第9話 マリア編

私は必要事項を記入して、他惑星での活動について申請しました。

その日、詳細を説明する為に面接室を訪れました。


担当者は、チャールズと名乗った男性でした。

「――という理由でして」

「話は分かりました。ふむ……」

「どうしましたか?」

「地球で育った娘さんが危険人物の可能性もあるのではないか。簡単にアルファ星に連れてきても良いかという意見を持つ者もいるでしょう」

「それは……」

「そこで我々も色々と調べる必要があるんです。旦那さんのお名前をお伺いしても?」

「ロイド・ラフライナです」

「…………まさか。これも運命なんでしょうか」

「どういう事でしょう?」

「ロイドさんは、私の命の恩人です。私もかつて戦争で戦った兵士でした。ロイドさんは怪我をした私を戦場の中、助けてくれたんです」


「そうでしたか……」

「当時、私は若かった事もありまして、なかなかの捻くれ者でしてね。

余計なことをするな。お節介な奴め。俺の家族は死んだんだ。生きてる意味はないって、礼の一つも言わなかったんです。そしたら彼、なんと言ったと思います?」


私は大体想像がつきました。

チャールズさんは続けました。


「じゃあ、そのお節介野郎に拾われた命を使って、お前が誰かを助けてやれ。

それがこれからのあんたが生きる意味だって言ったんですよ」

「あの人らしいですね」

「ロイドさんとは、それ以来、戦場で会うことはありませんでした。いつの日かお会いできればと思っていましたが、亡くなってたんですね。本当に残念です」


そして私の申請書類を手に取り、チャールズさんは言いました。


「私が必ず白石葉月さんの救出申請を通してみせます。お約束します。ロイドさんに助けて頂いたこの命です。私にも白石葉月さんの命を助ける手助けをさせて下さい」


「本当にありがとうございます。よろしくお願いします」


私は帰り道、嬉しくて涙が止まりませんでした。

翌日、チャールズさんから連絡がありました。

話を聞くとチャールズさん以外にも、戦争中に夫に助けてもらった人達がいました。

その人達、皆が協力してくれたおかげで上手くいきましたと教えてくれました。


夫が……。

天国から見守ってくれてる。

あの人が助けてくれたんです。

きっとそうなんだと思いました。


「この子の幸せを何よりも考えよう」


夫の言葉が蘇ってきました。

私は、好かれようなんて考えない。

嫌われてもいい。

十年間、罵り続けられて罪を償おう。


そして精一杯、彼女のそばにいよう。

その覚悟ができました。


「初めまして、白石葉月さん。私はマリアです。体は大丈夫ですか?」

「……あたしと繋がってると聞きました。大丈夫かだなんて聞かなくても分かりますよね?」

「……本当にごめんなさい。私があなたにしてしまった事は、とても許されることじゃない」

「今更どうしようもないよ……」

「……地球からアルファ星に向かっていると通信で連絡を受けてから……手術の準備も進めておいたから……明日すぐ手術ができるの」

「……そうですか」

「今日は部屋で休んで」


翌日、地球体適応手術が始まりました。

一か月かけて少しずつ体の細胞を適応化していきます。

私は手術の間も最初から最後まで、ほとんどずっとそばに居続けました。

手術が終わり、更に一か月の入院生活になりました。

私はアルファ星の果物を持っていきました。

甘くて美味しいから食べて欲しくて。


「そんなよく分からないアルファ星の果物なんて食べない。母親面しないで」


私は数日かけて、地球の果物を探しました。

林檎を手に入れて持っていきました。


「林檎。探してきたの。剥くのが下手くそかもしれないけど、置いておくね」

「………………」


後でお皿を見ると林檎がなくなっていた。

食べてくれた。


「……ねぇ。前に持ってきてくれたアルファ星の果物って美味しい?」

「甘くて美味しいわ」

「……なら食べる」

「今度持ってくるわね」


私は嬉しかった。

私が剥いた下手くそな形の林檎を食べてくれた。

アルファ星の果物も食べてくれるって言ってくれた。

ただそれだけの事だったけれど……。

それがたまらなく嬉しかった。

「暇潰しも必要よね。本は読むかしら?女の子だから恋のお話とか好き?文字は自動翻訳機能付きなの」

