第8話

臆する様子も見せずに悠々と進み出た3人の姿に、襲撃者たちはひとまず攻撃の手を止めた。

 ――というよりは、予想していなかった成り行きに戸惑っているように見えた。


「……ええと、とりあえずこちらの話聞いてもらえます?」

 相も変わらず飄々とした態度のまま、それでも口調は丁寧に整えて酒吞童子が話しかける。

「……お前らがかくまったあの化け物、ここにいるんだろう?引き渡せ」

 襲撃者の中から、一人が進み出てやや居丈高に告げる。

 ひょうすべはびくりと身をすくめる。『あの化け物』というのはおそらく自分のことだろう。

「無理ですね」

 居丈高になることも、怯えおもねることもなく。

 酒吞童子はさらりと答える。


「なぜだ?」

「いや、なぜも何も。冷静な判断できなくなってる人たちに、渡したらろくなことになりそうにないですし」

「……なんだ、その態度は……そもそもお前らは……」

「ああ。申し遅れました。私の名は酒吞童子」


 しん……と静かに冷えた沈黙が流れて満ち、薄氷となってその場に張り詰める。

 短い間その場を凍らせた静寂は程なく溶けて流れ落ち、代わりに葉擦れのようなざわめきが満ちる。


「ああ、ちなみにこちらのお二方は、大嶽丸と玉藻の前。皆さんなら聞いたことはあるかと思いますが」

 口調は丁寧に整えているが、声音は軽いまま酒吞童子が紹介すると、ざわめきにさらに動揺と驚愕の色が濃く混じる。


「……討伐されたはずでは?」

「ええ。まあ……けど、化け物を描いた有名な作品でこういう言葉があるでしょ?『お化けは死なない』と。時間はかかるけど、肉体の修復は可能ですよ」

 動揺を必死に抑え込みながら問いかけるリーダー格の男に、酒吞童子はおどけた様子で答える。


「……それで、その不死身の化け物が3匹揃って何を企んでいる?」

「何も」

 疑い深げに投げかけられた質問に、短く簡潔に答えは返ってくる。


「……何もだと?」

「ええ。確たる証拠もなく殺されようとしている者を、助けようとしているほかは何も」

「全身が紫色に染まるような病。そんなものを引き起こせる奴なんぞ、そうそういない。あの化け物の……ひょうすべの伝承とも一致する。疑わしいなら即始末するべきだ」

「――差し出がましいようですが」

 鈴を転がすように、淡々と澄んだ声が通る。

 それまで黙していた玉藻の前が口を開いたのだ。


「それは、あまりに短絡的な結論ではないでしょうか?」

 一瞬気おされたように口をつぐんだ男は、次の瞬間吐き捨てるように告げる。

「黙れ。男を誑かすしか能がない女狐が」

 玉藻の前は何も言わず、ただびくりと細い肩を震わせた。

 すい……とその前に出たのは、大嶽丸だ。


「……おい。今何と言った?」

 低い声は、怒気を含んでさらに低く。

 鼻梁の通った面長の秀麗な顔の中で、両眼だけが獰猛な殺気をはらんでぎらついている。



 


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