第21話

「人質とはまた、またベタなことやるもんだね」

「我々にそんなものが通じるとでも、思っているのか?」

「いいえ?」


 竜と大蛇を屠った鬼たちに尋ねられて、女魔術師はあっさりと答える。

「でもまあ、一応盾と・・・時間稼ぎぐらいにはなるかなって思って」 

「何?」

 『時間稼ぎ』――その物言いに、大嶽丸はいぶかしそうな声を漏らして眉をひそめる。

 ――次の瞬間。地面をぬるりと黒い何かが這う。ぬらぬらした光沢を帯びた太い綱のような何かが。

それはゆらりと頭部を持ち上げて――飛びかがってくる。

 

ぞんっ!

 振るわれた刃に何かが断ち切られた音。

視線をそちらに向けることなく放った大嶽丸と酒吞童子の無造作な一閃に、あっという間に頭部を刈られて地に落ちる。

 返り血――なのだろうか、薄気味の悪い色合いの液体が、酒吞童子と大嶽丸に降りかかるも、二人とも意に介さない。


「・・・まさかこんなもので、今更どうにかなると思ったか?」


 切れ長の眼に宿る淡い金色の瞳を細めて、大嶽丸は冷ややかに問いかける。


「思ってなかったけど・・・やっぱ悪あがきしてみようかなと思って」


 妖艶な毒婦といった外見に反して、軽薄で飄々とした口調で返しながら、女魔術師はなおも男にナイフを突きつけている。


「なるほどな。ならばもう悪あがきは済んだだろう。そやつを解放したらどうだ?」

「・・・へえ?意外だな。貴方、一番人間嫌いみたいだなと思っていたけど違うの?」

 女魔術師は揶揄するように問いかける。


(そういえば確かに・・・)


 様子をうかがっていたひょうすべは、他の二人を思い出す。

 酒吞童子は、先ほど人間たちに対して突き放した言動だったが、あれとてこれ以上人間を危険にさらさぬため――という風にも見れたし、普段の言動は気さくだ。

 玉藻の前も普段その美貌を鎧のような無表情で覆っていて何を考えているのか読み取れない。だが、自分に暴言を吐いた人間を助けたあたり、別に人間を嫌っているわけではなさそうだ。


「無論、好いてはおらぬ。だが汝はさらに気に食わぬ。ただそれだけだ」

「・・・なるほどね。そっちの酒吞童子さんは?」

「俺?人は好きだよ?」

 質問を投げかけられた酒吞童子は飄々と答える。

「・・・どうして?あなた人間に討伐されたのに?」

「んー、まあ・・・詳しく話すと長くなるからざっくり言うけど、討伐されて当然のことやったしねえ」


 特に虚言を弄している様子もない。いつも通りの飄々とした物言いだ。

「そういう君は?」

「私?嫌いよ。特にこういう『正義は我にあり!』て勘違いしてる馬鹿がね」

 そう言って女魔術師は、拘束している男を軽く小突く。


「化け物退治を生業にしてきた連中なんて、どこの国にもいるけどさ。どいつもこいつも似たような勘違いしてんのよねー」

「君も化け物退治を生業にしてきた連中の一人だろう?」

「そうだけど・・・いや、だからこそかな。そういう勘違いが鼻につくのよね。化け物狩りは、単に自衛と生活の糧を得るための手段。それ以上にもそれ以下でもないくせに、「人に害をなす化け物はかられるべき悪だ!」とかなんとか言いだすアホがいてね。こいつみたいにね」


 そう言って、男に唾を吐きかける。男がうめくのもかまわず


「はっ、馬鹿か。勝手に裁判官か何かになった気になってんじゃねーよって感じ」

と言い捨てる。気に食わない人間に対しては口調がやや粗暴になるようだ。


「君は、そういう連中が許せないの?」

「まさか。私に誰かを許せないなんて言う資格ないわよ。だって私の方が許されないことやってるでしょう?ただ気にくわない。それだけよ。だってあたし、ろくでなしの享楽主義者だもん」


 そう言って、女魔術師はからりと笑って見せる。もっともその間もナイフは話さず、人質に突きつけているが。





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