白面金毛九尾の狐の巻・2

「こうして見ると、なんだか懐かしいね」

「我にとっては気恥ずかしい」

「私は……どうしました、ひょうすべ殿?」

 呑気な感想を述べる酒吞童子と、言葉通りやや気恥ずかしそうに顔を俯ける大嶽丸。

 おなじく感想を述べようとした玉藻前は、畳に倒れ込むような体勢で痙攣しているひょうすべに気づいて、訝しそうな声をかける。

「い、いえ。ちょっとその……思っていた以上にすごい戦闘だったので」

 と何とか体を起こしながら、ひょうすべは答える。

(アクション映画並みにド派手な戦闘だった……俺があの場にいたら、跡形もなく消し飛んでいそう)

 そんな感想を胸の内でつぶやきながら、ふと玉藻前に視線を向ける。

 酒吞童子や大嶽丸の過去は聞いた。ならば彼女についても、どんな事情でどんな生を送ってきたのか、気になるところではある。

「……私のことも気になりますか?」

 涼やかな声で自分の内心を読み取ったような問いを投げかけられて、ひょうすべは一瞬言葉に詰まる。

「はい、すみません」

「謝ることではありません」

 亀のように首をすくめて詫びるひょうすべに、玉藻前は淡々と答える。

 玲瓏とした美貌には、相変わらず何の表情も浮かんでいない。

「分かりました。お話します。ですが今日はもう遅いので明日でよろしいでしょうか?」

「は、はい……」

 ひょうすべが頷くと

「じゃあ、そろそろお開きとしようか」

 酒吞童子の声で解散となり、部屋から立ち去っていく。

 一人残ったひょうすべが、敷いてあった布団に横たわり窓から見える月明かりをしばしぼんやりと眺めていた。

 墨を塗り込めたような空の中で淡く光を放つ、鏡のような満月。

 銀にも金にも見える色淡い光明を眺めているうちに、意識がまどろみの中に落ちていった。



「それでは、そろそろ始めていいでしょうか?」

 玉藻前がそう切り出したのは、朝食が終わった後に皆でお茶を楽しんでいる時だった。

 それに対して――

「はい、是非お願いします」

「……何故汝が張り切っておる?」

 思わず姿勢を正して答えるひょうすべに、大嶽丸が無表情のまま淡々とした口調で突っ込みを入れる。

「い、いやつい。いつ聞くことができるか、朝起きた時からずっと気になっていたもんで……」

「そんなに気になってたんだね」

 ひょうすべが慌てて言い添えると、酒吞童子がいつもの飄然とした調子で言葉をかける。

「どこから話したものか、迷っていたのですが……」

 独り言ちるような口調で言いながら、玉藻前は視線をさまよわせる。

「……私は天地開闢の時に、陰の気が凝り固まって生まれました」

「……はい?」

 しばし迷うような沈黙の後に紡がれた一言に、ひょうすべは思わず間の抜けた声を上げた。

「ああ、高井蘭山という人が書いた『絵本三国妖婦伝』にもそう書かれているよね。有名な少年漫画でそれを元にした作品もあるし……ってどうしたんだい?」

 飄々とした軽い声で説明をしたのちに酒吞童子は、うずくまるような態勢で痙攣しているひょうすべに不思議そうな声をかける。

「……い……いえ。天地開闢ってことは世界の始まりってことですよね。なんつーかその……あまりにも想像を絶するスケールのでかさに頭がちょっとついていけなくて」

 何とか精神的衝撃から脱したひょうすべが、半ば魂が抜けかけたような呆然とした声で何とか答える。


「……横になられますか、話は一旦中止し……」

「いえ、大丈夫です。ぜひ続けてください!」

 そんなひょうすべの様子を見かねてか、玉藻前がそう声をかけるがひょうすべは断然拒否して首を横に振り、話の続きを促した。


「……陰の気の集合体である私は、肉の現身をもたぬまま世界を放浪してきました。最初は確固たる自我意識もなかったのですが、やがて一匹の狐を見つけました」

「狐?」

 他人の記憶を語るように淡々と玉藻前は透明感のある声で語る。最後の言葉に、ひょうすべが眉をひそめて鸚鵡返しに繰り返す。


「はい。雪のように白い毛並みの見事な狐でした。ただの狐ではない、霊狐です。おそらくは何らかの信仰対象だったのでしょう。ですがその時その狐は、瀕死の重傷を負っていました」

「どうしてですか?」

「信仰対象とはみなさず、色の白い珍しい獣を殺して売れば利益になる。そう思った人間によって殺されかけたのでしょう。その人間は、狐から抵抗されてかっとなったのか火をつけて焼き殺そうとしていました」


 ひょうすべの問いかけに、玉藻前は淡々と答える。

「ひどい……」

 ひょうすべが顔を曇らせてつぶやくが、玉藻前はかすかに顔を俯ける。

 やがて元通りの涼やかな声で話を再開する。


「私はとっさに延命のため、その狐の身体に入りこみ私の気を注ぎ込んで体を修復しました。肉体の修復自体は成功しましたが、意識の修復は間に合わずその狐は死にました。私は……そのつもりが無かったとはいえ、その狐の身体を奪うことになってしまいました」

「そんな……」

 とっさに否定の言葉を紡ごうとするひょうすべだが、その後が続かない。

 玉藻前は首を振って話を再開する。


「燃え盛る炎の中で、私は初めて肉体を持ってこの世に生まれ落ちました。その時から、私はその狐が最期に抱いた願いをかなえることにしました」

「願い?」

「はい、自分を信仰してくれていた人間たちの願いをかなえないという願いです。ある時は、人の財産と命を狙う賊を追い払うために、ある時は激しい炎を生み出し、ある時は幻を見せた。そうして様々な願いをかなえていくたびに霊力が満ちて尾が増えるようになりました。そしてとうとう尾は九本にまで増えるようになりました」


 ことさらに誇るような様子もなく、玉藻前は告げた。







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