第9話

 大嶽丸の表情そのものは、いつもと変わらぬ冷ややかな無表情だ。

 だが、その眼差しと立ち姿には明らかに怒気が混じる。

 

 切れ長の眼に宿る黄金色の瞳が爛然たる眼光をたたえている。色の淡い琥珀を刃のように研いで、その中に焔を灯したようにぎらついている。

 細身に見えるが、長身の和装姿はまっすぐに背を伸ばしている。何のゆがみもないその立ち姿からは、ゆらりと陽炎のような怒気が揺らぎにじみ出る。


ごくりと思わずひょうすべは息をのむ。緊迫感と焦燥が入り混じって思考が煮えたぎり、吐き気すらせりあがる。


 対峙している男たちはさらに、戦慄している。

 先ほど玉藻の前に暴言を吐いた男などは、血の気が引いて後ずさりしている。


「まあ、まあ。旦那。さっきのは俺もカチンときたけど、そのまま喧嘩へ発展させないでね」


 大嶽丸から発せられる尋常ならざる怒気と、それによる戦慄で再び凍り付いた場。

 その場の氷を溶かしたのは、この場にそぐわぬほど飄然と軽い酒吞童子の声だ。


「……で、話を戻したいんですが。とりあえず、ここは平和的に退いていただけませんか?」

 声音は軽いまま、口調は再び丁寧な口調に戻っている。

 だが、その眼差しは先ほどど違う。西洋人のように大きな藍色の瞳には、冷ややかなほど鋭い眼光が宿っている。


「……退くだと?」

「ええ。皆さんも場離れしていてお強いのでしょうが……、さすがに我々に真っ向勝負で挑んで倒すのは無理でしょうから」


 さらりと告げられた言葉に、男たちは色めきだつ――かと思いきや、苦々しい顔で黙り込んでいる。


「……そうもいかん。何人も犠牲者が出ているんだ。こちらとしても、あの化け物を早く捕獲して」


「……分かりました!」

 もうただ見ているだけなのは限界だった。ひょうすべは隠れていた場所から、男たちの眼前へ駆けつける。


 一斉に、男たちの多種多様な武器が向けられるが、もう怯えはしない。

「ようやく見つけたぞ、・・・お前がやったんだろう」

「濡れ衣です!」

 男の声に間髪入れずにきっぱり言い切った。

「……でも、そんなに俺のことを疑っているのなら、どうぞ連れてってください。気が済むまで何でも調べてください!その代わり……」


「……おい」


 大嶽丸が愕然とした様子で声をかけてくる。

 酒吞童子は、男たちの手前、いつもの飄々とした態度を崩さぬようにしているようだが、眼差しには珍しく困惑が淡くにじむ。彼にとってもこの乱入は予想外だったのだろう。

 玉藻の前もその玲瓏とした美貌はいつもの無表情だが、涼やかな眼差しを陰らせている。

 短い間とはいえ、助けてくれて親切にしてくれたこのお三方にこれ以上迷惑はかけたくない。それに……


「先ほど玉藻さんに言った発言を取り消して謝罪してください!」

「……何だと」

 男が想定もしていなかった言葉を聞かされたように目をむく。


「ひどいことを言ったら、謝るのが当然でしょう。化け物だってわかる当たり前のことができないんですか?」

 一度口を切ったら、言葉が堰を切って流れ出す。


「第一、男を誑かすなんて、陳腐な悪女のイメージをそのまま鵜呑みにするなんて、あなた自分じゃ何も考えてないんじゃないですか?」


「・……貴様!」

 吹きこぼれた憤りにかられるままに言葉をぶつけると、男が顔を赤く染めて憤怒の形相になる。

 手にしているのは古めかしい拳銃だが、携えている以上妖や化生の類を傷つける威力を秘めているのだろう。

それでも、ひょうすべは憤りを込めてまっすぐににらみつけるのを止めない。


「……あんたら、悪いけどその辺にしてもらえるかな?」


 男がひょうすべに拳銃を向けるのと、聞き覚えのない声が降りてきたのはほぼ同時。

 どこか腐臭を放ちそうなほど甘く、不吉な女の声だ。







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