第20話

聞き覚えのある声におそるおそる視線を向けると、やはり見覚えのある姿。

黒に近いほど濃い赤褐色の髪は緩やかに波打ち、艶のある肌は浅黒い。掘りの深いくっきりした容貌の中で、悪戯好きの猫のように輝く吊り目と、朱唇が一際目立つ。


「・・・げ」

「あら、『げ』はないでしょう」

 思わずひょうすべが身を強張らせてうめくような声を漏らすと、名も知らぬ異国の女魔術師は、不満そうに唇を尖らせる。


「・・・や、どうも。お嬢さん。さっきのってやっぱり君の仕業?」

 人の姿に戻った酒吞童子が、いつもの飄々とした調子で問いかける。

「ええ。まあね」

「中にいた2匹は、君の使い魔?」

「ああ、違うわよ。そちらの・・・」

 女魔術師は、酒吞童子から大嶽丸に視線を転じて

「お兄さんが仕留めたのはファフニール。貴方が仕留めた大蛇はバジリスク・・・と言えばわかるかしら」

「って・・・ええっ!?」

 横で聞いていたひょうすべが思わず声を上げる。

 (ファフニール・・・って、北欧神話だか何だかに登場する怪物の名前じゃあ・・・)

 明確に『ドラゴン』と表現されてはいないものの、固い鱗を持ち、爬虫類じみた姿で毒の吐息を吐く――確かに一致する。

(そして、バジリスクって・・・確か、視線だけで石化させたりできる大蛇の魔物だったような・・・)


「あいにく西洋のことはよく知らぬ。ただ強いことは先ほどの戦いで分かった」

 倒したことを勝ち誇るでもなく、ただ淡々と大嶽丸は答える。

「ああ、なるほどね。まあ、あいにく鏡も雄鶏もイタチも持ち合わせていなかったからね。先手を打っておいてよかった」


 いつも通りの調子で言う酒吞童子にも、勝ち誇る様子はない。こちらは大嶽丸と異なり、西洋の魔物にもそれなりの知識があるようだ。


「でも・・・バジリスクはともかく、ファフニールは有名な英雄に倒されたんじゃあ・・・」

 思わずひょうすべがつぶやくと

「そっちの赤毛の鬼・・・酒吞童子さんだっけ?彼が言っていたじゃない。強力な化け物は倒されてもいずれ肉体は修復するって。で・・・修復した後は、自分の結界の中で引きこもってたのよ」

 と軽い口調で、女魔術師が答える。


「あんな強力すぎるの、使い魔としての契約なんて結べないわよ。だから取引をしたの」

「取引?」

「そう。人間を食わせるから、結界を多少いじらせてくれって。あと、他の化け物も入らせたり」

 多少得意げに女魔術師が語る。『ほかの化け物』とはおそらくバジリスクのことだろう。


「・・・その人間って・・・」

「そ。私に踊らされたあのアホな退治屋集団よ。でもあなた達が助けに入るものだから。ほとんど食いそびれちゃったみたい。まあ手足の1、2本は食えたみたいだけどね」

 悪びれる様子はみじんも見せずにさらりと答える。


「餌が足りなくてお冠みたいだったから、そっちの彼を結界の中に引きずり込んで餌の代用にしようかなと思ったら、あなたたち二人が入ってきて2体とも倒しちゃうし・・・ほんとまいったなあ・・・」


 視線の先をひょうすべに据えて語りながら、女魔術師は肩をすくめて見せる。


(ああ・・・だから、さっきいきなり結界の中に取り込まれたんだ・・・)

 先ほどの黄昏時の荒野のような情景――その中に入る前に、『黒い線』がいきなり自分に向かって伸びてきたことを、ひょうすべは思い出す。


「まあとにかく、どーしたもんかと思ってね・・・」

 そういいながら、女魔術師は近くの虚空をすいとなでる。

 とたんに、石を投げた水面のように虚空がゆらぎ――一人の男の姿がまろびでる。

「ほら。さっさとたちな」

「ぐっ・・・」

 髪の毛をひっばられながら無理やり立たされたのは、木の陰にうずくまっていた男。酒吞童子と大嶽丸とてすべて救い出せたわけではないだろうし、おそらく逃げ遅れた退治屋の一人だろう。

 その喉元へ、女魔術師は無造作にナイフを突きつける。

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