第22話

「なるほどね・・・。でも、まあろくでなしの享楽主義もそろそろおしまいにしたら?」

「・・・そうね」

 そう言うと、女魔術師は拍子抜けしそうなほどあっさりと、人質にしていた男をつき放つ。


「もう、時間稼ぎは澄んだから」

「・・・?」


 かすかにいぶかしむように、眉根を寄せた酒吞童子。

 ――その巨躯が揺れて、がくりと片膝をつく。

「・・・え?」

ひょうすべが思わず眼を見張る。

「・・・っ」

 かすかなうめきを漏らして同様に膝をついたのは、大嶽丸。

「ああ。やっと効いてくれた」

 悪戯が成功した子供のように、頬を緩めて女魔術師は嫣然とうすら笑う。

「・・・何を、しおった?」

 問いかけた面長の白い秀麗な顔は、苦痛とかすかな狼狽を含んでうっすらと歪んでいる。


「・・・ふふっ、なんだと思う?そっちの酒吞童子さんならわかるんじゃない?」


 女魔術師は悪戯っぽくも蠱惑的な笑みに頬を緩めて、目をきらめかせる。 


「・・・神便鬼毒酒、だね」

 いつも通りの飄々とした声とは違い、かすかに苦痛をこらえる声で酒吞童子は答える。

「・・・え・・・それって確か」

 神便鬼毒酒――酒吞童子討伐の際に使用された酒。人が飲めば千人力の薬となるが鬼が飲めば力を失い、身体も動かせぬ毒となる。


「よく・・・そんなの・・・手に入れたね、大変だったろ?」

 そう言う酒吞童子の声と眼差しには、珍しく動揺と焦燥がにじみ出ていた。

「言ったでしょう?毒の収集が趣味だって。苦労したわ」


 そう言って、女魔術師は悪戯っぽい笑みをさらに深める。


「さっきのファフニールやバジリスク、それとあなたたちがあっさり始末した私の使い魔・・・全員にその神便鬼毒酒を飲ませたの。鬼にしか聞かないというのは本当みたいね。で、あなたたち倒す時に、返り血は少なからず浴びたでしょう?浅いとはいえ、あなたたちも一応怪我はしていたから。その傷口から毒が侵入したってわけ。よかった。どうにか成功して」

 女魔術師は説明を終えた後に、ふう・・・と息をついた。


「な・・・なるほどね」

「・・・貴様っ・・・」


 大嶽丸が顔をゆがめて怒声を発して、手にした鉾を杖代わりにして何とか立ち上がろうとするも、うまくいかない。


「無理しないで、そのままでいたら?体がしびれてほとんど動かないんでしょう?」

 そう言って女魔術師は、笑みを引っ込める。


「大丈夫よ。動けないあなたたちにとどめを刺すような真似はしないから。だってそんなことしたら、彼女を怒らせてしまうし」

「・・・え?」

 ひょうすべは声を上げる。その『彼女』とは――おそらく、玉藻の前のことだろう。


「あ・・・あの・・・そういえば、彼女は今・・・」

「ああ。ファフニールみたいに、私が取引した魔物と戦ってるはずよ。多分、彼女が勝つんでしょうし。戻ってきた彼女も、動けなくなったあなたたちをみたら、私の言うことを聞いてくれるだろうし」

 ひょうすべの問いかけに、女魔術師は答えてくれた。

 おそらくひょうすべのことは既に興味がなく、戦闘員だとも思っていないのだろう。

 毒で動けなくなった酒吞童子と大嶽丸を人質にして、玉藻の前を手に入れる。

 このままだとその通りになってしまう。

 

 「・・・すみません!」

 「!?」

 女魔術師の背中にしがみつく。興味が失せて戦闘員だとも思っておらず、完全に油断したんだろう。

 女魔術師は一瞬ぎょっとしたように振りむき、

「がっ!」

 いともあっけなく、しがみついていたひょうすべをつかんで投げなおした。

(まあ、化け物狩りを仕事にしてたんなら、格闘術も身につけてるだろうなとは思ってたけど・・・)

まるで、相手にならなかった。投げ飛ばされたまま、女魔術師を見上げる。

 雌豹を連想させる吊り上がった目が、憫笑を含んで見下ろしている。

「気はすんだ?」

「・・・いえ、まだです」

 答えて、自分の胸の内でつぶやいた。


(ごめんなさい、道真公、ご先祖様・・・約束破ります。恩人助けるためなので大目に見てくださるとうれしいです)

 


 



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