第14話 葉月の目標

葉月が帰ってきた。地球に帰ってきたのは、十年ぶりだ。

俺は思わず葉月を抱きしめて、その場で泣いていた。


「えっ?こ、こうちゃん。ちょ、ちょっと……!!く、苦しいよ……。えっ?何?どうしたの?泣いてるの?」


葉月が帰ってきた日。あの日は、本当に嬉しかった。

もう帰ってこないんじゃないかと思っていた。

でも葉月は帰ってきた。

それが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。


あれから一カ月が経った。

俺は、仕事が終わると毎日葉月の様子を見に行った。

心配していた葉月の体調は、全く問題なく、普通の生活を送れている。

本当に良かった。本当に治ったんだ。

今日は仕事が休み。

隣にある葉月の家へと行った。

葉月の家のインターホンのチャイムを鳴らさず、そのまま大声を出す。


「葉月。いるか?」

「いるよー。上がってー」


俺はその声を聴いたら、家の中へと上がって葉月の部屋に向かった。


「こうちゃん。丁度良いところにきたね」

「丁度いい?何が?」

「こうちゃんに言おう言おうと思ってた事があったんだけど、準備に一カ月もかかったんだよ。だから今日発表」

「何だよ」

「これを見て!」


葉月が右手の人差し指を向けた方向には、机がある。

その机の上には、ノートパソコンがあった。


「ん?パソコン買ったのか?」

「イエス!」

「へぇ。しかも最新型か。高かっただろう」

「ふふふ。お金の心配は大丈夫。ダイヤを売ったからね」

「ダイヤ?お前、そんなもの持ってたっけ?」

「ソフィアと一緒に惑星旅行に行った時、ダイヤモンド星でダイヤを削って持って帰ってきたんだよ。だからそれを売ったらパソコン買うくらいのお金は、余裕で出来たんだよ」

「ダイヤモンド星?そんな星があるのか……。それでそのパソコンでネットサーフィンでもするのか?」

「違うよ。もっと別の事」

「何するんだ?」

「あたしね…‥‥。小説を書こうと思っているの」

「小説?」

「高校も中退だし、バイトで生活するって方法もあるけど……。あたしみたいな宇宙を旅してきた経験なんて、他の人には出来ない経験じゃん。だからそれを活かせるかなって思って。皆に伝えたい面白い話がいっぱいあるんだ」

