第10話

降りかかった声の方向へ視線を転ずる。

そこに声の主がいた。森を形作る大樹の枝に腰をかけて嫣然と笑いかける女だ。


年のころは20代後半ほどに見える。日本人離れした風貌だ。黒に近いほど濃い赤褐色の髪はゆるく波打ち、背中の半ばまで伸びている。肌の色は浅黒く、整った顔の彫りも深い。

 くっきりとした造形の中で、目じりがやや吊り上がった目が一際よく目立つ。


「……誰だ?お前らの仲間か?」

 男の一人が、困惑と狼狽をにじませて、酒吞童子らに問いかけている。それに返事が返ってくるよりも早く

「違うわよ。まあ、アンタたちの敵で……」

 女がすうっとよく光る黒い瞳を細めて、

「アンタたちが追っかけてる事件の犯人ではあるけどね」


 軽い口調で言い放った後に、地面が爆ぜた。


「……!?」

 爆ぜた地面から、黒くて太い縄のようなものが飛び出して、男たちの身体を絡めとる。

「な……」

「はい、動かないでね。計算外の行動されたら、つい殺しそうになっちゃうから」

 男たちに声をかけながら、女は面倒そうに髪をかき上げる。


「……ええと、こうもアポなしのお客さんが次々来られると困るんだけど・・・とりあえず君は誰?」

 とっさに飛び出そうとした大嶽丸や玉藻の前を手で制しつつ、負けず劣らず面倒そうに顔をしかめながら、酒吞童子が問いかけてくる。


「あら、ごめんなさいね。」


 女は軽く肩をすくめてから

「名乗れるほどの名前なんてないから、とりあえず、職業だけ言っとくけど……この人たちと同じ、化け物殺しの専門家よ」

 興味のなさそうな視線を男たちに注ぎながら、女は告げる。


「まあ、私はこの国の出身じゃないし、使うのも東洋の呪術や妖術じゃなくて、西洋の魔術だけどね。それと……こいつらみたいに、別にあなたたちのような人間ではない存在を、嫌ってるわけでも憎んでいるわけでもないし。自分を正義だと勘違いして、戦っているわけでもないわ。ただ、自分の自尊心と懐を満たすためにやっているだけ」


 視線に侮蔑と嘲弄の色合いを含めながら、女は言う。

「はあ……正直なんだな、君は」

「その方が分かりやすいでしょ?」

 探るように言葉を選びながら言う酒吞童子に、異国の女魔術師は悪戯っぽく笑いかける。


「でね……趣味と実益を兼ねて、毒の収集をやっているのよ。化け物が体内に宿す毒を。そのために色々調べてたんだけど・・・全身を紫に変えて、熱病を起こす毒に興味を持ってね」


「……!?」

 びくんと、ひょうすべは身を震わせる。


「で……自分で探しだすのは骨が折れそうだなと思って。その毒を宿す化け物……ええと、この国では『妖怪』っていうんだっけ?それが人を襲ったように見せかけた事件を、魔術を使って何件か起こしたら、この国の化け物殺しの集団が動いて探し出してくれるんじゃないかと思ったわけ」


 拘束されたまま顔を強張らせる男たちを眺めて、くすりと笑いながら女は続ける。


「頃合いを見て、回収しようと思ってたんだけど、イレギュラーが起こっちゃってね」

 『イレギュラー』とはおそらく、酒吞童子たちが助けに入ったころだろう。

 その割には、女はさほど残念そうではない。


「まあ、思わず目移りしちゃうほどの上物に会えたからいいんだげどね」

 否――妙に嬉しそうに見える。

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