第6話

「まあ……問題は、君を犯人だと思い込んでるあの人たちに、どうやってそれを分かってもらうかだけどね……」


「……あなたは俺のことを疑ってはいないんですか?」

「んー、君がやっていないという証拠は今のところない。けどやったという証拠もない。それなのに、あんな風に襲い掛かるのはどうかなと思っただけさ」


 ひょうすべが思わず尋ねると、酒吞童子は肩をすくめて相変わらず飄々とした口調で答える。

「……」

「ところで、腹は空いていない?」

「……え?」

 問われて、我に返る。

 先ほどまでは、空腹など感じていなかった。

 というよりも、ひたすら呆然としていて空腹など感じる暇も余裕もなかった。だが今は――

「……空いています」

「粥は作ってあります」

 無表情で告げたのは玉藻の前だ。ひょうすべが戸惑い気味に礼を言っても、相変わらずにこりともしなかったが、外見よりも冷淡ではないらしく、その後もあれこれと面倒を見てくれた。


 食事を済ませて、ひょうすべは一人横になりながらぼんやりと天井を眺めている。

 自分が置かれている状況がどれほど大変なのか、一応理解はできているつもりだが、実感がわいてこない。

 なので、これからどうすればいいのかという狼狽や焦燥、不安はこみあげてこなかった。

 現在、胸中を満たしているのは全く別の考えだった。


「……なんか、話に聞いていたのとは全然違う感じだったな……」


 自分を助けてくれた酒吞童子・大嶽丸・玉藻の前についての印象をぽつんとつぶやいた。

 酒吞童子は、話に聞いていたかぎり徒党を組んで暴れまわっていた残虐な鬼――というイメージを抱いていたのだが、気さくな美丈夫にしか見えない。


 大嶽丸もまた、最初は冷ややかそうに見えて短気で近寄りがたく見えたが、素直に詫びるあたりは、それほど悪い印象は受けなかった。少なくとも話に聞いていた限りの暴虐そうな雰囲気は感じられない。


 玉藻の前――日本のみならず、中国やインドでも男を誑かす妖婦、あるいは毒婦として語り継がれている存在だが、これまたそうは見えぬ。

 服装は飾り気がなく中性的だが、それが一層端麗な容姿を引き立てている。だがその容姿には、男を惑わすようななまめかしさ、蠱惑的な甘さはない。

 美女を花にたとえることが多いが、あれは甘い香りを放ちながら、あでやかに咲き誇る大輪の花のような印象はない。

 どちらかというと、硝子や水晶を連想させるような無機的なほど玲瓏とした印象がある。


 それとも本来の化生の姿ならば、また受ける印象も違うのだろうか。

 そんなことをあれこれと考えているうちに、意識は曖昧にかすんでいって緩やかに眠りの中に引きずられ、沈んでいった。

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