「……読む」


少しずつだけど、前に比べてお話してくれるようになりました。

私の事をマリアさんと呼んでくれるようになりました。


退院後、私は提案しました。


「ねぇ、葉月さん」

「何?」

「学校に通わない?」

「学校?」

「ソフィアさんも通っている学校なんだけど……。病院行く日は、お休み。私が葉月さんの青春奪っちゃったから……」

「……ソフィアもいるなら……行ってみてもいい」


学校に通うようになりました。

上手くやれるか心配だったけど、すぐにお友達が沢山できたみたい。

メイビスとかローラとか他にもいっぱい。

学校の事を話してくれるようになりました。


少し安心しました。

しばらく経った、ある日の事でした。


「ねぇ、マリアさん。お母さんって呼んでいい?」


葉月は、照れ臭そうにしていました。


「私も葉月って呼んでもいい?」

「いいよ」


少しずつ葉月と距離が近づいていきました。

それから月日は過ぎていきました。

時間の流れは、凄く早いですね。

沢山の思い出と共に……。

もう間もなく、十年が経とうとしてた時でした。


「葉月。もうすぐ十年だね」

「うん……」

「どうしたの?暗い顔して」


「…………もう、お母さんと会えなくなると思うと寂しいなって」

「何言ってるの。帰るって約束してるんだから。地球でこうちゃんもお母さんも待ってるよ」

「……本当に待っててくれるかな?」

「待ってるよ」

「……あたしの事、忘れちゃってないかな?」

「大丈夫だよ」

「怖いの……。色々悪い方に考えちゃって……」

「そっかぁ」

「お母さんもソフィアもメイビスとか学校の友達もいっぱいでさ。こっちでも、凄く大切な人達が沢山出来ちゃった」

「嬉しいな。お母さんも葉月の大切な人の中に入れてくれてるんだね」

「この十年、色んな事を知って勉強して分かったけど、あたしアルファ星で生きていく事もできるよね?アルファ体適合手術を受けて永住権取って……」

「うん。確かにその方法もあるね」

「あたし……地球かアルファ星か。大切な人達をどっちか選ばなきゃならないなんて……」

「ねぇ。葉月。大切な人とはね。どれだけ離れてても、人と人の気持ちってずっと繋がってるんだよ」

「ほんとかな……?」

「しかもそれはね。強い絆で繋がってるから、大切な人が死んじゃった後も自分の中でずっと生きてるものなの」


私は初めて葉月に夫の話をしました。


夫に戦争中、命を助けてもらったチャールズさん達が、今度は葉月の命を助けるために動いてくれたこと。


人と人は、どこかで繋がっていく。

夫の事は話すつもりなかったんですけど、どうしても伝えたかったんです。


「………………うん」

「よく考えてみて。自分で答えを出して」


ついに葉月との別れの日がやってきました。

「ねぇ、葉月」

「何?」

「一番幸せになってね。風邪引かないようにね。……いってらっしゃい」

「いってきます。お母さん、十年間本当にありがとう」


葉月は宇宙船に乗り込み、地球に向けて出発しました。

空の色が滲んで見えてきました。

どうやら私の目には、涙が出てきたようです。


ねぇ、葉月。

私ね……。


凄く我儘で自分勝手な嫌な女だなって思うの。

もうすぐ葉月とお別れだって思うと、本当は行かないで欲しいって思っちゃった。

アルファ体適応手術を受けて永住権取ってなんて聞いて……

こっちで残ってもいいんだよって言いたくなったの。


本当に自分勝手だよね。

ごめんね。


葉月に恨まれて嫌われたまま十年過ごして……。

十年したら地球に送り届けるつもりだった。


それでいいと思ってた。

私の犯した罪なんだからって受け入れてた。


でもあなたと時間を共にして過ごしていくうちに、あなたは私をお母さんって呼んでくれた。


葉月。

こんな私の事を、あなたは許してくれるの……?


あなたと過ごした十年間は、何よりも大事な宝物。

会えてよかった。


もうあなたの体の生命反応を感じ取る事はできない。

だけど……


あなたと十年の時間をかけて、見えない絆ができた。

葉月。


あなたが一番幸せになれるように。

私はこの星で、あなたをずっと見守ってるわ。

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