第5話
「……っ」
「大丈夫ですか?」
浜辺に打ち上げられた魚の真似でもしているように、ひたすら口をパクパクさせているひょうすべに、無表情で問いかけたのは玉藻の前。
「おお……たけまる。たまもの……まえって」
それらは、酒吞童子に勝るとも劣らない悪名で知られる妖怪の名だ。
かたや鈴鹿山に居を構えていた鬼神。暴風雨や雷、火の雨を引き起こすほどの神通力を誇り、氷の如き剣や矛を数百も投げつける、数千にも分身できる等、多種多様な能力が語り継がれている。
かたや、天下一の美女とも国一番の賢女ともたたえられ、美貌と博識で鳥羽上皇の寵姫にまで上り詰めたほどの、美麗な才女。
正体が白面金毛九尾の狐であることを見破られた後は逃走し、八万の討伐軍を差し向けられるも、一度は撤退に追い込むほどに圧倒して見せたという。
「何か言いたいことでもあるのか?」
細く形のいい眉の根を寄せて、長い黒髪の男――大嶽丸が問いかける。
眉の下の切れ長の眼の中に宿る、淡い琥珀のような金の瞳に射すくめられてひょうすべはぶるりと震える。
線の細い容貌と白い肌、乏しい表情が一見冷静沈着な印象を醸し出しているが、存外短気な性格なのかも知れない。
「い……いいえ」
「一つ言っておくが」
ちぎれんばかりの勢いで首を横に振るひょうすべをひたりと見据えて、大嶽丸は告げる。
「……先ほどは殴って悪かった。つい短気を起こしてしまった」
謝罪の言葉を述べられたことを理解するのにわずかな間を要して、わずかな沈黙が満ちた後。
「……え?い……いいえ。俺の方こそ助けていただいた方に失礼な態度をとってしまって」
思わず呆けた声を上げてから、再び首を横に振る。
「あ……あの、それで、どうして俺は襲われたんでしょうか?」
その問いかけに答えたのは、酒吞童子だ。
「あー、ええと……君を襲った人たちは、化け物狩りの専門家さん達だってのは話したよね?」
「え……ええ……」
「君が……というか、君のご先祖様が引き起こした事件によく似た事件が最近多発しているみたいでね。君がやったんじゃないかと、あの人たちは疑っているみたいなんだ」
「……え?」
「ほら、ナス畑を荒らすひょうすべを見た人が、全身紫色になる病になった……て話があったろう?あれに似た事件が起こってるんだ。まあ、幸いまだ死者は出てないし。ニュースにはなってない……ていうか、あの人たちがさせてないみたいだけど」
「お……おれはそんなこと……」
やっていないとひょうすべが思わず声を荒らげて言うと、酒吞童子は疑わしげな様子も見せずに頷く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます