第4話
暗闇の中に沈んでいた意識が、緩やかに浮かんでくる。
「……あ」
瞬きを数回した後に、ひょうすべは自分の状況を理解した。
畳が突き詰められた、質素な和室の中央で延べられた布団の上に、横たわっている。
「えーと……」
「あ、起きた?」
飄々とした声をかけられて、反射的に視線を向けて凍り付き、ばね仕掛けのごとき動作で一気に起き上がる。
黒い着流しを纏い、長い赤毛を垂らした大男が胡坐をかいて座っている。巨躯にそぐわぬ気楽な物腰だが、それを目にした途端意識が緊張と恐怖に染まる。
「しゅ……酒吞童子!」
「……あー、旦那。またさっきみたいに、短気起こしていきなり殴るのは無しね」
「わかっておる」
畏怖と恐怖で思わず後ずさるひょうすべの反応に怒りもせずに、酒吞童子は苦笑しながら、隣に座る長い黒髪の細身の男にくぎを刺す。
「えーと、あの……これは」
「おはようございます」
鈴を転がすように抑揚のない澄んだ声をかけられて、ひょうすべは飛び上がりそうになった。
視線を横に転ずると、音もなくなめらかにふすまが開く。
先ほど自分を抱えて連れて行ってくれた色の白い麗人の姿が目に入る。
「……あなたは」
「傷は治療を施しました。矢には毒が塗られていたので、解毒も。まだ苦痛は感じますか?」
「え……」
涼やかな声に、いくらか冷静さを取り戻す。
自分の腹部に目を向けると、矢が突き立っていた部分には包帯がまかれている。意識を失っている間に施された治療のおかげか、さほど痛みを感じない。
「えーと、大丈夫です」
「そうですか」
麗人は愛想笑いも返さずに、ただ頷いた。
「……あの……」
「ん?」
「あ……ありがとうございます。そ……それからその、助けていただいたのに、先ほどは失礼しました」
麗人と、酒吞童子に頭を下げる。
先ほどはその名前を聞いてパニックに陥ってしまったが――自分を助けてくれた相手に対して、向ける反応ではなかった。
頭が冷えた今では素直にそう思う。
「謝る必要はないよ。俺がやらかしたこと聞けば、まあ当然の反応だよなって思って。だからなるべく名乗りなくなかったんだけどね」
酒吞童子は飄々とした調子を崩さぬまま、答える。怒りを隠している様子はない。
「あの……それでそちらのお二人は?」
「……大嶽丸だ」
長い黒髪の男が言う。名を告げられたのだと理解するのに、わずかな間を必要とするほどに端的でぶっきらぼうな物言い。
「……え?」
理解が追い付かぬまま、ひょうすべはとりあえず男をまじまじ眺めた後に、視線をゆっくりと麗人の方に動かした。
「……私には複数呼称がありますが、この国では『玉藻の前』という名で呼ばれておりました」
自分も名乗りを求められていると思ったのか、麗人は淡々とした口調で答えた。
「……!?」
今度こそ、ひょうすべは言葉をなくしてその場に凍り付いた。
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