第1話

 妖怪。あやかし。物の怪。怪異。異類。化け物。化生。


 そう呼ばれる連中は、大多数が人の中に紛れてひっそりと過ごしていた。

 狐狸のように化けることを得意とする者もいるが、不得手な者達も存外多い。

 そうした連中の為に作られた薬を使って、人に化けて現代を生きる。


 そうやって、九州の片田舎で過ごしていた中の一匹に過ぎないひょうすべ――何の変哲もない、おとなしそうな十代の少年の姿に化けている彼は、自分がいきなり襲われるなど想像すらしていなかったため、帰り道をぼんやり歩いている時にいきなり矢を射かけられた時、しばらく呆然としてしまった。


「……え?」


 自分の腹から生えている棒を眺めて、ひょうすべはしばらく唖然とする。

 アスファルトでそっけなく固められた道のほかは、茫洋と広がる田畑ばかりで周囲に人の姿はない。


 時刻は夕方。

 周囲を染めるほの暗い夕焼けに似た色合いの汚れが、じわじわと腹部から漏れ出ていく。

 草木の香りがごく淡くにじむ澄んだ大気に、鉄錆に似た不快な異臭がにじみこんでくる。


 痛みはまだ感じない。

 感じる余裕がないというべきか。

 理解が追い付かずに凍り付いていた思考が、恐怖と焦燥と狼狽でゆっくりと溶けて、煮えたぎるように熱く濁る。

 しばらく呆然としていたが、ようやく悲鳴を上げる。

 のどかな静寂が裂けるが、それを聞きつける人もいない。

 痛みにのたうちつつも、何とか引き抜こうとしてふと顔を上げる。


 弓を携えた数人の男たちが、音もなく近づいていた。

 恰好そのものはごく普通の現代人の装いで統一されているだけに、音のない動作と携えた古めかしい武具だけが妙に浮いて見える。

 表情もまた、ごく普通の無表情で統一されている。激しい殺気や悪意でぎらつくでもない、マネキンじみた機械的な面持ち。


 ひょうすべが悲鳴を上げて後ずさろうとするも、男たちはやはり不気味なほどなめらかで音のない動作で次の矢をつがえ――


「えーと、すいません。ちょっといいですか?」


 不意に、この場にそぐわない声が割り込んだ。

 若々しい男の声だ。


 



 

 


 

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