大嶽丸の巻・1

「……」

 先ほど聞いた酒吞童子の生い立ちを反芻し、ひょうすべが部屋の一室にぼんやりと座りながら、しばし物思いにふけっていると。


「何をしておる?」

 廊下を歩いていた大嶽丸がその姿を見咎め問いかけ、音もなく歩み寄り隣に座る。


「あ、い、いえ。さっきの酒吞童子さんの生い立ちが思っていたより、陰惨というか、救いがないというか、悲しいと言いますか……普段の飄々とした態度からは想像できなかったので」

 普段の酒吞童子の飄々とした軽い言動を思い浮かべながら言う。


「あやつは昔からああゆう奴だ」

 大嶽丸は、いつもと変わらず淡々と静かな声で言う。

「昔から……ですか?あの、大嶽丸さんは酒吞童子さんとどんな風に出会ったんですか?」

「ええと、簡単に言うと、俺が出会い頭に『一緒に他の妖怪や人間の手助けしませんか?』て声かけて、ドツき倒された」

 返ってきた答えは、大嶽丸の古風な物言いではなく酒吞童子の相変わらず飄々とした物言いだった。

 ぎょっとしてひょうすべが視線を巡らせると、いつの間に近づいたのか酒吞童子が廊下に佇んでいた。

明かりをつけていない薄闇の中でも、大柄な体躯と彫りの深い顔、燃える火炎のように癖のある紅毛は鮮明に浮かび上がる。


「ド、ドツき倒された……?」

 ひょうすべが鸚鵡返しに呟いてから視線を向けると、大嶽丸が若干気まずそうに眼をそらす。

 表情に乏しい彼にしては珍しい反応である。


「う、うむ……。その……当時は今よりさらに気が短くてな……。『なんだこの若造は、いきなり馴れ馴れしく話しかけおって』と思って……つい」

「そ、そうなんですか……」

(というか、気が短いという自覚はあったのか……)

 などと思いながら、ひょうすべが相槌を打つ。


「いやあ、あの時はさすがに体の修復に時間がかかったなあ。意識を失っている間、閻魔大王が手を振ってるのが見えたし。いやあれは『こっちにおいで』って意味じゃなくて、『こっちこないで』って意味で振ってたんだろうけどね。あはは」

「あははって……」

 相変わらず他人事のように軽薄な口調で当時のことを告げる酒吞童子に、ひょうすべは呆れ交じりの苦笑を浮かべる。


「あの、酒吞童子さんはどうしてそんな誘いを?」

「ん?頼光たちに倒された後に体が完全に修復した時に、さて、これからどうしようかって考えてね。頼光に言われた言葉を思い出して、人間が好きだという気持ちに今も変わりはないから、今度は人を助けようかって思ったのさ。無論、それで俺のやった悪行が消えるわけではないと分かっているけどね。それでも何もしないでいるよりはいいかと思ったのさ」


飄々とした口調は変わらぬまま、酒吞童子は当時を思い返すように大きな碧眼をかすかに細める。


「それで人間の姿に化けてあちこち放浪しながら、自分にできることをやっていたよ。力仕事を手伝ったりね。時には、いわれなき罪で人間から殺されそうになった妖怪も助けた。で……大嶽丸の旦那に偶然出会った。旦那も一度倒されてから体が修復された後だったからね。やることが無いなら一緒にやってみない?って勧誘したんだよ。即座にズタボロにされたけど」

「す……すまぬ」

「だから謝らなくていいって。昔のことじゃん」


 またも申し訳なさそうにうりざね顔を微かに曇らせて詫びる大嶽丸と、変わらぬ態度で手を振る酒吞童子。

「あの、それでその後は……?」

「ああ、二回目は玉藻前と一緒だった」

「我がまた短気を起こして、戦いを仕掛けたのだが……敗北した」

「……え?」


 淡々とした声で大嶽丸が自らの敗北を告げる。

「そ……そうですか。まあ二対一ですもんね……」


 口ではそういうが、ひょうすべは大嶽丸が負ける姿が想像できない。

 あの名も知らぬ女魔術師には不覚をとったが、あれは『神便鬼毒酒』という鬼専用の毒を用いた奇策と強力なドラゴンがあってこそ、成功したのだ。


「あの、もしもお三方が戦ったらどうなるんでしょうか?」


 不意に浮かんだ疑問をひょうすべが口にすると、2体の鬼が硬直する。


「……そんな恐ろしいことやったら、いの一番に脱落するのは俺だよ」

 やや長い沈黙の後に、酒吞童子が薄く苦笑をにじませた口で答える。






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