第三章 暴かれた心根 1

――「惑星サン・マルティン地表基地でこれから行なわれることは、精神感応科兵の運用試験テストと惑星サン・マルティンのUPO調査を兼ねている」

 基準時間で一ヶ月前、惑星メインランドの人類宇宙軍総本部――その形から通称六角形ヘキサゴン――に呼び出された際、告げられた言葉が重い。

 チャン・レイは、司令官席から補助席に座ったカヅラキ・ユウを見つめた。基地司令官の彼には、独自に判断して指令を下す責任があるため、〈表層共有〉はかけさせていない。今はただ、作業の進捗状況を見守っているだけだ。

――「精神感応科兵は、必ず上官の命令に従う。上官からの命令がない限り、或いは軍の非常事態宣言のレベルC以上が発令されない限り、テレパシー能力は、一切使えない。それは、入隊時の身体検査の折、彼らの潜在意識に、最強の精神攻略技〈催眠暗示〉で刻み込まれた命令だ。精神感応科兵は軍務に忠実な、安全且つ優秀なテレパスである。だが、一抹の不安がない訳ではない」

 人類宇宙軍総本部の中央区、通称中央セントラル・六角形ヘキサゴンにある総司令部ビル二十階の、己の執務室にチャン・レイを呼び出したマルセル・ミシェル・シュヴァリエ大将は、微笑みを浮かべながら、その口にする内容は深刻だった。

――「だからこそ、その運用試験をして貰う。カヅラキ・ユウ上等兵曹は、サン・マルティンの悲劇の生き残りだ。今のところ、連盟警察による内偵の結果は白だが、軍に対して、必ずしも、いい感情を持っているとは限らない。しかし、それでも上官の命令には絶対に忠実で、しかも有用だということを、わたしは証明したいのだ」

([精神感応科兵は、レベル特AからCの非常事態宣言が発令された場合、その任務達成のため、上級者の命令に反しない場合においてのみ、テレパシー能力を使うことを許可される]だったな……)

 人類宇宙軍法規第五章軍員規程第四節服務規定第二十一条の細則の文言も思い出しながら、それでもチャン・レイは不安を拭い切れない。シュヴァリエ大将は、軍内部でもテレパス優遇策推進派の急先鋒として知られる。テレパス優遇策に否定的なペドロ・エステベス大将などへの対抗策として、今回のことを立案したのだとしたら、少々無理のある計画になっている可能性は高い。

 〈一時的意識不明〉を使用した後、体調が回復して司令官室に来たカヅラキ・ユウは、報告した。

――「『敵』は、段々と強くなっています。じぶんがこの基地へ来る前の証言に拠れば、以前は『幽霊』くらいの現れ方しかしなかったということですから、恐らく精神感受や精神干渉しか使っていなかったのでしょう。けれど、整備班の兵士にキャタピラを壊させるというのは、余ほど上手い〈感化〉などの精神干渉技か、或いは、精神攻略技です。しかも、〈対象〉の数を、前回の四人から、今回は四十人に増やしました。次は、この基地にいる全兵士に対して、能力を使用してくることも考えられます」

 「敵」の動向や基地の状況について、緊急を要する時、カヅラキ・ユウはいつも精神感受という能力使用――軍公式の精神感受技〈通信〉――で、報告したり許可を求めたりしてくるが、特に緊急を要しない時には、いつも司令官室に出頭してくる。基本的には律儀なのだろう。

――「では、おまえも精神干渉ではなく、精神攻略で対抗できないのか? 『敵』の今回の襲撃時に使用したと報告した精神干渉技〈一時的意識不明〉は、一時凌ぎでしかないのだろう?」

 チャン・レイが問うと、カヅラキ・ユウは怪訝な顔をした。

――「じぶんは診療部隊所属であり、診療部隊兵はその訓練を受けていないので、基本的に精神攻略は使えません。司令官殿は御存知だと思いましたが……」

 当然、知っていた。知っていて、鎌を掛けたのだ。

――「使おうと思っても、無理なのか」

――「例え使えたとしても、診療部隊兵や諜報部隊兵が精神攻略を使うことは、人類宇宙軍法規第五章軍員規程第四節服務規定第二十二条の細則において、全面的に禁じられているので、軍規違反をしない限り、無理です。しかし、精神攻略でなくとも、じぶんの独自精神干渉技〈精神的半透膜メンタル・セミパーミアブル・メンブレイン〉なら、精神攻略に対抗することが可能です。それから、キャタピラ修復作業効率化のために、同じくじぶんの独自精神干渉技である〈表層共有〉も有効です。どうか、この二つの精神干渉技使用の許可と、合わせて、柔軟に『敵』に対応するためにも、非常事態宣言レベルCの発令をお願いします」

 〈精神的半透膜〉と〈表層共有〉について詳しく説明させて、チャン・レイはその使用を許可した。

(「敵」は、カヅラキ・アサで、ほぼ間違いないと、カヅラキ上等兵曹は言うが)

 カヅラキ・ユウが精神攻略技を使えないことが安心でもあり、不安でもある。

(この運用試験もUPO調査も、上手くいくのか……?)

 頭を抱えたいような気持ちになって、チャン・レイは司令官席から立ち上がった。

「少し、席を外す。その間のことは任せる」

 副司令官席に座るジャスミン・シュヴァリエ中尉に告げて、制御室を出た。副司令官の彼女にも、〈表層共有〉はかけさせていない。

――「きみと副司令官以外の兵士は、全員、カヅラキ・ユウより階級が下になるよう、人事は操作してある。そのほうが、カヅラキ・ユウも能力を使い易いだろうと考えてのことだ。つまり、万一の場合、カヅラキ・ユウを止められるのは、きみと副司令官だけだ。宜しく頼むよ」

 シュヴァリエ大将は気軽な口調で言っていた。その副司令官は、地表制圧科空戦部隊出身のジャスミン・アンヌ・シュヴァリエ中尉、即ち、シュヴァリエ大将の娘である。どう考えても、監視或いは、自分こそが試験をされているのだ。

(もし、何か問題が起これば、わたしが責任を取らされて、シュヴァリエ中尉が臨時に基地司令官となる……。それもまた、軍への奉仕だな……)

 つい、そこまで思考を巡らせてしまいながら、チャン・レイはトイレへ向かった。

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