第2話
声の主は、大柄で西洋人めいた男だった。
癖の強い赤毛は色が濃い。オレンジに近いほど明るく薄い赤ではなく、やや黒に近いほど深みのある赤。
くっきりと太い眉の下の大きな瞳の色もやや浅い。藍色に近いほど深みのある蒼い色だ。
紅毛碧眼――その昔、西洋人を指すのに使われていた単語が自然と浮かび上がってくる。
顔の彫りもくっきりと深いが端整で、瑞々しいほど若く見えた。
容貌や体格に反して、涼し気で軽やかな印象を受けるのは、声や表情を含めた、全体的に飄々とした物腰ゆえか。
服装もTシャツとジーンズというごくありふれた軽い装い。手には何も携えておらず、眼前の光景を見ても驚愕や狼狽は一切していない。
恐怖と痛みも忘れてそんなことを考えながら、ぼんやりと眺めていたひょうすべは、いつの間にやってきたのだろうと思う。
自分は突然襲撃されたせいで、気づく余裕もなかったのかもしれないが――男たちまで、ぎょっとしている様子だ。
先ほどまでの仮面じみた無表情に、驚愕と狼狽の亀裂がうっすらと入っている。
「……人払いはしていたんじゃなかったのか?」
その中の一人が、仲間に対して問いかける台詞が聞こえる。
「ええ、まあ・・・『人』払いはできてたんですけどね」
それに答えたのは、赤毛の男。
いつの間にかうずくまるひょうすべに近づき、手を差し伸べる。
「ああ、こりゃひどいな。下手に引き抜いたらひどいことになる。手当できる場所に連れて行くから、それまで我慢できるかい?」
「……え。ええ……」
思わずひょうすべがそう答えると、男たちが困惑から立ち直り、つがえていた矢を射かける。
赤毛の男が、軽く顔をしかめて手を振った。その手には何も握られていない。
轟音と共に、こちらに向けて飛ぶ矢の群れが吹き飛んだのは次の瞬間だった。
「……え?」
目の前の光景に、ひょうすべはただ唖然とする。
赤毛の男が、何も持っていない手をふるうだけで空気が裂けて衝撃波が生まれ矢を吹き飛ばしたと、理解が及ぶのに大分時間がかかった。
「……え?」
再度声を上げて、ひょうすべは瞬きした。
男の手の爪が伸びている。
さっきこちらに手を差し伸べてくれた時はごく普通の長さだったのに、今は小ぶりの刃物のほどの大きさ。
伸びているのは爪だけではない。
頭部の上にも何かが生えている。焔のような髪の上からゆるくカーブを描いて伸びるのは――
「……角?」
呆けた声がひょうすべの口から洩れた。
「……鬼か!」
「ええ、まあ一応」
男たちの愕然とした声に、赤毛の男――鬼が軽く肩をすくめて答える。
鬼――この国の民間伝承や郷土信仰等で度々語られる、角をはやした異形の化生。
眼前の青年は顔立ちそのものは先ほどと変わらぬだけに、怪物然とした爪や角が一層際立って見えた。
「……お前、そいつの仲間か?」
困惑する男たちの中から一人が問う。
予期せぬ事態に動揺しつつ、必死に冷静になろうとしている。
「いえ、全然知らない」
変わらず、軽薄なほど緊迫感のない声音で鬼が答える。
「仲間じゃなくても、この状況でほっとくわけにもいかないでしょう?と・・・いうことで」
瞬間、視界が白く染まった。
「……!?」
目の奥まで、白光で焼き尽くされるような感覚にひょうすべは悲鳴を上げる。
それは男たちも変わらないらしく、いくつもの悲鳴が聞こえた。
「じゃ、とっとと行こうか」
「はい」
赤毛の鬼の飄々とした声にこたえたのはひょうすべではなく、若い女の声だった。
同時に強い力で抱えあげられる。
いまだよく見えない目を抑えながら、ひょうすべはいまだ事の成り行きを呑み込めず、ただ呆然としていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます