。

 心配が尽きない男をしんみりと見つつ、ゼツは無表情に声をかけた。

「また、別な機会にすると言う事で、いいですか?」

 溜息をつきながら、ロンも頷く。

「そうするしかないわね。あなたの言う通り、年末が近いし。年末年始の集まりの時にでも、気にかけてみてくれる?」

 言いながら、二人は進路変更して歩き出した。

 今日はどちらも非番で、セイに会う以外にはさしたる用はない。

 こういう機会でないと滅多に会わなくなった二人は、手持無沙汰を解消するため、手近な場所を探し始めた。

 この近くに、顔見知りの経営する喫茶店があるにはあるが、正直そこには、足を踏み入れたくない。

 大昔の自分を知る男がいるそこに、好き好んでいくつもりはロンにはないし、ゼツの方は自分が一度は手にかけた相手など、見たくもない。

 だから、その店の前を横切っても、見向きもしなかった。

 そこである女に、気軽に声をかけられなければ、二人共足を止める事すら、しなかったはずだった。

「あれ? あの人、兄弟子さんじゃない?」

 ゆるゆるとした、女の声が、隣の男に話しかけている。

「ん? あ、本当だ。おーい。……何だったっけ、名前は?」

 男の方は呼びかけたものの、名前を思い出せずに小さく唸る。

「確か……にょろにょろ系の、名前だったはずだよ、えっと……」

 女の方も少し考えて、手を打って明るく声をかけた。

「みみずさん、こんにちはっっ」

 誰の事だ?

 と、ゼツが思わず振り返ると、声が聞こえた時から立ち止まってしまっていたロンが、大袈裟に溜息を吐いた。

「にょろにょろな所しか、合ってないじゃないのよっ」

 思わず小さく毒づいてから、男は振り返りながら笑いかけた。

「妙な所で、会いますね」

 近づいて来た男女は、それぞれ印象的な美形だった。

 背広姿の男は、自分達より小柄ながらも、やり手の社長然とした風貌で、初対面の大男を無言で見上げている。

「うん、叔父さんがね、私に話があるって。大丈夫って言ったのに、この子までついてきちゃったんだ」

 女の方も、小柄で背も低いが、身のこなしには隙がない。

 女はロンに答えてから、隣の大男を見上げた。

「このイケメンさんは?」

 ゆったりと問いながら見る目は、色のあるものではない方の物色に見えた。

 問われた男は少し考えてから、慎重に答えた。

「知り合いの、息子です」

「……初めまして、ゼツと言います」

 簡単な紹介を受けて、大男も簡単に名乗る。

 名乗りながら、ロンを見下ろした。

 突然、知り合いが現れて戸惑っているようだが、ゼツの方も戸惑っていた。

 一つのピースが嵌まっただけだと言うのに、真実が次々と明るみになった。

 女と、その後ろで無言のままの男。

 よく知っている者の血筋が、にじみ出ていた。

 その上……その血を、継承したはずの者も、浮き彫りになっていた。

「カ・シュウレイ。こっちはセキレイ。これでも、一応は双子なんだよ」

「そうなのですか……」

 説明されてもそうとしか返せない大男に、シュウレイと名乗った女は不思議そうな顔を見上げ、それから思い出したようにロンを見た。

「みみずさんも、叔父さんに呼ばれたの?」

「いいえ、ちょっと野暮用で、この辺りを歩いていただけです」

 名前を訂正する気がない男は、早く話を切り上げるつもりで、曖昧に答えた。

「そうなんだ。あなたも呼ばれているのなら、前もって用が分かるかなって思ったんだけど……あの人、偶に突拍子もない話を始めるから、びっくりするんだよね」

「……オレは、姉上の答えの方に、いつも驚くが」

 セキレイが、小さく呟いてから、気を取り直して言った。

「聞いてみれば分かるだろう? 早く済ませて帰ろう。仕事が山積みなんだ」

「だから、来なくていいって言ったのに」

「その店に、呼ばれたんですか?」

 ロンは、動こうとしない姉弟に、あり得ないと思いつつも問うと、シュウレイはあっさりと頷いた。

「この中で待ってるから、勝手に入って来いって言われたんだけど、本当にいいのかな? 準備中って、閉店してるって事と、同じ意味なんでしょう?」

「……本当に、叔父上が、ここで?」

 耳を疑い、目を剝いた男に、姉弟は顔を見合わせてから、女が再び声をかけた。

「どうしてそんなに驚くの、ロンさん?」

 目を瞬いたゼツに構わず、ロンは真顔で答えた。

「叔父上が、ここを訪れるのは、マスターを亡き者にする時だけだと、そう思っていたんですが」

「亡き者?」

「それは穏やかじゃないが……じゃあ何か? 姉上は、証拠の隠滅に、呼ばれたのか?」

 再び、顔を見合わせる姉弟の会話も、行き過ぎだ。

「それ位は、ご自分でするはずです。尻拭いを、人に任せる方じゃないですから」

 蚊帳の外ながら、ゼツの耳にも、穏やかではない話だ。

 あの父を恨んでいるのは、自分だけだと思っていた。

 本能云々以前に、嫌われやすい男だったのかもしれないと、一人で納得していると、準備中の喫茶店の扉が開き、男が外に顔を出した。

 ゼツよりは小さいが、長身の見目のいい銀髪の男だ。

「叔父上」

 ロンも驚いて目を丸くしたが、隣のゼツも仰天した。

 仰天し過ぎて、傍の姉弟に不審がられたほどだ。

「お前、どうした、こんな所に?」

「それは、こちらの台詞です。どうして、その店に?」

 ロンと同じくらいの背丈の男は、驚いている甥っ子に笑って見せた。

「落ち着いて内輪話が出来る場所が、ここしかなかったんだ」

「内輪話?」

 一瞬考えて青褪め、男は叔父に近づいた。

「まさか、本当に、今更あの狼を、亡き者に?」

「お前な、それは本当に、今更だろうが」

 男は苦笑して、手を軽く振った。

「内輪は内輪だが、そっちの内輪じゃない。大体、あいつは今留守だ。亡き者にしようにも、いないんじゃできないだろうが」

 そうしたい気持ちは、あるようだ。

 だが、否定された事でひとまずほっとして、改めて問いかける。

「内輪とは、どんな内輪なんですか? いえ、差し支えるなら、無理に尋ねませんが……」

 カスミの娘をわざわざ呼び出す用なら、余程の事だろうとロンが躊躇いながら問うと、男は少し考えて真顔になった。

「そうだな、お前にも話しておくか。どちらかと言うと、お前の方の係わりが深いからな」

 その前置きで、胸騒ぎがあったが、その気持ちを理解しながらも、凌は告げた。

「兄が、動き始めた」

「……」

 ロンは、目を見開いただけだったが、傍で聞いていたシュウレイが反応した。

「いつ?」

「恐らくは昨夜以前だ。見張りが気づいたのが、昨夜だったらしい」

「どこに行ったのかは?」

 食いつく女に、凌は宥めるように答えた。

「特定不能だ。特定できても、吐く気はない。お前や……」

 シュウレイから甥っ子の方に目を向け、男は続けた。

「そいつにだけは、な。無駄死にさせるために、これを話す訳ではない。特にシュウレイ、お前に来てもらった理由は、兄貴の思惑が何処にあるのか特定するための材料が、乏しかったせいだ。お前と、お前を保護した奴の話を、もう一度聞きたい」

 そう切り出してから、舌打ちした。

「オレも、まだ動揺しているようだな。お前に、話すべきではなかったと言うのに」

 呟いて見た先には、立ち尽くしている男がいる。

「お前には、落ち着けと言う方が無理な位、口にするべきではない話題だと、分かっていたはずなんだがな」

「……何を言うんですか。教えて下さって、感謝します。軟禁と言う名の、保護をされていた場から、奴らが出て来たのなら、何をされても文句は言わないと、そう言う事ですよね?」

 やんわりと、ゼツが今まで見た事もない笑顔で、ロンが言った。

「なら、誰よりも早く、あいつだけでも、見つけてやりますよ」

 幸い、今日は重要な用はない。

 そう言い切って、その場を去ろうとする男の前に、ゼツが立ち塞がった。

「どこに行くんですか、話が、全く見えないんですが」

「見えなくてもいいわ。あなたには、係わりない事だから」

 久しく、そんな気配を受けた事がなかったせいか、男から発せられるぴりつく空気が、妙に痛い。

「冷静さを欠いたら、見つかるものも見つからず、出来ることも出来ないと、あなたが言っていたんじゃないですか。目の前であなたにそれを破られては、こちらとしては止めるしかないでしょう?」

 無表情に諭す大男に、ロンはやんわりと言った。

「力づくで、止めてみる?」

 ゼツが答える前に、凌が答えた。

「そうだな、それしかないか」

 言った時には、勝負はついていた。

 振り返るどころか、気配を察する間すら与えず、男は一瞬でロンの意識を奪っていた。

 首に手刀を受けて、声もなく崩れる体を支え、凌はようやくゼツに声をかけた。

「すまんが、お前の父親の店を、貸し切らせてもらっている」

 知り合いが呆気なく沈んだことに、呆然としてしまっていた男が、その声に我に返り答えた。

「構いません、何なら、本当に亡き者にしてくださっても」

「そうか。そうだったな。お前さんも、あいつには苦労したんだったな」

「いいえ。あなたの方も、随分ひどい目に合ったと、聞いています」

 八つ当たりで、怒りの矛先を向けられても、仕方ない。

 そう思える相手だった。

 身ごもった女を、子供ごと連れ去った男の息子は、連れ攫われた子供の父親に、深々と頭を下げていた。

「やめろやめろ、あいつの責は、あいつのみの責だ。お前には全く恨みは抱かない。だから、頭を下げるだけ、無駄だぞ」

 凌は笑って首を振った。

「それよりも、少しでも多くの意見が欲しい。実は、この件には、お前の親父もかかわっている。あいつの息子として、という言い方は嫌だろうが、こちらは、藁でも攫みたい気持ちなんだ。話を聞いてくれるか?」 

 下手に出た頼みに、ゼツは興味を覚え、つい頷いてしまった。

 ある一族の深い闇を知る事で、深く後悔することになるとは、思いもよらなかったのだった。


 東京よりは木々が多く、山に囲まれているその土地は、治安が悪いようだった。

 昔はそう感じなかったと言うより、自分の事をよく知る者が多く、幼い頃より遠巻きにされるだけだったのだが、やはり童顔は舐められやすいらしい。

 しかも、今の水月は十代前半と幼い。

 そんな子供に金をたかって、よく悪ぶっていられるものだと、水月は内心苦笑いしながらも、駅で待ち合わせ中に絡んで来た、高校生ぐらいの若者たちに怯えて、身を縮ませる風を装っていた。

「ぼ、僕、お金なんか持ってません」

 泣きそうな声を作りながらも、どう切り抜けようかと迷い、待ち人の影を探す。

 あまり、長くはもたない。

 こういう、薄ら笑いを浮かべる男たちは、鳥肌が立つほどに嫌いなのだ。

 だが、ここで問題を起こすと、完全に保護者に捕まってしまう。

 身を縮めながら、目だけは周囲を見回していた少年の背中から、男が声をかけた。

「おい、お前ら、この辺りの、学校の生徒か?」

 強面の声が、水月を取り巻いていた若者たちをビビらせ、背筋を伸ばさせた。

「どうなんだ? そうなのか、違うのか?」

 振り返ると、大柄の強面の男が、目を据わらせて高校生たちを見下ろしている。

 どすの利いたその声に、高校生たちは無言で首を頷かせる。

「ほう、じゃあ、この辺りが何処なのか、よく分かってるはずだな?」

 更に目を据わらせて問う男に、高校生たちは悲鳴を上げた。

「す、すみませんっ」

「し、知らなかったんですう」

 急に謝りだし、若者たちは一目散に逃げ出した。

「お、おいっ、待て……」

 男が追いすがるが、若者たちは振り返らず走り去ってしまった。

 逃げ足は、速いな。

 水月は、それに感心しながら立ち尽くしてしまったが、男の方は唖然と見送った後、大きな溜息を吐いた。

「地元の学生なら、交番くらい教えてくれよ……」

 呟きが耳に入り、男を振り返ると、その強面の男はしょんぼりと肩を落とし、ベンチに座り込んだ。

「……」

 どこかで、見た顔だな……。

 首を傾げて凝視する水月に気付き、男は顔を上げて言った。

「何だよ、お前も迷子か? 悪いがな、オレもこの辺は特に分からねえ。道聞くなら、交番行け」

 今、その交番にもたどり着けないと、嘆いていなかったか?

