酒吞童子の巻・1

「ええと・・・その・・・貴方はどうして、討伐されることになったんでしょうか?」

 しん――と。

 ひょうすべの問いかけに、室内に静寂が緩やかに広がり満ちる。

「はは。答えにくいことをさらっと聞いてくるね、君」

 質問を投げかけられた当の本人(本鬼?)は、変わらず飄々と笑いを含んだ声で言う。

「まあ、そうだね。話してもいいか・・・」

  そう言って、酒吞童子は話し出す。自らの物語を。


「ええと、そうだな・・・まずは俺の生い立ちから話そうか、俺の出生にはいくつか、説があるのは知っているかい?」

「あ、はい・・・」

 ひょうすべは頷く。


酒吞童子の出自には、いくつか説がある。


絶世の美少年であったため、多くの女性から恋文をもらったが、貰った恋文をすべて読みもしなかった。すると、想いを伝えられなかった女性の恋心が煙となって、身体を取り囲み、その怨念によって鬼になった。


別の説では、母の胎内で16ヶ月を過ごし、産まれながらにして歯と髪が生え揃い、すぐに歩くことができた。知能は高いが、その異常な才覚により周囲から疎まれ、その後母親に捨てられ、各地を流浪して鬼への道を歩んでいった。


また、別の説では長者の娘と、伊吹山の伊吹大明神――すなわち八岐大蛇との間に生まれた者だという説。その後、仏道修行のため、寺に入るもとある祝賀行事の際に鬼の面をかぶるも、そのまま外れなくなり、その後本物の鬼と化した。


 ひょうすべが、記憶を掘り起こしながらそれらの説を告げると、酒吞童子は頷く。

「どれが正しいんですか?」

「それらの内、どれが正しい・・・ってわけでもないんだけどね」

「・・・え?」


「俺の父親はね、確かに人間じゃなかった。まあ、本当に八岐大蛇かは分からないんだけど。正直、酔っ払いの駄法螺じゃないかと今でも思っているんだけどね。とにかく、高位の妖だったのは確かだと思うよ」

(ひ・・・ひどい)

 実の父親に対してさらりと辛辣な意見を交えつつ、酒吞童子はなおも語る。


「自分で言うのもなんだが、生まれつき力が強かったし、覚えも早かった。でもって、髪や瞳の色、肌の色も日本人離れしていてね。周囲からよく気味悪がられたよ」


 燃える業火のように色鮮やかで癖の強い紅毛と、鮮やかな碧眼、うっすらと赤みががかった白い肌を指さしながら、酒吞童子は他人事のように語る。


「だが成長するにつれて、若い女の子たちから文をもらうことが多くなった」


 そう言いながら、掘りの深い端整な顔を指さす。語る内容に反して、口調は少しも誇らしげではなかった。むしろ、淡々としながらもどこか苦い記憶を掘り起こすような声音。


「とは言っても、俺は当時、自分の容姿が嫌いでね。なんせ子供のころに、周囲から気味悪がられた原因の一つだから。俺の容姿を気に入って文をよこす女の子たちのことを好きになれなかった。それどころか、疎んじていた。だから、読みもしなかった」

  静かに淡々と語る酒吞童子の言葉に、ひょうすべはしばし聞き入っていた。大嶽丸も無言で耳を傾けている。

「どうぞ」


 鈴を鳴らすような声が耳朶に滑り込むと同時に、鼻孔の先を上品な芳香がかすめる。

玉藻前が、紅茶をいれたティーカップを人数分配っていた。


「あ、ど・・・どうも、ありがとうございます」

「ああ、ありがとう。玉藻前」

「すまぬな」


 皆、思い思い礼を述べてティーカップに口を告げる。


「で・・・ある日、文を書いた女の子の一人が死んだ。どうやら、その子の書いた文には、呪いがかかっていたみたいでね。その呪いと、俺の中の妖の血が混ざりあった。体に激痛が走った後に意識が飛んで、目が覚めた時には・・・完全な鬼になっていた」

 透明な茜色の湯でのどを潤してから、酒吞童子はなおも他人事のような口調で語り続けた。







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