酒吞童子の巻・2

 淡々と語られる生い立ちに、ひょうすべは言葉を失う。

 酒吞童子も紅茶でのどを潤して語ることを中断し、室内に沈黙が流れて満ちていく。


「で……だ。俺は、完全に人間ではなくなった自分の姿に、愕然として逃げ出した。それから、あちこちを放浪していたな。物心ついた時から自分が、人間社会の中では『異物』として認識され、扱われているのは分かっていたが、これで完全に人ではなくなってしまったからね。どうしたらいいのか分からず、途方にくれたよ」


 その沈黙を破った酒吞童子の声は、相変わらず飄々としているが、同時にひどく淡々としている。

 自己憐憫も自己陶酔も含まぬ、ひどく平静な声色だ。


「あちこちさまよっているうちに、人間に会うこともあったよ。大抵は驚いて逃げるだけだったが、まれにそうでない人間もいた。山の中をうろついていたら、身なりのいい少年がいてね。俺の姿を見て、驚いてはいたが、怯えてはいなかった。えらく肝が据わっているなと思いながら、怪我をしているのに気づいて、軽く手当をして、麓まで連れて行ったら、丁寧に礼を言われたよ。『この恩はいつか、必ず返す』って。びっくりしたよ」

「え……びっくりって、助けてもらったらお礼を言うのは普通のことじゃないんですか?」


 ひょうすべが首をかしげながら質問すると、酒吞童子は笑って首を振る。


「相手が異形の化け物の場合は、普通じゃないんだよ。あ、ちなみに後で分かったことだけと、その少年は、源頼光だったよ」

「え……」


 またも沈黙がその場を満たす。が


「えええええええっ!」

「……おい、大声を上げるのはやめぬか」


 驚愕を抑えきれずに思わず叫ぶひょうすべに、それまで黙していた大嶽丸が、柳眉をひそめながら言う。


「あ、ごめんなさい。つい……」

「まあまあ。で……その後、山の中の小さな村にたどり着いた。最初は驚かれたり、怯えられたりしたけど、力仕事を手伝っているうちに、お礼として衣・食・住を提供してもらったりしてね。居心地がよくてそのまま居ついてしまったんだ。……すぐに出ていくべきだったのに」

「……え?」


 最後の言葉に、珍しく苦々し気な響きが宿っているのを聞き取って、ひょうすべは首を傾げた。


「数年後に、質の悪いはやり病やらなんやら、悪いことが続いてしまってさ。そういう状況が続くと、こうも悪いことが続くのは何かの……誰かのせいだ、と理由をつけて安心したがる人間は多いだろう?鬼の俺が災厄を引き起こしたことにされて、村を追い出された」


 他人事のように語る口調に、言葉を失う。


「でも、それ、貴方のせいじゃ……」

「冷静に考えれば気づけたことだ。それなのに、安心して自分の居場所を得られたように勘違いして、馬鹿だった。自暴自棄に『本当に災厄を引き落とす奴になってやる』て、悪行を重ねたんだから」


 淡々としているが、どこか苦々し気な声はなおも続く。


「それで、茨木童子みたいに、似た境遇の鬼と徒党を組んで暴れまわってたら、頼光達によって全滅」

「子供のころ助けた人間に、殺されたんですか……」

「そう。別に皮肉な結末でも何でもないよ。彼は、恩を返してくれたよ。自分じゃ止められない悪行を、止めてくれた」


 恨みや憎しみを含まない声でさらりとそう答えてから


「最期に、言葉をかけられたよ。『あなたは人間が好きだったのですね。拒絶されたことが受け入れられずに、道を踏み外してしまうほど』って。それで、ああ俺は人間が好きだったんだって、気づいて。気づいたところで、やったことは消えないけどね」


 その言葉を聞きながらひょうすべは、そう言えば……とどこかで聞いた知識を思い出した。

 酒呑童子は頼光に最期に今までの前非を悔いて、首から上に病ある者を助けると約束したという。最初聞いた時は、信じられなかったが。


「で……お化けは死なないって有名な漫画家さんが言っている通り、身体が修復されて、この通り」


 赤毛の鬼は、飄々とした語り口で告げて、ぽんと自分の身体を軽くたたいて見せた。

 

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