「なるほど……。それで小説を書くためのパソコンか……」


葉月は立ち上がると、机の上にあるノートパソコンの電源を入れた。


「実はね。それでこの一カ月をかけて、まずひとつ作品を書いてみたんだけど……」

「どれどれ」


ノートパソコンの画面を見る。


「滅びのソフィア……?」

「そう。滅びのソフィア。ソフィアの恋愛物なの。ノンフィクションだよ」

「ソフィアさんの恋愛物か。読んでもいいか?」

「いいよ」


俺は、葉月が書いた滅びのソフィアを読んだ。

そこには、ソフィアさんの操縦する宇宙船が隕石にぶつかって遭難したところを、マスクさんが、戦闘用の宇宙船に乗って助けにやってくる話が書かれていた。


「……これ実話なのか?」

「そうだよ。どうだった?」

「なかなか面白かった。続きが気になるな」

「まだまだ完成には、程遠いんだけどね。もっと推敲の余地があるんだよね。それでね、あたしの今の目標は、この滅びのソフィアをSF小説コンテストに応募する事なの」

「そうなのか。頑張れよ」

「うん。頑張る。完成したら続き読ませてあげるね」


そんな事があってから、更に二ヶ月が経過した。

俺は、仕事が休みになったので、また葉月の家に行った。

庭で洗濯物を干している葉月のお母さんに話しかけられた。


「あら、こうちゃん。今日も葉月の様子見に来てくれたの?」

「おばちゃん。葉月は?部屋で小説書いてるの?」

「そうみたい。部屋にいるから上がって」

「ありがとう。お邪魔します」


俺は、葉月の部屋の前に来てドアをノックした。


「葉月。いるか?」

「いるよ。入って」


ドアを開けると、椅子に座ってノートパソコンで小説を書いている葉月の姿が目に入った。


「滅びのソフィアは完成したのか?」

「うん。無事に完成。小説コンテストにも応募した。今は次の作品を書いてるの」

「次の作品は、どんな話なんだ?」

「アルファ星のお母さん。……マリアさんの話を書いてるの」

「そうか……。ん……?」

「何?」

「そういえば小説のコンテストに応募するって事は、ペンネームが必要になるんじゃないか?」

「そうだね」

「どんなペンネームにしたんだよ?」

「緑田葉月」

「緑田……。俺の名字じゃないか」

「だってこうちゃん。あたしにプロポーズしたじゃん。後々の事を考えると、緑田葉月になるんでしょ」

「えっ……。ああ……まあ……」


さらっと言う葉月に、俺は戸惑っていた。

そういえば十年前にプロポーズの言葉のようなものを言ったような気がする……。


「それに白石葉月よりも緑田葉月の方が、なんか小説家っぽいんだもん」

「そ、そうなのか……?」

「そうだよ」

「わ、わからん……」

「それでいつ結婚してくれるの?」

「ええ……!?ああ……。うー……ん、そうだな。色々準備が必要だから、それは待ってくれ」

「男は大変だね。あたしも二十六なんだよ?でもなるべく早くしてよね!」

「あっ……ああ……」


そのニヶ月後、俺は葉月にプロポーズして結婚した。

こうして小説家志望のペンネーム緑田葉月は、本名も緑田葉月となった。

そして更に一カ月後、葉月の元に一本の電話がかかってきた。


「えっ!!本当ですか!?ありがとうございます!!はい!分かりました!」


葉月が応募したSF小説コンテストで滅びのソフィアが入賞して出版化が決定した。その後、トントン拍子に話は進んでいき、無事に滅びのソフィアが書店に並んだ。


そして滅びのソフィアは、口コミから徐々に広がっていき、大ヒットを記録した。

デビュー作品からあっという間に、緑田葉月の名前が世に知られる結果となった。


「こうちゃんこうちゃん。テレビの取材の仕事が来たよ」

「マ、マジか……。本当に凄いヒットだな……。インタビューは何を聞かれるんだ?」

「滅びのソフィアの誕生のきっかけとか次回作の事だね。でもそこだけは、世間の人に嘘をつかなきゃダメだよね……」

「ま、まあ……。本当はノンフィクションだけどSFだもんな。十年間、違う星にいましたって言っても信じてもらえないだろう」


そして小説家、緑田葉月へのインタビューが始まった。

スタジオの端っこで見ている俺まで緊張してきた。


「滅びのソフィアが生まれたきっかけを教えてください」

「ええっと……ソフィアは、私の友達がモデルになっています。その子が海外旅行に行っていて、その時に荷物を盗まれてしまったんです。言葉も通じない国で心細くて一人ぼっちで泣いていたそうです。でも親切な外国人の男性が声をかけてくれて、大使館まで連れて行ってくれたんです。その話を聞いて、ソフィアというキャラクターが誕生しました」

「なるほど。それが滅びのソフィアに繋がっていくんですね。大ヒットを記録する滅びのソフィアですが、映像作品になる事に関して、どのように感じていますか?」

「もう楽しみで仕方ないですね。好きな俳優さんに会う事もできたし、それに主題歌の―――」

「次回作のマリアは、どのような話になるのでしょうか?」

「戦争中の時代に自分が妊娠している事が分かったマリアが、お腹の中の子供を守る為にやむを得ず、別の星に自分の子供を転移させる話になっています。母と子の絆の物語です」


葉月へのテレビの取材が終わった。


「ふぅー!!終わったあー!!緊張したー!!」

「おつかれ、葉月。なかなか良かったぞ。スターみたいだ。いや、本当にスターか。まさかこんなにあっという間に有名小説家になってしまうとはな」

「えへへ。なんか照れちゃうなぁ」


こうして葉月は、小説家としての人生がスタートした。

俺の嫁は小説家だ。

表向きはSFを得意とする小説家だが、実際はノンフィクションを書いているだけだ。


その秘密を知るのは、俺と葉月の両親だけ。

次の作品は、マリア。

マスク、ローラ、メイビス、チャールズ。

空白の十年間の物語を葉月は、これから沢山書いて伝えていく。


これから、もっともっと忙しくなるぞ。

いつか緑田葉月の名前が、アルファ星まで届きますように。


アルファ星の皆さん。

葉月が本当にお世話になりました。


葉月が皆さんに、いつかきっとまた会えますように。

俺は地球で、葉月を支え続けていきます。

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もう一度 君に会いたい 富本アキユ(元Akiyu) @book_Akiyu

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