第11話

「……で、その上物っていうのは誰のことかな?」

 酒吞童子は表向きは警戒心を隠して、飄々とした態度を崩さず問いかける。


「ああ、彼女よ」

 名も知らぬ女魔術師は、そういって浅黒く細い指をさす。

 指し示すその方向に佇んでいるのは――


「……私、ですか?」

 涼やかな白い美貌に宿る無表情は崩さぬままに、玉藻の前はいぶかしむように、柳眉をひそめてほのかに眼差しを陰らせる。


「そう、貴女って確か殺生石という毒石を生み出したんでしょう?確か、栃木県にあるのが有名らしいけど……ほかにもあちこち散らばっているんだっけ?」

「ええ。そうですが」 


 殺生石。伝承において、玉藻の前が化したという猛毒を放つ岩石だ。

 骸が石に変わった、または倒される寸前に自ら石に変化した、邪念が石に変じた……伝承によって語られる内容は多少異なれど、彼女が原因で生み出されたものという点では変わらない。


「あなたの名前を聞いた時は、びっくりしたしうれしかったわ。正直、『彼』よりずっとこっちの方が強力そうだし……あ、ごめんなさいね」

 『彼』というのは、ひょうすべのことなのだろう。こちらに視線を向けて軽い調子で詫びを入れてくる。


 (……おい)

 内心、殴りつけたくなるような衝動に駆られるひょうすべ。

 勝手に付け狙って、化け物退治の集団に狙わせるように仕向けておいてこの言い草である。

 確かに、玉藻の前と自分では差がありすぎる。そもそも比較対象になどなるまい。  

 それは自分でもわかっている。……それでも腹が立つ物言いであることは確かである。


「それに何より、容姿も私好みだし」

「……と、いいますと?」

 玉藻の前がわずかに首をかしげると、月華のように清かな色合いと光沢を纏う髪がさらりと揺れ、こぼれる。

 その様を眺めて女魔術師はまぶしそうに目を細める。

「私、男より同性が好きなのよ。貴女に一目惚れしちゃった。だから、貴女の能力だけじゃなくて、貴女を手に入れたいの」

「…………」


 あまりにあっさりと告げられた一言に、玉藻の前が黙する。

 ひょうすべも黙する。酒吞童子や大嶽丸も。

 女魔術師が生み出した『何か』に体をからめとられた男たちも。

 静寂の氷が緩やかに広がり、やがてその場を満たしていく。


「……その、申し訳ないのですが」

「ああ、大丈夫よ。今は同性同士でも結婚できる時代だもの。それに狐ってこの国じゃ異類婚姻譚にも、よく取り上げられてたりするじゃない」


 謝罪の言葉の後に、断りの言葉を継ごうとする玉藻の前のセリフを最後まで聞かず、女魔術師はぺらぺらとしゃべる。

 どうやら自分が言いたいことだけ告げて、相手が何を言っても全く聞かないタイプらしい。

 玉藻の前はもとより白い肌を蝋のように青ざめさせて、よろめく。

 近くにいた大嶽丸が慌ててそれを支えるのを見て、女魔術師はくつくつと笑う。


「ま、今すぐに……て訳にはいかないから。今日のところはお暇させてもらうけどね」

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