第15話

「まあ、化け物として恐れられる一方で、神として畏れられる存在は、それなりにいるからね。旦那だって鬼神だし、俺も一応『首塚大明神』として祀られているし。俺たちの中では、玉藻前は祭神として祀ってある神社が一番多いと思うよ。栃木県は勿論、岡山県や福島県や秋田県とかね」


 意外そうに目を見張るひょうすべに、酒吞童子は軽い口調で説明を添える。


「そう……なんですか。おれ、ほとんど何も知らなくて」


 ひょうすべはそう言って記憶を掘り起こす。

 両親からは、かつて自分の祖先が犯した罪と、菅原道真によって助けられたことのみ教えられた。それにより、道真の一族には害を与えない約束をした――一般にはこう伝えられているが、それは正確ではない。

 人そのものに害を与えず、生きること――そう約束を交わした。それをたがえることなく、人に紛れてひっそりと生きること――そう教えた両親は、それ以外のことはほとんど教えてくれなかった。

 酒吞童子達に関する知識もほとんど、人間たちの世界にあふれる娯楽作品――ゲームや漫画によるものだ。

 そんなことをぼんやり考えていると――

「……あ」

 不意に何かに気づいたように、酒吞童子が声を漏らす。

「どうしたんですか?」

「いや、ちょっと……」

 ずんっ……!

 何事か言いかけた酒吞童子の声を遮るように、重く鈍い音が響いた。

「……ったくもー」

 軽く顔をしかめて、ぼやくような声を漏らして酒吞童子が屋敷の外へ出る。

 慌ててひょうすべも後を追うが

「……え?」


 屋敷の外に見慣れぬものが浮いていた。

 黒い穴だ。草木に包まれたのどかな風景画の一点を墨で塗りつぶしたような円形の暗闇が、虚空にぽかりと口を開けている。


 その中から、ずるりと何かが出てきた。

 「……え」

 人間の男と、大嶽丸だ。

 人間の男の方は、やや古めかしい独特の装備からして退治屋の一人なのだろう。

 負傷してあちこちが赤黒く汚れ、うめき声をあげている。


「あ……あぐ……うっ」

「騒ぐな、見苦しい。助けは必要ないと言っておいて、結局はこのざまか」

 そんな男を引っ張り上げながら、大嶽丸は吐き捨てるように告げる。


「あ……あの……これっていったい……」

「あー、その……あの魔術師のお嬢さんに向かって、返り討ちにあったみたいだね」

 ひょうすべが戸惑いがちに声をかけると、酒吞童子が軽く肩をすくめていう。


「協力は断られたけど一応、監視をつけといたんだ。危なくなったみたいなんで、旦那に加勢に入ってもらった。もう一か所、別のところでお嬢さんの使い魔らしき怪物が暴れてるみたいだから、玉藻の前には、そっちに行ってもらったけど」


「酒吞童子。悪いが、手が足りぬ。」

「はいよ」


 説明の途中に割り込むような大嶽丸の端的な言葉に、酒吞童子は気を悪くした様子もなく答えて、二人一緒に黒い穴の中に入り込む。





 


 


 

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