第12話

「……いや、お暇するて言われても、こっちとしてはハイどうぞって訳にはいかないんだけど」

「でしょうね」


 硬直状態からどうにか脱してから、酒吞童子が言葉をかけると女魔術師は頷く。

 浅黒い肌によく映える厚い花弁のような朱唇には、悪戯っぽくもどこか毒気のある笑みが緩やかに刻まれる。


「だから、まあ……こうしようかなって」

 ぬるりと黒く、丸太のように太い触手がうごめく。


「がっ……」

 それによって拘束された男たちが、声を漏らすものの触手の動きは止まらない。


捕らえた男たちの身体を、後退する女魔術師の盾になるように巧みに動かしながら、触手は動く。

 酒吞童子や大嶽丸、玉藻の前が素早く無言で追いすがろうとするも


「ぽいっとね」

 女魔術師の一声により、触手が捕らえていた男たちのうち、数人の身体を天高く投げ飛ばす。


「……あっ」

 とっさに動こうとするひょうすべを、酒吞童子が手で制止した後に速やかに動く。


「……おっとと」

「ちっ」

「……」


酒吞童子たちは、女魔術師の追撃よりも男たちを受け止めることを優先し――その一瞬の隙に、女魔術師とその使い魔らしき触手はすみやかに撤退していた。


「あー」

 酒吞童子は、緋色の長い癖毛に覆われた頭をかいて、とっさに受け止めた男を下ろす。

「どうしたもんかね……」

「さあな」

 ぼやく様なその声に短く答える大嶽丸は苦虫を嚙み潰したように、秀麗な顔をしかめている。酒吞童子よりそっけなく、受け止めた男を下ろす。

 一方、玉藻の前は受け止めた相手を無言で下ろす。よく見るとその相手は先ほど彼女を「女狐」と言った男だ。玉藻の前は相変わらずの涼やかな無表情だが、男の方はさすがに気まずそうにしている。


「……すまない」

「……いいえ」

 かすかな声で感謝とも謝罪ともとれる言葉を漏らす男に対して、玉藻の前は涼やかな声で短く返す。


「……えーと、よければ協力しません?」

 酒吞童子の声に、助けられた男たちは顔を上げる。

 いまだ抜けきらぬ動揺とためらいが混ざり合った面持ちで、互いに顔を見合わすがやがてゆっくりと首を横に振る。


「では何か、具体的な策でも?」

「それは、これから上に報告してから考える。助けてもらったことは礼を言う。……だが悪いが、人間同士のもめごとに化け物の力を借りる気はない」

「ええー」


 そう言って去っていく男たちの背を、酒吞童子はあきれ交じりの声を漏らしつつ、肩をすくめて眺めやり


「……人間の執着や欲望の方が時に化け物よりも質が悪いと、ついさっき身をもって味わったはずなのに、なんでそんなこと言っちゃうかなあ・・・」


 ぽつりと呟きを漏らしていた。





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