第17話

 ぐぅ・・・るぅ・・・


 地響きにも似た低いうなり声を漏らしながら、ドラゴンは自分に突き刺さる刀剣をくわえ込む。

巨体に突き刺さる刃が湿った音を立てつつも、牙によって強引に引き抜かれる。


「ほお・・・」

 切れ長の眼を細めて、興味深そうな声を漏らしつつ、大嶽丸は白い手ですうっと虚空をなでる。

 なでた虚空から、冴え冴えと白い光がこぼれ――次の瞬間には、ドラゴンに向かって疾走。


 轟!

 ドラゴンの口から響いた咆哮――衝撃波が大気を震わせ引き裂きながら、向かい来る白光をそらした。

 そらされた光は、近くの大地に突き刺さる。

「え・・・」

 目を凝らしてみると、それは数本の剣や鉾だ。紫がかった薄闇の中でも、鋭利な刀身が凍るような光を放っている。


 再び大嶽丸が宙をなで、生み出した剣や鉾を放つ。ただし数は、先ほどよりはるかに多い。


 轟!

 横に振る光の雨のごとく降り注ぐそれらに向けて、ドラゴンが再び吠えて衝撃波を放ち、軌道をそらす。


「・・・面白いな」

 つぶやく大嶽丸の声は、いつもの平坦な響きとは異なる何かが潜んでいた。

「・・・え?」

 思わず視線を転じたひょうすべは呆然とする。

 最前まで冷淡そうな無表情をたたえていた秀麗な面長の白い顔が、うっすらと歪んでいた――禍々しいほどの獰猛な喜悦がにじむ、不敵な薄ら笑いを形作って。


 ぎし・・・ぎしっ・・・みちっ・・・

 刃が空を裂いて降り注ぐ音と衝撃波の轟音に紛れて、何か妙な音が聞こえてきた。肉がきしみ形を強引に変えていくような。

 大嶽丸の細身の長身が少しずつ輪郭を歪ませ、大きくなっていく。

顔もまた、少しずつ変化していく。弧を描くように口が大きく裂けて、そこから獣じみた牙がのぞき――

 やがて奇妙な音が完全に途絶えた時、そこに公家めいた上品な青年の姿はどこにもなかった。

あるのは――


るごおおおおっ!


 人とも獣ともつかぬ咆哮をあげる巨大な異形。

 化生であることを示すような大きな角と小山のような巨躯。肌は甲殻のように冷ややかで固そうな光沢を纏う黒。

 長い黒髪と爛爛とぎらつく瞳に宿る淡い金色は、人の姿と変わらないが、それだけに禍々しさと猛々しさが一層際立つ。

 ようやく刃の雨を防ぎ切ったドラゴンも、自分とは異なる咆哮に一瞬怯えるように巨体を振るわせる。


「うそ・・・」

「あ、ちょっとそこにいると危ないよ」

 目の前で見ている光景に呆然とするひょうすべの首根っこがひょいと捉まれ、猫のように持ち上げられる。

――次の瞬間、先ほどまでひょうすべがいた場所を、丸太のような太さの何かがぬるりと這う。

「・・・え?」

「あ、目は凝らさない方がいいよ」


 そう言ってから、酒吞童子はひょいとひょうすべを降ろして、ドラゴンと大嶽丸の戦闘であちこちに散らされ、地に突き刺さる剣や鉾を抜き取る。


「旦那、ちょっと借りるよ」

「ああ」

 酒吞童子の声に振り返ることもなく、ややくぐもった声で大嶽丸は短く答える。


 無造作に手にした武器を、酒吞童子はなめらかな動作で投擲する――目の前に現れた何かに向けて。


・・・どずっ。

 しゃあああああっ。

 刃が食い込み肉をえぐる無慈悲な音の後に、それを悲鳴を上げて身をよじる。


「・・・え?」


 それは巨大な蛇だ。先ほど酒吞童子が、武器でえぐった部分は眼らしい。二か所から、毒々しい色合いの血を流しながら、金属的な悲鳴を上げ続ける。


「あれって・・・」

「蛇の魔物だろうね。そういうのは、目に即死や石化の力があるとよく聞くし。先手を打たせてもらったよ」


 淡々とした調子で酒吞童子が答える。眼前の化け物や、大嶽丸の戦闘にも一切動揺や恐怖の色を示さずに。


だが目をえぐっただけでは、眼前の蛇は致命傷にならなかったらしい。目は見えぬまま、ゆらりと頭部をもたげる。

 次の瞬間くわっと口を開いて酒吞童子に襲い掛かってくる。


「っとと、危ない」

その場から大きく飛び退いて回避した酒吞童子は、また近くにあった大嶽丸の剣をとり

「そんなにおなかが空いているのかい?じゃあこれだけあげよう」

――ごく無造作な動きで、自分の片腕を切り落とした。


「・・・え?えええええっ」


 一瞬何が起きたか分からず硬直した後に、狼狽するひょうすべをよそに、切り落とした腕を、蛇に向けて勢いよく放り投げる。


「ほら、ゆっくり味わって食べなよ」

 放り投げられた腕を、口で受け止めた蛇はそのまま、つるりと飲み込む。

「うげ・・・」

 思わずうめきを漏らすも、別の音を聞きつけて視線を転ずる。


 みちっ・・・みちっ・・・。

切り落とされた腕が緩やかに、生えている。最初は骨から、次にそれを包み込むように肉が――

 同時に肉体全体にも変化が起こりつつあった。輪郭が歪み膨らみそして――

 赤い蓬髪の間からのぞく角。朱を塗り込めた甲殻のような、生々しくも硬質感のある肌。

おおおおおおっ!


 碧眼を爛爛と輝かせて、化生の姿をさらけ出した酒吞童子は咆哮する。

 



 







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