第3話
白い光に焼かれた視界がゆるやかに回復してくる。
瞬きを2、3回ほどしたのち
「……え?」
ひょうすべは呆然とする。
「やあ、さっきは悪いね。目くらましする前に警告すると、奴さん達にもバレる可能性あったから」
声をかけてきたのは先ほどの赤毛の鬼だ。
抱えられているひょうすべの眼前を歩きながら、振り向きながら声をかけてくる。
……はて、自分を抱えているのは誰だろう?
そう思って、ようやく見えるようになった目を向けると
「……え」
抱えているのは若い女性だった。
銀にも金にも見える淡い色合いの髪をまっすぐ背に垂らし、ほっそりとした体は男性めいたダークスーツに隙なく包み込んでいる。
切れ長の両眼とすらりと形良い鼻筋が目立つ細面は、表情を持たぬままにひょうすべを見つめ返している。
男装の麗人――そんな単語が浮かんだ。
飾り気のない中性的な装いが、かえって優美な容姿を際立たせている。
問題は――そんな女性に、ひょうすべが横抱きに抱えられていることだ。
「あ……あの……」
「苦しいですか?」
「い………いえ、そういうわけでは」
どう言い出すべきか分からず、ひょうすべが口ごもっていると
「いやあ、それ、俺もされたことあるからわかるけど。男としてのプライドとか意地とか、そういうのがメリメリ目減りしていく感覚が、半端ないよな・・・」
などと、先頭を歩く赤毛の鬼が苦笑を交えてつぶやいた。
「………てあなたもされたことあるんですか!?」
「ああ、まあね………だからって俺みたいにむさい野郎に抱えられるのもそれはそれで嫌だろう?悪いがもう少しだから我慢してくれ」
「………もう少し、て?」
「さっき君を襲った連中から隠れるための場所さ」
「………っ」
先ほどまで胸中を満たしていた恐慌を思い出して、息が詰まる。
「あの………あの人たちは」
「化け物狩りの専門家さんだよ。危険な存在がいれば人はそういうのを狩る技術を編み出すし、それで飯食っていく専門家も生まれるさ」
「……そんな人たちが今の時代でもいるんですか?」
「そりゃいるさ。なんせ俺や君みたいなやつらが今でもいるんだから」
「……」
言葉を失う。
絶句したまま、視線をさまよわせると大きな墓標のように立ち並ぶ木々が目に入る。どこかの森の中のようだが詳細は見て取れない。
夕暮れの赤い光はとうに溶け落ちて、藍で染めたような蒼い薄闇に包み込まれている。
その中で、先頭を歩む鬼の赤い髪が篝火のようにぼんやりと浮かび上がって見える。
「でも……なんで俺を」
「うーん、まあそれは……と」
「遅かったな」
ひょうすべの問いに答えかけた赤毛の鬼の前に音もなく歩み寄ったのは、流れるような黒髪を後頭部で束ねた若い男。
白い肌が際立つ質のよさそうな漆色の和装に細身の長身を包み、立ち居振る舞いにもどことなく高雅さがにじんで見える。
「よお、旦那。迎えに来てくれたんだ」
「汝らが遅いので心配になったのだ、酒吞童子」
「……え?」
黒髪の男が呼んだ赤毛の鬼の名前に、背筋と意識が凍り付いた。
「しゅ……てんどうじ?」
それはかつて、大江山を根城としていた鬼の名だ。
荒くれた鬼たちを束ねる首領として君臨し、今日の姫君をさらって食らうなど悪逆のかぎりをつくしたという――
「あー、ええと……」
「ひぃいいいいっ!」
思わずひょうすべは悲鳴を上げて身をよじり、その拍子に抱えられている腕の中から抜け出した。
「ど……どうか、命だけはご勘弁を!」
「……いや、あのね?」
「お……俺、美女でも何でもないし、金も大して持ってないですし、さらっても何の得にも……」
ごんっ!
鈍い音と共に、視界が揺れた。
急激にかすみ暗転していく視界の隅に映ったのは、どこからか取り出した槍を携える黒髪の男の姿。
………どうやら、柄で軽くひょうすべの頭を小突いたらしい。
「相手が話している時は、きちんと最後まで聞かんか」
「ちょ……ちょっと、旦那。今のは、やりすぎ……」
慌てた様子の酒吞童子の声を最後に、ひょうすべの意識は完全に暗闇に沈みこんだ。
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