第24話

呆けたように口をあけながら見ていると、その間にもその狐――白面金毛九尾の狐は何もない虚空を疾走して、近づいてくる。


ふわりと軽やかに着地した後、朝日のように眩くも清爽な光が一層強くなる。


「うわっ」

 思わず反射的に目を覆ってから、光が緩やかに薄れ消えるにつれて覆っていた手を外す。

「・・・あ」


 銀とも金ともつかぬ、色素の淡い髪。すらりと引き締まった長身にまとうのは男性的なパンツスーツ。ほっそりとした秀麗な白面の中で、切れ長の眼に宿る硝子のような明眸がこちらを向く。


「・・・遅くなって申し訳ない。現状を教えていただけますか?」

「・・・あ、ええと。その、あの魔術師の女の人は死んじゃったんですけど。酒吞童子さんと大嶽丸さんが毒にやられて・・・」


 中性的な麗人の姿になった玉藻の前に、ひょうすべは呆然としながらも説明する。


「・・・そうですか」

 玉藻の前は酒吞童子の前に膝をついて


「失礼します」

「・・・ああ、悪いね、帰ってきたばかりなのに」

「いえ」


 無表情に首を振った玉藻の前は、次の瞬間酒吞童子の首にかみついた。


「・・・え?」


 目の前の光景に理解が追い付かずに、ひょうすべは呆然とする。

 首筋から顔を離した玉藻の前は、口のあたりが赤く染まっている。透き通るような色の白さがますます引き立って、普段の玲瓏とした美しさはそのままに、ぞくりとするほどなまめかしく見えた。

 こくん、と白い喉が何かを飲み下す。

「ではどうぞ」

「ああ」

 今度は、酒吞童子が玉藻の前の首筋に食らいつく。


「・・・!?」

 今度こそ理解と情緒が追い付かず、ひょうすべは視界と意識が暗転するのを感じた――


 暗転していた意識が浮上すると、布団の上に寝かせられていることに気づく。

「あ・・・」

「やあ、目が覚めた?」

 声をかけたのは、布団の近くに座っていた酒吞童子だ。普段通りの飄々としたたたずまい。隣には大嶽丸や玉藻の前もいる。


「あ、えーと俺・・・」

「あー、ごめんね。ちょっとショッキングな光景だったろ、あれ」

「・・・えーと、あれ何だったんですか?」

「山海経って聞いたことがあるかい?中国の古い書物なんだけど。あれに九尾の狐の記述があってね。人を食うが、逆に食った者は蠱毒や邪気を退けることができる・・・みたいなことが書かれているんだけど」

「えーと、それは・・・?」

「本当はね、九尾の狐が、毒や呪いにむしばまれた状態の者の血肉を食って取り込んで、その後に、むしばまれた者が、九尾の狐の血肉を食って取り込むことで、毒や呪いを退けることができるんだ。・・・知っている人は少ないんだけどね」


「そ・・・そうなんですか。よかったあ・・・」

 ほうと安堵の息を吐く。大嶽丸はいつも通りの冷ややかな無表情だが、先ほどの苦し気な様子はない。


「・・・そういえば、こちらに戻る前に戦ってたんですよね?」

「・・・はい」

 無表情に頷くと

「どんな相手だったんですか?」

 好奇心を抑えきれずに、つい尋ねてしまう。

 ファヴニールやバジリスクに匹敵するような相手だったのか、それとも――

「ヒュドラです」


 ――ずるり、と全身が布団からずり落ちかける。

「ひゅ・・・ひゅ・・・」

(それって確か、ギリシャ神話で出てきた奴だったような・・・しかもとんでもなくやばい奴じゃ・・・人間の使い魔にできるとは思えないから、ファブニールみたいに、何らかの条件を付けて取引したのかな)

 などと、衝撃を受けた頭で考えていると


「首が9つあって、そのうちの8本は切り落としても再生するので、ほぼ間違いないと思います」

 特に勝ち誇る様子もなく、淡々と玉藻の前は話す。

「よ・・・よく勝てましたね」

「傷口を焼かれると再生能力を失うようなので、私にとっては相性がいい相手でした」

(焼く・・ああ、狐火かな?しかし、ヒュドラVS九尾の狐って・・・)


 見てみたかったような、見てみたくなかったような。

 頭の中で、超弩級の妖怪大戦争みたいな光景を思い浮かべて、ひょうすべはぶるりと身を振るわせる。

 



 

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