 しかも特に、と付け加えたと言う事は、他の所の道も、分からないと暗に言っているように聞こえた。

 睨むように見る目は、心なしか潤んでいるように見える。

 その目を見つめ、水月は思い出した。

「お前、狼の娘の、旦那か?」

「へ?」

 目を丸くした男に、水月は中学生の皮を脱ぎ、自前の笑顔で続けた。

「久しぶりだなあ、ああ、分からないか? 無理もない、お前と会ったのは、まだこんなに小さかった時、だったもんなあ」

 自分の腰当たりの高さを手で示しながら、あっけらかんと言った少年を凝視し、大柄の男は慎重に敬語で尋ねた。

「そんなガキの頃のオレを、知ってるんですか?」

「何を言ってるんだ、オレがこの位の、五歳くらいだった時だ。覚えていないか?」

 目が真ん丸となったまま、戻らない。

 説明が雑過ぎかとも思うが、知り合いならば気楽に話せると、水月は切り出した。

「お前、何でここにいるんだ? 狼男について来たわけじゃ、ないんだろう?」

 少年が誰かは思い出せないが、狼男と差される男は分かる大男は、まだ目を見張ったまま首を振って答えた。

「出張で、出て来ただけです」

「そうか」

「あの、親父さんが、ここに来ているんですか?」

 改めて訊かれ、水月は少し考えて答えた。

「これから待ち合わせる予定だ。ちょっくら、野暮用でな」

「そうですか」

「もしかして、その出張先が、分からんのか?」

「そうなんですっ」

 尋ねると男は勢いよく頷いた。

「ここに行きたいんですけど、降りる駅を間違えたようで……」

 メモ紙を見せられたが、まだ地理に疎い少年は、眉を寄せて首を振った。

「悪いが、まだそう言う地図は、見慣れていなくてな、よく分からんのだ」

「そう、ですか」

 また沈み込む気配に、水月は慌てて続けた。

「オレが待っている奴なら、きっとよく分かるはずだ。そいつに訊いてみよう」

「本当ですか、有難うございますっ」

 縋り付きそうな勢いで手を攫まれ、新鮮な気持ちになりながら、少年は時計を一瞥した。

 そろそろ、案内してくれる者が、現れるはずなのだが……。

 周囲に目線を流すと、高校生たちが走り去った方向の歩道に、誰かが立ち尽くしていた。

 天然物の薄色の金髪の、十代後半の若者だ。

 小柄なその若者は、水月の手を握って感激する男を見て、驚いているようだ。

「時間通りだな」

 気楽に手を振った、少年の視線を追った男が、若者に気付いた。

 顔が輝く、という表現はここで使うのだと、水月が感じるくらい、男の顔が明るくなった。

 勢いよく若者に走り寄り、大男は跳ね飛ばしそうな勢いて、小柄な体に抱き着いた。

 驚きすぎて、まともにそれを受けた若者が、我に返る。

「な、何で、あんたがここにいるんだよっ」

「良かったあ、お前がいるなら、直ぐにここが何処か、分かるっっ」

「はあ? まさか、また迷ってたのかっ?」

 頷きながらも顔を上げない大男に、若者はつい空を仰いだ。

「よりによって、何でここに、迷い出るんだっ」

「あのな、こことここを目指してきて、まずはこっちからと思って、出て来たんだけどよ、迷っちまったらしいんだ」

 水月に見せたメモ紙を見せながら、大男が若者に任せるさまは、妙に愛らしく見える。

 若者は、そのメモ紙を見下ろし、大男を見上げた。

「これ、誰の情報だ?」

「ん?」

 無感情に問われ、なぜかぎくりとした男に、若者は目を細めた。

「あんた、ここに行って、どうする気だったんだ?」

「い、いや、何もしねえよ。この地の事件が、気になったんだ、それで……」

「……そうか。ここに行くなら、乗る列車を、間違ったんじゃないのか?」

 あっさりと返して、説明を始める若者に、今度は男が違和感を覚えたようだ。

「セイ、お前も、ここの情報、知ってんのか?」

「ああ、一応は。調査段階だから、あんたに触られたくないんだけどね」

 若干、冷ややかに答えられ、男が詰まる。

 その間に若者は、メモ紙に素早く、何かを書き込んだ。

「分からなかったら、駅員捕まえて訊いてくれ。あと、乗り換えも多いから、この路線名と駅名を確認して行けよ」

 矢継ぎ早に説明してメモ紙を返すと、男は受け取らず若者を凝視した。

「な、何だよ?」

「怪しい」

「あんたが、言うか?」

 眉を寄せるセイに構わず、男は真顔で言った。

「ここの場所の話か? この道順は? 騙してんじゃねえよな?」

「私は、あんたを騙さない。本当に、ここに行く道順だよ」

 きっぱり言い切った若者に、大男は少し考えこみ、また目を細めた。

「じゃあ、こっちは、どう行けばいいんだ?」

 メモ紙を指さして問う男に、セイは溜息を吐いて答えた。

「……葵さん、高望みはやめろよ。一つの所をまず調べて、その後、そっちに行けばいい。その時に教えるから」

 葵と呼ばれた男の目が、光ったように見えた。

「このやろ、こっちの所在は、ここなんだなっ?」

 水月が見守る前で、セイが再び空を仰いだ。

「つまり、こっちに、あいつらの隠れ家があるんだな、そうだなっ?」

「何で、そう言う所は鋭いんだよ、あんたはっ」

 思わず地で叫んでしまう若者に、葵は真顔で詰め寄った。

「まさか、オレはのけ者にする気だったんじゃねえよな? もう、あんな醜態は晒さねえから、落とし前をつけさせろ」

「そういうつもりで、ここに来てるんじゃないんだよ。それに、あの件はあれで終わってる。私は係る気はない」

「なら、どういう心算で、ここにいるんだっ?」

 さっきとの雰囲気の差が、すごいな。

 水月は、一人感心した。

 さっきは、迷い犬の様な落ち着きのなさがあったが、今はそれが消えて見た目通り恐ろしい雰囲気がある。

 だが、対する方は、そんな男に臆する様子もなく答えた。

「あんたに話せるような、安い事情じゃない」

 無感情に言い、セイはようやく水月を見た。

「お待たせしました、行きましょう」

「おいっ」

「……狼の方も、もう来てるのか?」

 追いすがって来る男を綺麗に無視して、セイは少年に答えた。

「山中で夜を過ごすと、言っていました。この後、どうしますか? 一日程空いていますが」

「お前さんは、どうするんだ?」

 ぎりぎりの時間設定でも大丈夫と、繋ぎを取った時に言われたが、多少のゆとりは欲しいと、一日前に出て来た。

 それでも、ちゃんとこの地で待っていてくれた若者は、自分を待つ間に何かやっていたらしい。

「手伝えることなら、手伝うぞ」

「いえ、それには及びません」

 セイは水月に首を振り、続けた。

「あなたは、少しでも体力の温存をしていてください」

「だがお前、眠そうだぞ?」

「気になることを調べていたもので。ですが、それも、何とかなりそうです。あなた方の動きには、触らないと思います」

 言い切った若者は、それ以上その事で問答する気はない様だ。

 水月も、一応納得して、頷きながら後ろを一瞥した。

 無視された男は、全く諦めていないから、そちらを経由して、動かせてもらおう。

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